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ラモンテ公爵夫妻の友人たちは、社交界でモンテヴィダ家の悪評を広め続けた。
「そういえば、モンテヴィダ侯爵のご令嬢、随分とお可哀そうな境遇だったとか…」
「ええ? それはどういう…?」
「詳しくは申しませんが、後妻にとっては前妻の娘なんて、ね。しかも、あの婚約破棄も不自然でしょう?だってアデル様はモンテヴィダ家の血をひくご令嬢ですが、アリシア様は血縁ではなく連れ子でしょう?…」
祖父母である公爵夫妻は直接的な中傷をすることなく、ただそれとなく“事実“を話しただけだった。しかし、直接話を聞いた夫妻の友人たちは、承知したとばかりに“噂”として話を流す。それがいかに効果的な手段であるかを、彼らはよく理解していた。
貴族社会では、一度広まった噂はなかなか消えない。しかも、ラモンテ公爵夫妻ほどの地位のある者がそれとなく語るだけで、多くの者が真実として受け取る。
こうして、モンテヴィダ家に対する疑惑の目は、少しずつではあるが確実に広がっていった。
モンテヴィダ家の当主フィリップは、次第に焦りを募らせていた。商会との取引が減少し、さらには以前親しくしていた貴族たちの態度が微妙に変わり始めている。
「一体、何が起きているんだ……?」
彼が義娘のアリシアと義母のレティシアに問い詰めると、レティシアは不機嫌そうに唇を噛んだ。
「なにかの陰謀に違いありませんわ。きっと、誰かが何か手を回しているのです!」
アリシアも眉をひそめる。
「お父様、大丈夫よ。私が婚約者となったルシウス様のご家族に相談すれば…」
しかし、彼女の言葉を遮るように、フィリップは深くため息をついた。
「だが最近、ルシウスも以前のようにうちへ顔を出さなくなった…」
「そんなこと…!」
モンテヴィダ家に影を落とす不安は、確実に大きくなっていた。
一方、ルシウスはというと、未だにアデルとの会話が頭から離れずにいた。彼女の目に浮かんでいた冷たい光、そして自分を見限ったかのような言葉。
「私は、もう二度とあなたを信じないわ。」
その一言が、彼の心を深くえぐり続けていた。
最近、アリシアとの会話もぎこちないものになっていた。彼女は以前と変わらず甘えてくるが、ふとした瞬間に違和感を覚えるようになったのだ。
「ルシウス様、私たちはもうすぐ正式に婚約するのですわ。早くお式の日取りを決めませんと……」
「……そうだな。」
ルシウスは曖昧に答えながらも、心の奥底では違和感を拭えずにいた。
「あなた、最近冷たいですわね。もしかして……お義姉様のことをまだ気にしていらっしゃるの?」
アリシアの声には微かな苛立ちが混じっていた。
「いや、そんなことは……」
「ならいいのですわ。だって、ルシウス様は私を選んだのですものね?」
その言葉に、ルシウスは思わず口をつぐんだ。
確かに、自分はアデルを疑い、アリシアを選んだのだ。だが、本当にそれでよかったのだろうか。
彼の心には、確かな迷いが生じ始めていた。
そんな折、ルシウスの両親であるヴァルデス侯爵夫妻も、最近の噂を耳にしていた。
「エルンスト、最近のモンテヴィダ家の評判、聞きましたか?」
「……ああ、気にはなっていた。」
「もし本当なら、アデルに対して私たちは大きな過ちを犯したのではなくて?」
エレオノーラは心配そうに息子の元婚約者であるアデルの名を挙げた。
「ルシウスの選択が正しかったのか、今一度確かめるべきだわ。」
「そうだな……私の方でも少し調べてみよう」
こうして、ヴァルデス侯爵と夫人も、モンテヴィダ家の疑惑に気付き始めるのだった。