番外編①ルカ視点
初めてアデルと出会ったのは、彼女が祖父母の元へ逃れてきた頃だった。傷ついた彼女の姿を見た時、彼の胸に怒りと哀れみが同時に込み上げた。あの高貴で聡明な女性が、なぜあのような仕打ちを受けなければならなかったのか。
ある日、ラモンテ公爵に呼び出されたルカは、静かな書斎へと足を踏み入れた。公爵は深いため息をつきながら、ゆっくりと口を開いた。
「ルカ、お前にはすでに話しているが、アデルはこれまでに想像を絶する苦しみを味わってきた。私たちはようやく彼女を迎え入れることができたが、心の傷はまだ癒えておらん。」
「……承知しております。」
ルカの拳は自然と握りしめられていた。公爵は静かに続ける。
「私は、お前に彼女を支えてほしいのだ。もちろん、無理強いはしない。だが、アデルには誰かが必要なのだ。彼女が新しい人生を歩めるよう、寄り添ってくれる者が。」
ルカは一瞬目を閉じ、そして真剣な眼差しで公爵を見つめた。
「……私にできることがあるのなら、何でもいたします。アデル様が安心して生きられるよう、支えていくつもりです。」
公爵は満足げに頷き、微笑んだ。
「そうか。ルカ、お前になら任せられる。」
それからの日々、アデルと共に過ごす時間が増えるにつれ、ルカの中で彼女への想いは深まっていった。
「ルカ様……私は、もう過去に縛られたくありませんの。」
彼女が静かに言ったあの日、彼は心に決めた。この人を支えたい、と。
それでも、元婚約者のルシウスが彼女の前に現れた時、ルカは抑えきれない怒りを覚えた。ルシウスは自分の過ちに気づいたかのように謝罪したが、ルカの中で彼に対する嫌悪は変わらなかった。
「君は彼女を捨てたんだ。それなのに今さら何を言うつもりだ?」
ルカの言葉に、ルシウスは何も言えなかった。アデルはもう彼に未練などない。ただ、自分の道を歩んでいるのだ。
アデルが正式にラモンテ家の養子となり、領地を支える役割を担うようになってから、彼らの関係はより深まった。彼女と共に働き、共に笑う時間が増えるにつれ、ルカの心は確信へと変わっていった。
彼女とともに生きたい。
そしてある日、ルカは深く息を吸い込み、静かにアデルの手を取った。彼の目は真剣で、言葉を慎重に選びながら話し始めた。
「アデル様、いえ、アデル、あなたに出会った日から、ずっとあなたを想ってきました。最初はただ、あなたのことを守りたいと願っていた。しかし、あなたと共に過ごす時間が増えるたびに、その気持ちは変わっていきました。あなたの笑顔が、あなたの強さが、僕にとってどれほど大切なものか気づいた。僕は…あなたを心から愛している。」
アデルは驚いたように目を見開いた。頬が赤らむのを感じながらも、ルカの言葉を真剣に受け止めた。
「ルカ様…本当に…?」
ルカは微笑みながらうなずき、ポケットから小さなベルベットの箱を取り出し、そっと開いた。中には繊細に彫刻された指輪が輝いていた。
「あなたがどれほど辛い日々を過ごしてきたのか、僕には全てを理解することはできないかもしれない。でも、これからの人生は僕に預けてほしい。僕はあなたを決して一人にはしない。どんな時も、あなたの隣にいて支えたい。アデル、僕と結婚してくれませんか?」
アデルの目には涙が浮かんでいた。これまでの苦しみや孤独、そしてルカと出会ってからの温かい時間が心の中で溢れ出した。そして、震える声で答えた。
「はい…ルカ様、私も…あなたを愛しています。」
ルカは優しくアデルを抱きしめ、額にそっと口づけた。まるで長い試練の果てにたどり着いた答えのように、二人の心はひとつになったのだった。
その夜、ラモンテ公爵邸では家族が集まり、アデルとルカの婚約が正式に発表された。祖父であるラモンテ公爵は満足そうに頷き、祖母は涙を流しながら二人を祝福した。夜空に輝く星の下で、新たな未来が静かに始まろうとしていた。
そして迎えた結婚の日。アデルは純白のドレスに身を包み、幸せそうに微笑んでいた。その姿を見た時、ルカの心は満たされた。
「ルカ様、これからもよろしくお願いしますね。」
「もちろんです、アデル。」
彼は彼女の手を取り、誓いを交わした。これからの未来は、穏やかで幸せなものになると確信していた。
彼女を傷つけた者たちはすでに過去のもの。彼女が新たな人生を歩めるよう、ルカはこれからも彼女のそばにいることを誓った。




