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アデル・モンテヴィダは、侯爵家に生まれ、幼い頃は母の優しさに包まれ、何不自由のない貴族の娘として育てられた。母エレナは、美しい金髪と穏やかな微笑みを持つ、優雅な女性だった。
「アデル、お庭の薔薇が綺麗に咲いているわ。一緒に見に行きましょう。」
「うん!お母様、今日はどの花が一番きれい?」
「そうね……この白薔薇かしら。でもアデルの笑顔のほうが、もっと素敵よ。」
母の柔らかな手が、そっとアデルの頬を撫でた。その温もりは、彼女にとって何よりも心地よかった。
しかし、その幸せな日々は長くは続かなかった。母が病で亡くなってから彼女の人生は一変した。
父フィリップ・モンテヴィダは程なくしてレティシア・アルマスと再婚し、レティシアの連れ子であるアリシアを家に迎えた。
最初こそ礼儀正しく接していた継母だったが、父の前では優しく振る舞い、彼がいないところでは冷酷な本性を見せるようになった。
「あなたの母は確かに素晴らしい女性だったでしょう。でも、家には新たな女主人が必要なの。」
レティシアは微笑みながらも、その瞳には冷たい光が宿っていた。
そして彼女の連れ子、アリシアもまた、アデルに対して露骨に敵意を向けた。
「お義姉様、私はあなたよりずっとふさわしい娘になれるわ。だってお父様もそう言っていたもの。」
義妹の言葉に、アデルの胸が軋むように痛んだ。
父に訴えても、「お前はもう大人なのだから、母を見習い立派な淑女になりなさい。」と冷たくあしらわれた。義母は言葉巧みに父に嘘を吹き込み、次第に父からもめんどくさそうな、蔑むような目でみられるようになった。
それからの日々、徐々にアデルは使用人以下の扱いを受けることとなる。
屋敷の使用人たちも、女主人であるレティシアには逆らえず、アデルへの仕打ちを見て見ぬふりをするしかなかった。
レティシアの虐待は巧妙だった。
「お客様の前ではちゃんと貴族らしく振る舞いなさい。でも、あなたがやるべき仕事はこなさないと・・・ね?」
アデルは華やかな衣装とは無縁となり、最低限の粗末なドレスしか与えられなかった。指輪や髪飾りもなく、見た目はまるで没落貴族のようだった。
ある日、アデルが廊下を歩いていると、義母の鋭い声が響いた。
「アデル、この部屋の掃除が終わったら、書類の整理をお願いね。領地の報告書もまとめておくこと。」
「……はい、お義母様。」
「掃除に書類整理…使用人よりも働かないとね。」
「まったく、アリシアはもっと淑やかで可愛らしいというのに。どうしてあなたはそんなに不出来なのかしら?」
アデルは唇を噛みしめた。涙をこらえながら、ただ命令に従うしかなかった。
義母の言葉に逆らえる使用人はいなかった。彼らもまた、レティシアの機嫌を損ねれば自分たちがどうなるかわかっていたからだ。
いつの間にか食事も家族とは別の部屋で、一人寂しく取ることを強いられた。出される食事も粗末なもので、硬いパンと薄いスープのみ。だが、アデルは黙って受け入れるしかなかった。
もはや抗うことすら無駄だった。口答えをすれば食事を抜かれ、反論すれば父に「わがままだ」と言われるのが目に見えていた。
それでも、アデルは耐えた。母が遺してくれた教えを胸に、誇りを失わないようにと自分に言い聞かせながら——。