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 アデルはルカのエスコートのもと、優雅に会場を歩き、ラモンテ公爵夫妻のもとへと向かった。

「アデル、素晴らしいわ。本当に母親にそっくりね。」

 マルグリットが感嘆するように言い、アデルはほほ笑んだ。

「ありがとうございます、お祖母様。」

 すると、ある貴族夫人が興味深そうにアデルへと近づいてきた。

「ラモンテ公爵夫人、こちらのご令嬢は……?」

「ええ、私の孫のアデルよ。」

「まあ、なんとまあ……お美しいこと!」

 驚きの声が上がると、他の貴族たちも次々にアデルのもとへと集まり、彼女と話そうとする人々で賑わい始めた。

 その様子を遠巻きに見ていたルシウスの胸には、言い知れぬ動揺が渦巻いていた。

(どうしてこんなにも……変わってしまったんだ……?)

 アデルはこれほどまでに堂々としていたか? あれほど虐げられていたはずの彼女が、今こうして貴族たちに称賛されている。

 その違和感が、彼の中で確信へと変わりつつあった。

 

 アリシアは、焦りを隠せなかった。

「ルシウス、早く私と踊ってちょうだい。」

 だが、ルシウスは彼女の言葉が耳に入っていないようだった。彼の視線はアデルへと向けられたままだった。

「……どうしてよ。」

 アリシアの拳がぎゅっと握られる。彼女はこれまで、何もかも思い通りにしてきた。なのに、どうしてアデルばかりが注目を浴びるのか。

「私の婚約者なのに……。」

 嫉妬と不安が入り混じるアリシアの表情は、誰にも気づかれぬまま暗く沈んでいった。


 華やかな舞踏会の熱気の中、アデルは周囲の貴族たちとの会話に応じながらも、遠くから感じる視線に気づいていた。その視線の主はルシウスだった。

(……ずっとこちらを見ている)

 ルカとの会話の合間に、ふとそちらに目を向けると、ルシウスとアリシアがこちらに向かってくるのが見えた。アリシアは気に食わないものを見つけたかのような表情で、ルシウスの腕をぎゅっと掴んでいる。

「まあ、なんて偶然でしょうお義姉様。こんなところでお会いするなんて。」

 アリシアが猫なで声でアデルに近づく。

「……偶然とは思えませんが。」

 アデルは静かに返す。

 ルシウスは複雑そうな表情を浮かべながら、アデルを見つめていた。以前とは違う、洗練された彼女の姿に何かを感じ取ったのかもしれない。

「アデル、見違えたよ、とても綺麗になったね。以前とは別人のようだよ。」

 ルシウスが皮肉交じりに言う。

「ご無沙汰しております、ルシウス様。」

 落ち着いた声音に、ルシウスは一瞬戸惑った。

 その時、アリシアが前に出た。

「お義姉様、あなたどういうつもり?!」

 彼女の声が会場に響き、数名の貴族たちがさらに耳を傾ける。

「どういうつもりとは?」

 アデルは微笑を保ったまま問い返した。その態度が、アリシアの怒りにさらに火をつけた。

「あなたがこの場に来るなんて……! まさかまだルシウスに未練があるの?」

 アデルはふっと笑みを深めた。

「まさか。私は正式に招待されてここに来たまでのこと。お二人に関しては、興味も関心もございません。」

「なっ……!」

 アリシアは言葉を詰まらせた。一方でルシウスの表情が苦く歪む。

「君が虐げられていた、などという噂が広まっている。まさか……」

 彼は呟くように言った。

「噂のことは知りませんが、虐げられていたのは本当のことですよ?」

 アデルは静かに言い放った。

「ルシウス、あなたが信じたのは常にアリシアの言葉でした。私は何度も訴えましたのに、一度も耳を傾けようとはしませんでしたが。」

「それは……」

 ルシウスは口を開きかけたが、アリシアがすかさず口を挟んだ。

「そんな話、嘘よ!お姉様が自ら家を出て行ったのでしょう?それなのに今さら被害者ぶるなんて滑稽だわ!」

「それが嘘かどうか、あなたが一番わかっているでしょう?忘れたとは言わせないわ。」

 アデルは毅然とした態度で言い放った。

 ルシウスはその言葉の意味を測るようにアデルを見つめたが、次の瞬間、またしても騒然とする出来事が起こった。

「アデル、お前がこの場にいるとはな。」

 低く響く男の声が会場に広がると、貴族たちは道を開いた。そこには、アデルの実父であるモンテヴィダ侯爵と、その隣には義母のレティシアが立っていた。

 侯爵の目が、久々に見る娘へと向けられた。しかしその表情には、父としての愛情は欠片も感じられなかった。

「ご無沙汰しております、お父様。」

 その言葉を聞いていた貴族たちが、一層どよめいた。

(……この令嬢が、モンテヴィダ侯爵の娘……?)

 アデルの存在を知らなかった者たちは驚き、以前の噂を知る者たちは、どこか納得したように頷いた。

「ふん、ずいぶんと派手な身なりだこと。そんな生活がおくれるとは思わなかったわ。あなたには相応しくないように見えるのだけれど?」

 レティシアが嫌味たっぷりに言い放つ。

「私はお祖父様の元で貴族の娘として新しい生活をさせていただいています。何かご不満がおありでしょうか」

 アデルは冷静に切り返す。

「不満?当然でしょう!お前は我が家の恥さらしなのだから!」

 その場に居合わせた貴族たちは、事態を静観しながらも耳をそばだてていた。

「恥さらし?それはどちらでしょうか?そのように大声で叫ばれるなんて、貴族としてのマナーがなっておりませんわ」

「なっ……!」

 レティシアが顔を真っ赤にして口を開こうとした瞬間、モンテヴィダ侯爵が手を上げて制した。

「……くだらん。」

 彼は眉をひそめ、場の貴族たちの視線を意識しながら低く言い放った。

 ルシウスがアデルに歩み寄る。

「アデル、俺は……いや、俺たちはお前を探していた。」

「探していた?私を追い出したのはあなたたちでしょう?」

 アデルは冷ややかな視線を向けた。

「誤解だ!俺は——」

 ルシウスが必死に言葉を探すが、その言葉をアリシアが遮った。

「ルシウス様、そんな女に惑わされないで!」

 アリシアが彼の腕を掴み、上目遣いで訴える。

「私の方が、あなたにはふさわしいわ。」

「お前……!」

 ルシウスはアリシアの手を払いのけ、アデルを再び見つめた。

 ルカがそっとアデルの腕を支え、静かに囁く。

「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。」アデルは微笑んだ。

 ルシウスはルカを見上げ、眉をひそめる。

「あなたは?」

「ルカ・フィオレンティーナ。ラモンテ公爵家で領地の管理を務めております。」

 その名を聞いた貴族たちの間で、新たな囁きが起こる。

(フィオレンティーナ……? 確か、ラモンテ公爵の信頼厚い家系の者だったはず……)

「アデル嬢のエスコート役として同行させていただきました。公爵ご夫妻からもお許しをいただいております。」

 ルカの静かな言葉に、ルシウスの顔が強張る。

 彼は、ルカという後ろ盾があると知り、言葉を詰まらせた。

 そこへさらにラモンテ公爵夫妻が進み出る。

「この場で騒ぎを起こすつもりか?」

 祖父が威厳ある声で問うと、場の空気が一気に引き締まる。

「申し訳ありません、お祖父様。」

 アデルは静かに頭を下げた。

「アデル、あなたは悪くないわ。このような場でみっともない言い争いは無用よ。」

 祖母が穏やかに微笑み、アデルの肩にそっと手を置く。

 アデルはふっと息を吐き、優雅に身を翻した。

「失礼いたします。」

 ルカがアデルの手を取り、静かに会場の奥へとエスコートする。

「アデル!」

 ルシウスの叫び声が背後から聞こえたが、彼女はもう振り返らなかった。

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