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第3話 少女の過去

◆◆◆


 少女の家は、ゲートランド王国の誇る由緒正しき魔術師の一族であった。過去には数多くの魔女を輩出し、国王の意のままに国内外の政敵や要人を魔術で殺してきた。


 しかし、代を重ねるごとに魔術師としての力が弱まり国王の命令に応えるだけの魔力を持った者が生まれなくなってしまったのだ。


 ゲートランド国王はセシリアの家がいつか自分たちに牙を向くのを長年恐れており、これを機に反逆者として迫害し、地位も名誉もすべてを取り上げた。


 そして、王国にすべてを奪われた魔術師の一族が4代をかけて練り上げたのが


 大魔法『国崩し(アウロラ)


 自分たちを迫害した王国そのものを全て消し飛ばし、自分たちの理想郷を作るための魔法だった。しかし、これを使える魔女は長年産まれてはこなかったのだ。


 そんな中、セシリアは一族でも稀に見る魔力の持ち主として生を受けた。幼くして七属性の魔術を完璧に操り、魔法を連発しても尽きることを知らない無尽蔵な魔力量。


 セシリアの祖母は彼女を“魔女”だと確信した。


 しかし少女の母は娘を魔女だとは認めず、戦う魔法ではなく人々を救う魔法、回復魔法をいくつも教えた。


「この子の人生はこの子のものです! お義母様であっても、そんな暴挙は――」


「いいえ。一族に尽くすのは子どもの義務よ? それに、その子のためでもあるの」


 セシリアは物心がついた時にはそんな会話を毎日のように聞いていた。


 普段温厚な祖母は、この話になると人が変わってしまったように母にまくし立てる。


 いつか母が出ていってしまうかもしれない。


 そう考えたセシリアは自ら親元を離れ、祖母から『アウロラ』を発動するために来る日も来る日も幾多もの教育を受けてきたのだった。



 そして、運命の日――



 セシリアは祖父母たちとともにゲートランド王宮へ訪れ、国王に謁見した。


「国王陛下。この子は陛下のお望みをなんだって叶えられます。ですからどうか、我々一族をまた王族の魔術師としてくださいませ」


 涙ながらに語る祖母。


「ハッハッハ。笑わせるなよ? お前たちはあろうことか我が先祖の命令を実行できなかった落ちこぼれの一族。それに、もう魔女など必要な時代ではないのだよ」


 時代は進んでいた。今や鉄鋼業が発達したゲートランドに、敵などいない。


 時代錯誤だとあざ笑う国王。


 しかし、急に泣くのをやめた祖母はセシリアにこう言ったのだ。


「あなたの力を見せてあげて?」


 セシリアは言われた通りに『国崩し(アウロラ)』をはじめて発動した。


 急に辺りが暗くなり、天井を見上げるとステンドグラス越しにも都市上空を超巨大な魔法陣が覆っているのがわかる。


 直後、祖母の笑い声とともに王宮の天井を突き破り降り注ぐ大量の青白色のクリスタル。王宮にいた騎士たちは全員がセシリアに剣を向けたが、その直後にはただの肉塊へと変貌を遂げた。


 反射して輝く結晶は逃げ惑う人々を大質量で建物ごと押し潰し、少女へ届こうとした斬撃は彼女を中心に不自然な軌道で逸れていった。


「すまなかった。我が妻(ばあば)のことは恨まないでやってくれ......せめてお前は、明日を見て生きるのだ」


 血だらけの祖父は、初めて少女を優しく、精一杯抱きしめた。



 セシリアは王宮を後にし、結晶が降り注ぐ街をただ歩く。王宮へ向かうときには人通りで溢れていた場所には血肉が溜まり、赤黒い川が流れ、青白色の結晶にはベッタリと血と脂が付いている。


 祖父も祖母も誰もかも。全員自分が殺した。


 頭の中を優しかった祖母の狂気に満ちた最期の笑い声が何度も木霊する。セシリアはあの魔法が意味すること――自分が一族の復讐の道具にされたことにようやく気がついた。


 自分が罪なき人々を虐殺したのだ。その事実に、セシリアは祖父の言葉だけを頼りに必死に蓋をした。



 難民の列に並び名前も知らない国へと入る。


 国境にいる数多くの騎士の中で指揮をとっている赤髪の男を見つけて、なんだか引き込まれるように彼を見ていた。


共鳴(レスオナレ)


 男の思考を覗き込む。


 怪我人が多いから人手が欲しいんだ。


 赤髪の騎士――テレントになぜ助けを申し出たのかは、少女自身もなぜかはわからない。


 しかし、幼い頃と同じように回復魔法を使うだけで感謝され、崇められたのだ。


 それが単純に嬉しかった。


 そして何より......こうしていればテレントに必要とされる。テレントの側にいることができる。


 少女の心に、光が灯った。


◇◇◇


「私は......私はとんでもないことをしてしまいました。私のせいで......みんな、みんな不幸に」


「違うよ。君はお婆さんに利用されただけだ。きっと君の心は聖女そのものだ。もう、隠し事はないね?」


 テレントはセシリアの肩を掴んでじっと見つめた。すると、セシリアは噤んだ口を開く。


「ひとつだけ......あります」


「教えてくれないかな」


「名前。セシリアじゃなくて、ユリシアなの。ユリシア・ケントリンハント」


「ユリシア、いい名前だね。教えてくれてありがとう」



 ケントリンハント家.....か。



 もう一度ユリシアをギュッと抱きしめたテレントは、少女の小さな手を握り子爵邸の門へと歩く。


「もう、誰も傷つけないと誓ってくれ。それだけで俺は......ユリシアを守ることができる」


 ユリシアは大きく頷き、テレントと共に歩み出した。

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