罠は食い破るもの
扉を開けると空気が一変した。強者から発せられる気により、月山とは健也は一歩も動けずにいる。
ライオンや熊の檻に入れられた様な恐怖感。顔は青ざめ、勝手に体が震え始める。
1mにも満たない廊下だが、二人の目には果てしない物に映っていた。
「この調子で行けば屋台巡り出来るな。たこ焼きあるかな」
そんな中吾郎は平常運転で歩き出す。彼にとってみれば、この程度の気に遭遇するのは日常茶飯事なのだ。
「……ご、吾郎、お前怖くないのか?」
絞り出すような口調で健也が訪ねる。それは吾郎の耳に届くか届かない位の小さな声。
大きな声を出してしまったら、部屋の主に気付かれるかもしれない、そんな恐怖感が自然に小声にさせていたのだ。
「怖い?確かに報告書の山は怖いぞ。その為にも早く脱出しないと」
ハザーズのアジトに潜入。場合によってはボスを倒して組織壊滅の可能性もある。
当然、そうなると書類はとんでもない数になるのだ。吾郎からしてみれば、ダンディズムデビルより報告書の束の方が怖いのである。
「この先にいるのはイケメン三軍神最強のダンディズムデビル様だ。命が惜しければ、今のうち逃げるんだな」
エロ半魚人が吾郎を脅す。実は彼自身が一番逃げたいのだ。エロ半魚人は同じポーチャーだけあり、ダンディズムデビルの強さと危険さを良く知っている。
「三軍神?残り一人になっても、三軍神なのか?ホスト、オレサマの次はダンディズムね」
逃げるという選択肢が微塵もない吾郎はエロ半魚人を引き連れながら、どんどん歩いて行く。
「なんでお二方の名前を知っているんだ?まさか……?」
エロ半魚人が聞かされていたのは、上級ヒーローが協力によりイケメン三軍神のうち二人が浄化されたという事だけ。
「オレサマウルフって、文化祭の時の……顔を半壊させられて、浄化を懇願したハザーズ?」
何かを思い出して月山の顔が青ざめる。月山にとって、オレサマウルフは因縁の相手。
罠に掛けられた事も大きいが、目の前でヒーローの戦いを見た衝撃は大きかったのだ。
世間とは違う意味で。
「あの時に一撃えげつなかったよな。バスケ部でトラウマになった先輩もいるんだぜ」
そうハザーズに襲われた事ではなく、吾郎の打撃音の方がトラウマになっているのだ。
「あれ本人は渋い匠の一撃とかドヤっていたんだぜ」
吾郎をジト目で見ながら月山が呟く。ないわーと同調する健也。
「そこ、うるさい。ドアを開けるぞ」
いつの間にか月山と健也からは恐怖感が消えていた。吾郎の気が、ダンディズムデビルの気をかき消していたのだ。
◇
そこは異質な部屋であった。部屋としては普通だが、ハザーズのアジトにおいては異質な空間。
深紅の絨毯に、天井には豪華なシャンデリア。壁際には、黒レザーのソファーが置いてある。そこに座るのはイタリア仕立てのスーツを着た気だるげなイケメン。
「あら、本当に来ちゃったよ……喧嘩とか嫌なんだけどな」
そう言って面倒臭くさそうに立ち上がるダンディズムデビル。その目は吾郎をしっかり捉えていた。
「呼ばれたから来たんですよ。喧嘩がいやなら通してもらえますか?」
吾郎は、この時思っていた、絶対に面倒な奴だと。
(絶対に自分に酔ってるよね?俺達が来るまでソファーに座っていて待機していたの?)
ハザーズ、特にポーチャーは自分の特性に準じて行動する。ホストインキュバスは女性を口説き、オレサマウルフは力で支配しようとする。
そしてダンディズムデビルは、自分のダンディズムを優先するのだ。
「そうもいかないのが、大人の辛いとこでね。君達こそ、ママの所に帰っても良いんだぜ」
あくびをしながら、吾郎と対峙するダンディズムデビル。
やる気を感じさせない態度だが、吾郎は彼の動きに注視していた。
「連れがいるので一緒に帰りたいんですよ……よっと」
そう言いながら吾郎はエロ半魚人の背中を蹴る。その威力にふらつくエロ半魚人。部屋の中央にたどり着くと、その頭にシャンデリアが落ちて来た。
これはダンディズムデビルが仕掛けたトラップだ。
「罠を見抜くとはね。俺のダンディズムはどんな手を使っても勝つ事さ。この部屋には対ヒーロー用の体力消費の術が掛けてある。一分居るだけでフルマラソン並みの体力を消費するんだぜ」
下卑た笑いを浮かべるダンディズムデビル。
ポーチャーは男性への嫌悪感から生まれる。ダンディズムデビルは、他人を顧みない男性の身勝手な美学から生まれたポーチャー。自分の手を汚しても、組織が勝てばよし、そんな卑怯さも彼にとってはダンディズムなのだ。
「……要は一分以内に勝てば良いんだろ?」
罠に警戒しながら近づく吾郎。ダンディズムデビルに勝つ自信はある。しかし、罠は吾郎だけに向けられるとは限らない。月山達を守る事が最優先事項である。
「これでも近づけるかな」
ダンディズムデビルがにやりと笑った瞬間、檻が下りてきて月山達を閉じ込めた。
「テイルロッド!健也、そいつを持ってろ」
吾郎はテイルロッドを投げつけ、蛇に変身させる。同時にヨワムレゴブリンが現れ二人を取り囲む。
ヨワムレゴブリンが近づこうとした瞬間、テイルロッドが牙を剥き威嚇。それでも近づいたヨワムレゴブリンは首をかみ切られた。
「やるね。でも、これで武器はなくなった訳だ」
ダンディズムデビルは近くにあった三つ又の槍を持って吾郎へと近づいてくる。
その顔には加虐的な笑みが浮かんでいた。
「俺は無手でも強いですよ」
吾郎はダンディズムデビルを警戒しながら、月山達の直線状に立ち、二人を守る態勢をとる。
「だろうな。だから、それ以上近づくのは禁止だ。もし、近づいたら、このボタンを押すぜ。押したらお友達は死ぬんだ」
ダンディズムデビルの空いてる手にはスイッチが握られていた。押すと天井が落下する罠である。
「片手で槍を扱うのは難しいんじゃないですか?」
ダンディズムデビルの持っている槍は長く大きい。当然重量もある為、突き刺すには両手で持つ必要がある。
(悪魔か……早くあれを抽出しないと流石にまずいな)
余裕のある態度を保っているが、吾郎は内心焦っていた。
吾郎が今回設定した目標は
目標一・全員の脱出。怪我は負わせない。
目標二・秋待さんの出番までの脱出
目標三・ポーチャーのボス及びアジトの壊滅。
努力目標・鷹空さんに正体がバレない事。またドン引きさせない事。
の四つである。
「流石はヒーロー。でも、槍は突くだけじゃない。殴る事も出来るんだ……悪魔形態の俺は強いぞ」
ダンディズムデビルは、そういうと紫の肌の悪魔に変身した。筋力も上がり、槍を軽々と持ち上げる。
そして槍を斜めに振り下ろした。吾郎は、それを寸前の所でかわす。
「体力減少と人質のコンボかよ」
かわしたは良いが吾郎の息は少しづつ上がってきていた。それを見てにやりと笑うダンディズムデビル。
それは勝ちを確信した笑みである。
「吾郎、俺達の事は気にするな。智美の事を頼む」
健也の悲痛な叫びが部屋に響く。その目には涙が浮かんでいた。
「残念。あの女達はハーレムライオン様の側室になるんだよ」
この時ダンディズムデビルは慢心しており、吾郎の動きを注視していなかった。
その目が自分の左手に注がれている事に気付かなかったのだ。
「阿保、罠は食い破るのが面白いんだよ。御手水ブレスッ」
それはほんの一滴の水。神社で口をすすいだ時に、飲み込んだ少量の水。吾郎はそれを抽出し今日飲んだ水分と一緒に吐き出したのだ。
「手が痺れて動かねえ」
ダンディズムデビルの手からスイッチが落ちる。吾郎はそれを素早く確保すると、檻をぶち壊してヨワムレゴブリンを瞬殺した。
「九稲総司令が清めてくれたお手水だ。悪魔には効果抜群だよな……そしてここにはバーディーアンはいない。言いたい事は分かるよな……」
後に健也は語る。あれはヒーローの所業ではないと。吾郎は、泣いて謝るダンディズムデビルを動かなくなるまでボコボコにしたのだ。
「その疲労でハーレムライオン様に勝てるかな……嘘?」
ダンディズムデビルの目に最期に映ったのは、自分の頭を踏み潰そうとするコカトイエローの足。
「これで追って来れないだろ……よし、行くぞ」
呼吸を整えると吾郎は直ぐに動きだした。
「ぐろ……地面に落ちた柿みたくなってるじゃん」
月山はダンディズムデビルの死体を避ける様にして歩きだした。
「吾郎、休まなくて大丈夫なのか?」
健也が吾郎を気遣う。吾郎が疲労困憊なのは、誰の目から見ても明らかである。
「こういう時は準備する暇を与えない方が得策なんだよ」
吾郎の言う事は当たっていた。ダンディズムデビルが稼いだ時間は僅か二分。
マッドフォックスはバリケードを築くかハーレムライオンを起こしに行くかで悩んでいる途中であった。
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