第4話 激戦
ギギギギ・・・・・・
城砦の門が開くと、目の前には半円状に無数の王国騎士が待ち構えている。その中でも一際目立つ金髪の男が2人を見て前へと出てきた。
「ようやく出てきたかヴァスリドス子爵。差し詰め横にいるのが件の魔女といったところか。さあ、魔女を引き渡せ」
「それはできない」
テレントの返答に、王国騎士にもテレントの後ろをこっそりついて来た家臣たちにも緊張が走る。隣にいたユリシアは暗い表情のまま。
「はははっ・・・・・・哀れだなヴァスリドス。その魔女に魅了魔法でもかけられたのか?」
金髪の騎士が言い放つと、まわりの騎士たちもしきりに笑い出す。徹底的にテレントを嘲笑う。
そして、もう一歩踏み出した。
「お前の意思など聞いてはいない。渡さないというのならば奪い取るのみだ」
向けられた切先。まわりで笑っていた騎士たちも次々と武器を構える。
それと同時に後ろに着いてきていた家臣たちが主人を守ろうとそれぞれ剣を構えた。
一触即発。
テレントとユリシアを中心にふたつの勢力が睨み合う。
そして、テレントが柄を握る。
「ユリシア、少し下がってい――」
テレントが震える手を力でねじ伏せ決め台詞を言い切る前に、その手をユリシアが優しく包んだ。不意に手を握られたテレントとユリシアの目が合う。
「テレント様、今までありがとうございました! こんなに充実した日々......大変でしたけどとっても楽しかったです」
いつものようににっと微笑んでくるユリシア。
次の瞬間には、テレントの体は背後で息巻いていた家臣たちのもとへ向かって宙を舞い、大きく飛ばされていた。
ユリシアは王国騎士団の方へ歩き出す。
体を家臣たちに受け止められ、ユリシアの小さな背中を見て状況を察したテレント。
どうすればユリシアが思いとどまってくれるのか。しかし、考える時間はない。
「ユリシア止まってくれ! 君には生きていてほしいんだ。君がたとえ魔女だとしても、それでも!」
テレントは必死に叫び、両腕両脚腰にまでしがみついている配下の騎士たちを引きずってでも一歩でも近くユリシアのもとへ進む。
ここで止めなければ、自分が一生後悔するとわかっていたから。
――ユリシアのことが好きだから。
しかし、ユリシアは振り返らなかった。
後ろから聞こえてくる全力な声は、彼女に生きろといっている。でも、罪なき人々を虐殺しておいて、自分だけのうのうと生き延びるなんて許されはしないのだと彼女は知っていた。
守ってもらうなんて、自分にはできなかった。
剣を構える数百人の王国騎士のもとへ、ただひたすらに歩いて行く。こうも剣を向けられ憎悪を露骨に表現されると心が苦しい。何より、テレントの止まない声を無視し続けるのが嫌で嫌で仕方がない。
ユリシアは金髪の騎士の前に跪き、首を差し出した。周囲から上がる歓声。まわりにはもう、自分を守ってくれる人はいないのだ。
「王国騎士団団長カミル・タドランが直々に手を下してやる。光栄に思えッ! 世界を弄ぶ害悪な魔女め」
カミルは全身全霊を込めて刃を振り翳した。
キンッ!!――――――
金属どうしがぶつかる音。ユリシアの瞳に影が映る。
恐る恐る視線を上げて、絶句した。
「子爵風情がッ!!!! 何のつもりだ」
男は、少女に振り翳された一撃を剣で受け止めている。
赤熱した刀身から伝わる肌を焼くような熱気。
胸の鼓動が高鳴るのは、ユリシア自身が諦めていた生きるという選択肢をテレントがくれたからだろう。
「事情も探らず、魔女だから殺す? そんなの許されるはずがないに決まっているだろ」
「黙れッ! 事情も何もあるものか。魔女は必ず殺す......これが世の理だと知らぬヴァスリドス旧公爵家ではあるまい」
言われてテレントの動きが遅れる。その一瞬を突いてカミルは後ろで跪いている魔女ごと逆賊を切り裂くように斬撃を放った。
「お前には関係のないことだ」
並大抵の騎士では防ぐことすらままならないカミルの横一閃を、テレントは当然のようにねじ伏せる。
「関係ない? 笑わせるなよ。お前たちは魔女のせいで名誉を失ったのではないか!」
テレントの体が一瞬、硬直した。
今度は楯突く騎士だけを狙ったカミルの一撃がテレントの腹部を鎧ごと叩き斬る。
裂け目から噴き出る血飛沫と響き渡る少女の叫び声。
少女は泣き喚き、現実を受け入れないよう目を閉じて首を横に何度も振った。
その悲しみに応えるように晴れ渡っていた暁の空へ巨大な魔法陣が浮かび上がる。一瞬にして雷雨の日の夕暮れのように暗くなる空。
誰もが確信した。これこそ魔女の力だと。
「ようやく本性を表したな魔女め。しかしもう遅い。この剣で斬れぬものな――グハッ?!」
金髪の騎士が、宙を舞った。
「ユリシア。俺は大丈夫だから......こっちを向いてくれないか」
かけられた言葉にゆっくりと上を向くユリシア。目の前には、今にも倒れてしまいそうなテレントが弱々しく微笑みかけてくれている。
「テレント......様。私のせいで、私がいなかったらこんなことには」
「気にすることはないよ」
ユリシアの白い頬にテレントの硬い手が添えられ、そっと顔が近づいてくる。
ユリシアは目を閉じ、テレントを受け入れた。
空を支配していた魔法陣が霧散する。
「約束だ。俺がユリシアを守るから、君は俺の側にずっと居てくれ」
ユリシアの頬を涙が滴った。
「いいの...ですか」
「当たり前だろう」
ふたりは頷き合い、手を繋いで立ち上がる。
一方のカミルは不機嫌そうにひとり立ち上がった。
「こんなの馬鹿げてる! 今から全軍で貴様らを叩き潰すからなッ覚悟しろ」
騎士たちが剣を構え直し、無数の刃がふたりに向けられる。
それに対抗するようにテレントとユリシラのすぐ後ろに2人を守るように家臣たちが展開した。
*
テレントが剣を一度薙ぎ払えば数十の王国騎士が吹き飛び、ユリシアの魔術は死なない程度に彼らを苦しめた。
「何故だッ! 貴様らの一族を陥れたのも魔女なのに、何故その魔女を貴様は守る! お前がやっていることは王国に喧嘩を売るようなものだぞ?!」
「昔のことは今の俺に関係がない。復讐なんて......なんの意味もないんだよ」
縦横無尽に火花を散らす2人の騎士の剣戟。
他の誰かが入れば即ち死を意味するこの2人だけの世界が、戦場の中心にある。
「誰かを貶めれば報いを受けるのは当然だ!」
「その報いに意味がないと言っている」
テレントもカミルも浴びるほどに傷を負い、いつどちらが倒れてもおかしくはない状況。その中で、2人の口は動き続けた。
「では貶められた者はどうなる?! 人生を奪われた者は、残された者はッ!」
「新たな人生を歩むしかない」
「そんなのはおかしい! 貴様に人の心はないのか? 死者を悼む気持ちはないのか?!」
「......何をしたって過去は変えられない。ならば、せめて過去に囚われるより変えられる未来を見る方が人は救われる」
自分の口から出てくる言葉が本意なのかはテレントにすらわからない。事実、彼の家が何代にも渡って殺そうとしていたのは紛れもないケントリンハント家の魔女であるのだから。
そして激昂するカミルもまた、10年前に大切な家族を目の前で殺された張本人である。
大ぶりなカミルに対して精緻な斬撃を放つテレント。
互いに互いの痛い場所を突き合い、激しさを増す剣戟はもはや誰にも止めることはできない。
そのまわりでは、2人の世界に割って入ろうとする不届者をユリシアが軽くいなしていた。魔女であり聖女である少女に、ただの騎士ではあまりに力不足である。
ユリシアだって、本当はテレントを助けたい。
でも彼女はわかっていた。カミルと戦って勝てるほど自分が強くないということを、今の自分はテレントにとって足手まといでしかないということを。
だから、せめて邪魔はさせない。
テレントが悲しまないように誰も殺さず、誰も殺させずに決着がつくのを待つ。
しかしその刹那。ユリシアの首に刃が添えられた。
「お前が死ねば団長もあの子爵も争わなくて済むんだぜ」
気がつけなかった。喉元に見える刃。後ろから話しかけてくる男の声はユリシアを笑うように言葉を繋ぐ。
「死んでくれねぇかな? お前が生きているだけで、お前の好きな人はみんなに後ろ指さされちまう。そんなのをお前は望むのか」
「......でもテレント様は、私に側にいて欲しいっておっしゃってくれました」
もう、諦めるわけにはいかないのだ。
「そっか、残念だわ。じゃあ・・・・・・あいつが知らねぇ間に死んでやってくれ」
白い肌を血が滴る。
『鎖からの解放』
「やっぱし一筋縄じゃいかねぇのよな」
ユリシアを襲撃した男――王国騎士団副団長のケリーは瞬時に彼女から離れた。
銀髪の少女の足元に現れた無数の鋼色の鎖が、ケリーめがけて一斉に放たれる。即座に剣で受け止めても足りない。複数の鎖が男の屈強な腕や足を縛りつけ、その場に拘束する。
魔女は彼を見ることもしなかった。
しかし、不敵な笑みを浮かべた騎士は易々と自らを縛る鎖を引きちぎる。
「所詮は魔術。その程度かよ!」
今度はこちらの番だと言わんばかりの神速の斬撃。
砕けた鎖ごと風を切り裂きユリシアを襲う。
『絶対の盾!』
振り返ったユリシアが胸の前で手で三角形を形作ると、一直線に進む斬撃が明確な“盾”を基準としてその軌道を大きく逸らした。
直後に剣を突き立てて突進してきた騎士すらも、ユリシアの目の前で“盾”に阻まれ勢いが死ぬ。
「なっ?!」
外から見てわかるほど分厚い鎧に覆われたケリーの腹部へ、ユリシアはに止められることなく触れた。
視界の端でテレントが追い詰められている。これ以上この男に時間をかけるわけにはいかなさそうだ。
『別れのそよ風』
急な突風に、騎士の体が無防備に浮く。
それが決着であった。