15
「お前と話がしたい。」
ルシウスが近づくと、ルカがアデルの前に立ちふさがるように腕を組んだ。
「彼女を困らせないでください。」
「ルカ様、ありがとう。」
アデルがそっとルカの腕を引き、彼を制した。
「もう話すことは無いと思うのだけれど。これきりにして下さるなら、少しだけ。」
ルカは渋々ながらも頷き、バルコニーの隅へと退いた。
ルシウスはため息をつきながら、アデルをまっすぐに見つめた。
「アデル、お前は……本当に変わったな。」
「そうかしら?」
アデルは静かに微笑んだ。
「あなたが私をみていなかっただけでしょう?」
「……君を信じなかったこと、誤解したことは認める。だが、俺は……」
「今さらそんな言葉を聞くために、私はここにいるのではないわ。」
アデルはきっぱりと言った。
「あなたが信じたのはアリシアの言葉。私ではなかった。」
ルシウスは言葉を失ったように口を開きかけ、そして閉じた。
「それでも俺は——」
「ルシウス様。」
柔らかながらも芯のある声が響いた。アデルが声のする方を見ると、祖母が静かにこちらに歩み寄っていた。
「貴族たちの目がある場で、これ以上無粋なことを続けるのはよくありませんわ。」
祖母は扇で口元を隠し穏やかに微笑みながら言った。
「あなたの婚約者であるアリシア様が、すぐそこまでいらしていますよ。」
慌てたようにルシウスが振り返ると、確かにアリシアがバルコニーの入り口で苛立った表情を浮かべていた。
「ルシウス様、なぜこんなところで話し込んでいるのですか!」
アリシアが駆け寄り、ルシウスの腕をつかんだ。
「皆が待っていますのに……!」
ルシウスはアデルをもう一度見たが、アデルはそれ以上何も言わずに祖母とともにバルコニーを後にした。
ルカがさりげなくアデルの後ろに寄り添い、静かに尋ねた。
「少しはすっきりされましたか?あなたはもう過去に縛られる必要はありません。」
「ええ。」
アデルはしっかりと頷いた。
「もう、振り返るつもりはないわ。」
彼女の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。
一方、アデルの元を去ったルシウスにアリシアは苛立ちを隠さずに話しかけた。
「お義姉様に今さら何の用だったのですか?」
しかし、ルシウスが口を開く前に、彼の背後から新たな人物が現れた。それは、ヴァルデス侯爵と侯爵夫人だった。
「ルシウス、これはどういうことなの?」
侯爵夫人の厳しい声が響く。
「アデル嬢が虐げられていたという話は本当なの?」
「そんなはずは……」
ルシウスが挙動不審に言葉を濁すと、侯爵が低くため息をついた。
「私たちは公の場で恥をかくような真似は許さない。ルシウス、お前はこの件についてちゃんと説明しなさい。」
ルシウスの表情が険しくなる。その様子を見て、アリシアは焦りを隠せず声を上げた。
「そんな話、嘘よ!お義姉様のわがままで勝手に家を出て行ったのよ!」
侯爵夫人が眉を寄せる。
「あなたには聞いていないわ。そのように声を張り上げるなんて。マナーがなっていないわ。
ルシウス、あなたから聞いていた話と違うわ。アリシア嬢はアデル様より素晴らしい令嬢ではなかったの?」
「・・・・・・」
ルシウスは何も言い返せなかった。
ヴァルデス侯爵は沈黙のまま、ため息をつくと、息子を見つめた。
夫妻はモンテヴィダ家の噂が本当であると確信した。
こうして、ヴァルデス侯爵家もモンテヴィダ家と縁を切ろうと決意することとなった。
この日の出来事は貴族たちの間で、大きな話題となり、モンテヴィダ家と婚約者であるルシウスの評判はさらに深く傷ついていくこととなった。