オフだったんだけど
足が痛い。ムエタイの先生のすね蹴りは、まじで泣きそうになった。
ヒーローだから、打撃系の訓練は必須なの分かる。
でも、年々ハードになってきているのだ。俺、格闘技のプロ目指してないんですけど!
でも、これで訓練は終わりだ。午後は家でゆっくり休んでやる。
エレベーターに乗ろうとした瞬間、スマホが鳴った。
画面には本部の二文字……嫌な予感しかしないんですけど。
「はい、大酉です。今、訓練が終了しました」
無駄な抵抗だとは分かっているけど、業務終了感を匂わせておく。
「大酉さん、業務終了後なのに申し訳ありません。今から本部に来て下さい」
下さいとは言っているけど、ほぼ業務命令だ。でも、待機のヒーローがいる筈なんだよな。
「なにかあったのでしょうか?今、時間があるので電話で聞きますけど」
無駄な抵抗だって分かっている。でも、もう心の中はオフなんです。
「ナーチャーアニマルの元代表と言う方が見えまして」
なんてタイムリーな。
(元代表か……一気にきな臭くなってきたな)
しかも俺を指名しているらしい。これは用事があっても行かなきゃ駄目なパターンです。
◇
本部についたら、即変身。そのまま面談室へと向かう。職員の人は見慣れているのか、無反応です。
でも、窓に映った自分を見ると、かなりシュールでした。だって警察署の廊下をバトルスーツ姿の男が歩いているんだもん。
「失礼します。コカトイエローです」
ノックをして面談室に入る。不思議なもので、ヒーローの時は声が低く太くなってしまう。
(昔は可愛い声ってネットに書かれていたんだよな)
俺がヒーローになったのは声変わりする前。小四だから背も小さくちびっ子ヒーローなんて呼ばれていた。
それが嫌でヒーローの時は、低い声で話す様になったのだ。
「勝手な話だとは分かっています。お願いです。ナーチャーアニマルを止めて下さい」
俺に頭を下げてきたのは、人の良さそうな中年女性。
確か、この人はナーチャーアニマルの元代表な筈。その人が俺に止めてとお願いしている。
ハザーズ絡みだと思うけど、何があったのだろうか?
「詳しい話を聞かせてもらえますか?」
この依頼を誰が受けるか決めるのは本部。俺以外のヒーローが選ばれる可能性もある。
だから安請け合いせず、きちんと話を聞く必要がある。
「今のナーチャーアニマルはおかしいんです。動物保護を名目に色んな所にご迷惑を掛けて」
そう言って涙ぐむ女性。空気が重いです。その空気を読んだのか職員の人が資料を渡してくれた。
(捜査資料?……これ、完璧に犯罪組織じゃん)
空子さんから聞いた通り、以前のナーチャーアニマルは熱心に保護活動をする団体だった。
ある芸能人が、その活動をネットで賞賛すると、ナーチャーアニマルを取り巻く環境が一変した。
連日の取材に多額の寄付。そして多くの賛同者。
その賛同者の中には過激な思考を持った連中もいたらしい。
無責任なもので、過激な行動を賞賛する人達も現れ始めたそうだ。
そうなると出てくるのは、ナーチャーアニマルの名前を借りて一儲けしようとする危ない連中。
言葉巧みに近づいてきて、ナーチャーアニマルは乗っ取られたと。
「飼育環境に難癖をつけてペットを取り上げて転売。動物の身体に違法薬物をいれて運ぶ。団体の活動を批判した人への襲撃……これは警察の領分だと思うんですけど」
警察でもナーチャーアニマルを捜査していたらしい。だから空子さんも知っていたのか。
「明日、埼玉で肉のフェスティバルがあります。現代表はハザーズと手を組んで襲撃するつもりらしいんです」
うん、俺の領分でした。動物保護をお題目に掲げるナーチャーアニマルにとって食肉フェスティバルは嫌悪するイベントなんだろう。
毒を食らわば皿まで、ハザーズと手を組んでまで中止に追い込む気なのか。
「分かりました。マッチングしたヒーローに向かってもらいます。ハザーズはヒーローが対応するとして、ナーチャーアニマルを抑える人も必要ですね」
大山さんはナーチャーアニマルを庇ってランスボアに刺された。
つまり、あの頃からハザーズと繋がっていた可能性がある……大山さんは、嵌められたんだと思う。
「もうマッチングは済ませています。コカトイエローさん、出番です」
最近、俺マッチし過ぎだと思うの。恋愛系のマッチングサイトに行けば人気者になれるかな。
「送迎はありですか?」
緊急とは言えないし、向かう場所も決まっている。つまり、転移システムは使えません。
「現地集合でお願いします。下見も必要だと思うので、今から向かって下さい」
……職員さんはそう言うと、ビジネスホテルの宿泊券を渡してきた。
良いけどさ、ビジネスホテルって暇を持て余すんだよね。成人組はお酒飲んで楽しんでいるみたいだけど。
◇
家に戻り出張セットを持って、そのまま現場に向かう。
(皆、楽しそうだな、今日、土曜日だもんな)
地下鉄で同い年位の人達とすれ違った。デートなのだろうか?
輝かんばかりの笑顔で楽しそうだ。
……良いなー、俺も休みだったんだけどな。休みでもデートする相手いないけどね。
隣の県だけあり、ホテルには一時間も掛からずについた。そのままチェックインして、本部に連絡。
スマホに会場の場所が送られ来たので、下見に向かう。
場所は市民公園。ここで警備担当のヒーローと会う予定なんだけど。
(俺の顔を知っている人は限られているんだけどな)
素顔で『コカトイエローをしている大酉吾郎です』って言っても、信じてもらえないんだよね。
「吾郎、追加はお前だったのか」
声を掛けてきたのは川本さんだった。毎回思うけど、ヒーローって狭い世界なんだよな。特に甲級なら、ほぼ全員素顔と名前を知っている。
「なんか知らないけどマッチングで選ばれたんですよ。川本さんは?」
本部ならヒーロー名で呼んでも良いけど、外では名前で呼ぶのがマナーなのです。
「俺はこのイベントの警護担当なんだよ。前の日になったら、いきなり厄介な事になってな。でも、お前が来てくれたから安心だよ」
その気持ちは凄く分る。甲級や都内の在住の乙級とは本部で会うから、お互いの事を良く知っている。性格、能力、得手不得手。でも、地方の乙級や丙級以下となると、書面の情報頼りだ。
中には調子に乗って、こっちの指示を聞かない奴もいる。
「地元のヒーローは何人来るんですか?」
かなり広い会場なので、五人は欲しいところだ。埼玉は人口が多いので、それに比例してヒーローも多い。出来れば乙五以上が三人欲しいです。
「……丙五が三人だ」
そう、明日は日曜日。県内で多くの行事やイベントがあり、大半のヒーローはそっちを担当するそうだ。
しかも、襲撃情報が入って来たのは今日。動けるヒーローはおのずと限られてくる。
その中で川本さんと連携が取れるとなると、俺位しかいない。
「ハザーズの情報は何か入っていますか?」
防衛戦だけど、攻め込んだ時点で向こうの勝ちだ。ピンポイントでハザーズが攻めてくるタイミングと場所が分れば良いんだけど。
(攻め込んでくるタイミングは、川本さんに殺気を読んでもらえば良い。問題は場所をどうやって絞るかだ)
分かっているのは、ナーチャーアニマルが抗議活動しようとしている事だけ。
これは確定。襲撃可能なところは絞れるけど、複数個所に現れたら詰む。派手な場所ほど陽動の可能性が高い。
だから、せめてハザーズの情報があればたすかるんだけど。
「お前と因縁がある相手だぞ。デストラックスのランスボアだ」
川本さんは街で募金活動をしているナーチャーアニマルの心を読んでおいてくれたとの事。
これでナーチャーアニマルとデストラックスが繋がっている事が証明された。
でも、ある意味、納得だ。二つの組織は互いの利害関係が一致する。
「どうやって襲撃地点に移動するかが鍵ですね。他に分かっている情報はありますか?」
襲撃される可能性が高いのはメイン会場の広場。人目につくし襲撃されれば被害も大きい。
問題は広場の大きさ。それと人の多さだ。近くならまだ良いけど、反対方向に現れたらお手上げだ。
形態変化すれば移動速度が上がるけど、それでも難しいと思う。
「今回来るヒーローはバグズファイブって戦隊だ。レッドフライ、イエローローリーポーリ、ブラックスティンクの三人が来る。前に会っているだろ」
会っているけど、戦い方は見ていないんだよな。
ちなみに、ホワイトさんとブルーさんはまだ怪我が治っていないとの事。
「デストラックスと相対しているヒーローはいないんですか?」
ヒーローとハザーズは対で誕生する事が多い。つまりデストラックスと戦っているヒーローがいる筈。
今回の件は、そいつ等の任務なんだけど。
「いるって言うより、いたって言う方が正確だな。ヤークトスリーって、ヒーローがな。でも、三人中二人が入院。それに人が大勢いる場所で、銃火器は使えないだろ」
戦隊ヒーローの弱点。メンバーが一人でも欠けると、大幅に戦力がダウンしてしまう事だ。
連携を主軸に戦う事が多いし、合体技も使えなくなる。俺も一人になった時は苦労しました。
(そういや実況見分の時は、どうやって襲撃したんだろ?)
いつ実況見分するか何て内通者でも居ない限り無理だ。しかも、内通者というかヒーローに敵対行為を働いた人間にも大きなデメリットがある。
(盗聴器でもついてなきゃ無理だな……待てよ)
ナイフラットと戦った時、俺は転移装置を使った。つまり、浄化されているって事だ。
でも、バグズファイブは地元だし、まだ丙級。転移装置を使っていない可能性がある。
本部に連絡して、ある事を調べてもらう。結果は予想通りだ。
これでランスボアを撃退出来る。