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祖父母の領地は広大で、多くの人々が働いていた。ある日、庭を散歩していると、一人の青年が馬を引いているのが目に入った。
「お嬢様、こちらの庭はお気に召しましたか?」
彼は柔らかな笑みを浮かべた。深い青の瞳に、黒髪が陽の光を浴びて輝いていた。
「あなたは……?」
「ルカ・フィオレンティーナと申します。領地の管理を任されている者です。」
貴族らしからぬ率直な態度に、アデルは少し驚いたが、不思議と安心感を覚えた。
「私はアデル・モンテヴィダです。」
「存じております。ご到着されたと聞きましたので、お会いできて光栄です。」
彼の言葉には、義務ではなく本心からの敬意が感じられた。久しぶりに誰かと心を通わせる感覚に、アデルは少し頬を赤らめた。
「これからは、ここがあなたの家です。安心して過ごしてください。」
ルカの言葉に、アデルは小さく頷いた。
一方、モンテヴィダ家ではアデルがいなくなったことで、異変が起こり始めていた。
「どういうことだ!? 領地の帳簿が滅茶苦茶じゃないか!」
父フィリップの怒鳴り声が屋敷に響いた。アデルがいなくなった今、書類を管理できる者がいなくなり、混乱を極めていた。
「アデル様がずっと一人で領地を管理し、書類を整理しておられました。」
古くから仕えている老齢の執事が震える声で言った。
「あの子のせいよ! あの子がいなくなったから、こんなことに!」
レティシアが忌々しげにつぶやいたが、事実は違う。これまでアデルが必死に支えてきたものを、彼女たちがすべて台無しにしたのだ。
「では今は誰がこれを管理している!?」
「……………」
誰も答えることができなかった。レティシアもアリシアも書類仕事はまったくできなかった。そのため書類は全て使用人に無茶振りされていた。使用人はどうしていいかわからず、仕方なく適当に処理していた。
フィリップはイライラしながら机を叩く。
「もういい!これは私の方で管理する」
そしてもう一つの書類の束を手に持つ。
「では、この請求書の山はどういうことだ」
その言葉に、レティシアとアリシアの顔が青ざめた。
「奥様とお嬢様のものです」
老齢の執事が答える。
アデルがいなくなり、喜んだ二人は今まで以上にやりたい放題であった。多少の贅沢は フィリップも許容範囲であったが、今回は予算を大幅に超えている贅沢だった。
フィリップは、怒りがおさまらず二人をにらみつけると
「しばらくは買い物を禁止する」
と言い渡し、何も言わない二人を部屋から追い出した。
「アデルのせいで買い物禁止だなんて!」
「旦那様の怒りは今だけよ、少しだけ我慢なさい」
「だって・・・!」
「アデルのせいで、とんだとばっちりだわ。それにしても任せた仕事もできないなんて、あの使用人には罰を与えなくてはね」
レティシアもアリシアもまったく反省していなかった。その横暴な態度は、ますます屋敷の混乱をもたらした。
少しずつ歯車が狂い始めていることを、この時はまだ誰も気づいていなかった。