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第2話 聖女様は魔女様?

 難民の受け入れ開始から4日が過ぎ、それでもなお多くの難民がデルカニアの地へと逃げ延びてくる。


 ゲートランドは都市王国ではあるが周辺に鉱山都市を抱え、中央の崩壊と共に商売が成り立たなくなった鉱山の人々は新天地へと向かうことを余儀なくされていた。


 子爵領でも物資不足が深刻化し、治安の悪化や伝染病の流行など難民と市民との間に亀裂が入り始めている。


 膨れ上がった難民は王国の使者たちに連れられて国中の難民居住地へと連れて行かれるのだが、その多くが移動を拒否して難民キャンプへ居座り続けていた。


 テレントのもとにも市民からの嘆願が寄せられ、しかし十分な対応を取れるだけの騎士がいない。


 歯がゆい思いは内政官たちへも伝わり、士気は下がる一方。


 そんな中でもセシリアは気丈に、テレントへ申し出て難民だけでなく現場で働く騎士たちにも回復魔法をかけて回った。


 自然と誰もが少女を聖女だと崇め、セシリアが心のより所となっている。




「なあセシリア......セシリア?」


「す、すみません! どうされましたかテレント様?」


 小さな部屋で2人きりだというのに、セシリアはボーッとしている。


「疲れているのなら休んだ方がいい。魔法を何日も使い続ければ君が倒れてしまう」


 テレントは心の底から心配していた。ここ数日常にセシリアと行動を共にし、少女が幾多もの人々を救ってきたのを見たからこそ、逆にセシリアが気を病んでしまわないか心配に思っていた。


「私は大丈夫です! 皆さんが支えてくださっていますし......テレント様が隣にいてくださるから」


 微笑んだセシリアに笑顔を返すテレント。


 無理だけはしてくれるなよ。そう言い残してテレントは部屋を出た。


 執務室へ戻ることとしようか。明日からもするべき事は多いのだからな。


『テレント様が隣にいてくださるから』


 無邪気な笑顔と嬉しい言葉が何度も頭を駆け巡る。


 静かな廊下に響くテレントの靴音。その後ろから、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「テレント様。王宮より急ぎの手紙です」


 走ってきた内政官から厳重に封をされた一通の手紙を受け取る。ふたり並列で歩きながら炎魔法で封に使われていた小型封魔法陣を溶かして開けた。


 丁寧に折り畳まれた文書を開き、内容に目を通す。


『件の魔女はヴァスリドス子爵殿が侍らせていると噂の聖女であると魔道院は断定した。翌朝日の出とともに予定通り王国騎士団が子爵邸に到着する。魔女が逃げないよう見張り、王国騎士団長カミル・タドランの名の下に処刑せよ』



 ......セシリアが、魔女だと?



 膝から崩れ落ちるテレント。内政官は落ちた手紙を拾い上げてさっと目を通す。そして、一目散に騎士の控え室へと歩き出した。


「待て! 待ってくれ......何かの間違いだ。お前もそう思うだろ?」


 テレントの言葉に内政官は足を止め、しばし逡巡して言い放つ。


「信じたくはないですが、それが王国の判断です。今は従うしかないかと」


 無情にも走り去る内政官を、テレントはただ見送ることしかできなかった。




 内政官から出回った情報は(またた)く間に子爵邸全域へと広がる。騎士たちはセシリアに悟られないよう部屋の監視を始め、今日までセシリアと晩餐をともにした女、子どもは子爵邸から足早に逃げ去った。


 テレントのもとには家臣が集まり、なんとか放心状態のテレントを起こそうと必死に説得をしていた。


「魔道院の判断が誤りの可能性だって」

「テレント様は何も悪くありません」

「亡きご当主様が魔女に受けた仕打ちをお忘れですか」



 様々な言葉が飛び交う中、テレントはセシリアと過ごしたこの4日間を振り返る。


 はじめにテレントへ支援を申し出たのも、誰の前でも明るく振る舞っていたのも、テレントに温まる言葉をかけてくれたのも。


 すべて魔女の詭弁だったとでも言うのか。


 あの笑顔に、少女の本心は少しも含まれていなかったのか。


 ......自分が思いを寄せていたのは、両親の仇である魔女だったのか。



 そうしている間にも朝日が昇る。


 (ひづめ)と車輪が地面を蹴る轟音に、後ろが見えなくなるほどに高くのぼる土煙。数百を超える騎士たちが子爵邸へ向かって全速力で接近し、周囲を取り囲む。


「わかった。セシリアと話をさせてくれ」


「テレント様、王国が魔女と認めた者と親密になってしまっては貴方様のお命が・・・・・・」


 疑われてしまった以上セシリアと関わらないのが賢明な判断であることなんてテレントも知っていた。


 しかし――


「では彼女に、セシリアに助けてもらった恩はすべて捨て去るとでも? 外を見ろ。王国は交渉の余地すら与えずにセシリアを殺す。そんなことは許さない」


 テレントが見せた怒りに、内政官も家臣も全員が黙り込む。その中心を突っ切ってテレントはセシリアの元へと急いだ。




「おはようございますテレント様。昨夜からなんだか騒がしくて、早起きしちゃいました」


 頭のてっぺんに寝癖を立て、いつも通りのセシリア。魔女ならばこの窮地を察知して逃げるに決まっている。絶対にそうだ。


 テレントは意を決し、セシリアに問いかけた。


「セシリアは......魔女なのか?」


 刹那、セシリアの金色の瞳が大きく見開く。小さな体がしきりに震えだし、怯えたように口を開いた。


「違うのです。私は...私はそんなつもりでは」


「どういう意味なのだ? 俺はセシリアを信じている。だから話してくれ」


 震える体。怯えた顔。思い出したくないことを思い出してしまったように固まるセシリア。テレントはそんなセシリアを、優しく抱きしめた。


 セシリアは息を整えて、テレントの胸の中で彼女の見た真実を語り出す。


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