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第6話 これから

 緑の茂るなだらかな山の頂上。都合よく数日間続いた雨が止み、晴れ渡る空を草花に残った水滴がキラキラと反射している。


 聖女と呼ばれた魔女と、彼女を守った騎士は山頂(そこ)から見えるかつての工業大国を眺めていた。


「ユリシア。辛くはないか?」


 目の前に広がる破壊の跡。人の消えた街は起きた厄災を、多数の悲劇を色濃く遺している。しかし同時に、かつては排煙で常に霧がかっていた景色は今や透き通っている。


「心がざわつきます......でも、これは大好きな祖父母のためでもあるので」


 心配そうに見つめてくるテレントに、ユリシアは強く微笑んで返した。


 そっと手を組み、静かに祈る。


国崩し(アウロラ)』に込められていたのは本当に“憎悪”だけだったのか。


 祖母は、先祖は、本当に復讐のためだけにこの魔法を作り自分(ユリシア)を利用したのか。


 その答えはすぐにわかった。


 主人の帰還を待ち侘びていたように瓦礫の上へと広がる複雑で巨大な魔法陣。


 空闊(くうかつ)な廃墟に無数に点在する青白色の大きな結晶が、魔法陣の発動に呼応して溶けだす。


 石畳に石造りの街から途端に緑が茂りだした。


 傾いた煙突を蔦が覆い、崩れ落ちた建物の残骸を押し除け新たな命が芽吹き出す。


 つい先日まで排煙とすすの霧で覆われていた工業都市が太古の遺跡のように緑へと還った。


 魔術師にとっての理想郷――


「やはりユリシアは、魔女ではなく聖女だ」


 遠くを眺めていたテレントがユリシアの肩を優しく抱き寄せる。


 暖かくて、安心する場所。


「でも本当に......よかったのでしょうか」


 遠くから吹いた冷たい風が銀色の髪を靡かせる。あの日のように、ユリシアを包むローブはなかった。


「悔やみきれない過ちなんて、誰にでもある。だから、もう後悔しないように今日を生きるんだ」


 テレントに微笑みかけられ、顔が緩む。


「だからその......俺と結婚してくれないか」


 嬉しいのに、涙が止まらなかった。


 地に膝を着いたテレントがとめどなく流れる涙をそっと拭う。


 精一杯の力でテレントを抱きしめる。


「......よろしくおねがいします」


 優しい陽の光がふたりを温め、一面に咲いた花々が新たな門出を祝福した。





 ユリシアと出会ってからどのくらいの時間が過ぎたのだろう。


 子爵としての地位を捨て、従者もいない2人きりの生活は、案外困ることはなく送れている。


「ユリシア! 雨が降ってきたから手伝ってくれるかい?」


「えっ?! ちょっと待ってください!」


 小高い丘。家の屋根を叩きつけるように音を立てて降り注ぐ雨の中、テレントは急いで外へ出た。


 朝はそれはそれは晴天でベッドシーツも干していたのだから本当にたちが悪い。


 手慣れた動きで干していたシーツを竿から取るテレントのもとへ、麻織のかごを持ったユリシアが駆け寄ってくる。



 ふたりですると、当然だがかなり早い。


 びしょびしょに濡れたまま、とりあえず家の中に干せる物はすべて干した。


「へっくし!!」


 座ったままくしゃみをするユリシアの頭に、テレントは後ろからタオルを被せる。


 体を震わせ、後ろを振り返ったユリシアが微笑んだ。


「かなり濡れちゃいましたね......」


「そうだね。まさか豪雨になるとは思わなかったよ」


 テレントも笑顔を返して長い銀髪をタオルでごしごしと拭う。


 くすぐったいのか肩をすぼめるユリシアはいつ見ても可愛らしい。


冬のともし火(クライネ・フレア)


 薪が積まれた暖炉に火がともる。


 ユリシアが両手を火にかざし、ふやけた声をあげた。


「干してある物を瞬時にとり込む魔法をつくった方がいいですかね?」


「その発想はなかった......いや待て、防御魔法で雨粒を弾いたほうが楽じゃないのか?」


 暖かな部屋の中にふたりの笑い声が響く。


「明日はどうしましょうか?」


 隣に座ったテレントに、ユリシアが首を傾げた。


「明日のことは明日決めればいいさ。今は、もうしばらくユリシアとゆっくりしたい気分なんだ」


 窓の外では雨が落ち着いてきている。暖炉の薪が燃える音がゆっくりとなり、和やかな雰囲気が流れていた。


 きっと、これからもずっとこの生活が続く。穏やかで優しさに包まれた、この生活が。


「そ、そうですか......」


 頬をかくユリシアに、テレントは微笑んだ。


〜fin〜


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