活躍したんだけど2
吾郎がテイルロッドを振るった瞬間、グラウンドにトラップスパイダーの悲鳴が響き渡った。
恐怖に打ち震えるトラップスパイダー。当然、皆の視線がトラップスパイダーに集中する。
そして何があったか分かったのか、校庭が一気に鎮まり返った。
「嘘、蜘蛛男の腕がない」
女子生徒の一人が信じられない物を見たという感じで呟く。
彼女の言う通り、トラップスパイダーの腕は三本とも根本から無くなっていた。
「ただの棒っきれか……お前、俺の尻尾が何か知らないのか?」
吾郎が、再びテイルロッドをトラップスパイダーに突きつける。
テイルロッドは、さっきまでと違いうねうねと動きながら、トラップスパイダーを睨んでいた。
「へ、蛇!なんで、棒が蛇になるんだ!」
トラップスパイダーの顔が再び青ざめていく。いや、白鷺学院の生徒も青ざめていた。
「逆だよ。蛇がベルトや根になっているんだよ……残りの腕も貰うぜ」
テイルロッド、コカトイエローのメインウエポンで普段はベルトに変形させている。
その正体はコカトリスの尻尾の蛇。身体の一部である為、吾郎はこの蛇を自由に動かせる。そして、これでトラップスパイダーの腕を食い千切ったのだ。
さっきまでの威勢はどこへやら、トラップスパイダーの顔は恐怖に染まっていた。
そんなトラップスパイダーをじりじりと追い詰めていく吾郎。
その先には、トリモチスライムがいた。
「ト、トリモチスライム!助けてくんろ」
溺れる者は藁をもつかむ、狩られる側となったトラップスパイダーは、吾郎の狙いに気付かず仲間に助けを求めたのだ。
(努力目標、失敗だな)
マスクの下で吾郎が自嘲気味に呟く。
その顔は虚しさに包まれていたが、吾郎本人以外誰も気づかない。
戦隊系ヒーローは、マスクで顔を隠している。当然、その表情が周りに知られる事がない。
吾郎は小さな溜息を漏らすと、トラップスパイダーの背中に視線を定めた。
「おらっ!これで逃げられないよな」
次の瞬間、高く跳び上がった吾郎が、トラップスパイダーの背中目掛けて飛び蹴りを喰らわせたのだ。
当然、トラップスパイダーは逃亡先にいたトリモチスライムと激突した。
「こら、離れろ!男と抱き合う趣味はないんだよ」
「お前こそ、離れるんだな。べっとりして気持ち悪い」
ぶつかった拍子に、二人は転倒。そのまま、もがいているうちに、トラップスパイダーの腕と足がトリモチスライムに絡みつき、文字通り離れらない仲になったのだ。
吾郎が来て三分も経っていない。それに関わらず、形勢が一気に逆転した。
「あの、僕達は何をすれば良いですか?」
二人の動きを注視している吾郎に話し掛けてきたのは、他ならぬ翼。
プライベートでは両片思いである二人だが、マスクと認識阻害魔法の所為で、互いの正体に気付いていない。
(そういや、この子にはチャームが効いていなかったな……耐性でもあるのか?)
ポーチャーと敵対しているバーディアンだから、チャームに耐性があるのだろうと結論づける吾郎。
翼にチャームが効かなかった理由は吾郎にあるのだが、好意にすら気付いていない吾郎はバーディアンの特性だと結論づけたのだ。
「一人は、そこで寝転がっている二人を監視していてもらえますか?出来れば浄化か拘束して下さい。後の二人はチャーム被害に遭った生徒さんの牽制をお願いします」
翼と目すら合わさずに指示を出す吾郎。もちろん、吾郎一人でポーチャー三人を倒す事は出来る。
しかし、吾郎の任務はあくまでバーディアンの援護。手柄の独り占めはマナー違反なのだ。
「さてと、残りはお前だけだ。イケメンさん、覚悟は良いか?」
高圧的な態度でホストインキュバスに話し掛ける吾郎。これは戦闘のイニシアチブをとる為だが、ギャラリーからの印象はあまり良くない。
今も半数近い女子生徒がドン引きしていた。
「ひ、一人でポーチャー幹部イケメン三軍神である私と戦うつもりか?」
高圧的な吾郎に対して、ホストインキュバスも強気な態度で返す。
もちろん、ホストインキュバスは自分より吾郎の方が強いと分かっている。しかしチャームに掛けた女性や部下が目の前にいるので、強気な態度を崩せずにいたのだ。
「イケメン三軍神か……ネーミングセンスのない上司を持つと大変だね」
そう言って煽ったかと思うと、吾郎は一気にホストインキュバスに襲い掛かった。
「いつの間に私の角を……は、離せ」
吾郎は、ホストインキュバスも気付かぬ間に背後に回り込み、その角を抑え込んでいた。
「こんな頭蓋骨と直結した角見逃す馬鹿はいないっての」
背も体格もホストインキュバスの方が上である。それにも関わらず、ホストインキュバスは吾郎を振り解けずにいた。
「あ、貴方は正義の味方でしょ?弱い者苛めをして良いんですか?角を離して下さい」
そう言いながらチャームを掛けた女子に助けを求めるホストインキュバス。
しかし、誰一人として動かなかった。正確には動けずにいたのだ。
翼が牽制していたのもあるが、吾郎に怯えていたのだ。
彼女達が生でヒーローの戦いを見るのは、今日が初めてである。普段目にするのは、過激な場面をカットされた編集物。若しくは最後浄化終わるウィッチの戦いのみ。
表情一つ変えずハザーズを倒していく吾郎に怯えていたのだ。
「それならチャームを解除するのが条件だ……このまま、角をへし折っても良いんだぞ」
吾郎は、折ろうと思えば何時でも角を折る事が出来た。それをしなかったのは、チャームを解かせる為。ハザーズを倒せばチャームも解けるが、稀に後遺症が残る事がある。
それを防ぎたかったのだ。
「分かった、これで良いんだろ?……ほら、離せよ」
チャームが解けたのを確認して、角から手を離す吾郎。その瞬間、ホストインキュバスがニヤリと笑ったのを翼は見逃さなかった。
しかし、同時に吾郎もマスク中で笑みを浮かべていたのだ。
「気をつけて。ポーチャーは変身するの……え?」
翼が見たのは意外な光景であった。一匹の蛇がホストインキュバスの首に巻き付いていたのだ。
「……お、お前、本当に正義の味方なのかよ」
首を絞められながらも、悪態をつくホストインキュバス。ギャラリーも吾郎が怖いのか誰も反論しない。
「俺が正義の味方だあ?笑わせるな……俺はヒーローだよ。お前等、ハザーズの脅威から皆を守るのが役目だ。怖がられても卑怯だって罵られても、勝たなきゃいけないのがヒーローなんだよっ」
吾郎の言葉にも誰も反論出来ずにいた。もしも、バーディアンの三人だけだったら、白鷺学院の被害は甚大な物になっていたであろう。
そしてホストインキュバスは苦悶の表情を浮かべながら気絶した。
白鷺学院の生徒に被害なし。バーディアンの三人も軽傷。正にコカトイエロー大勝利である。
しかし、誰も喝采をあげない。それどころかコカトイエローの凄惨過ぎる戦いに恐怖し、礼を言うの事さえも躊躇していたのだ。
「あ、ありがとうございました。お陰様で助かりました」
そんな中、翼だけが、吾郎にお礼を伝えた。
一番近くにいたという事もあるが、コカトイエローの言葉に僅かであるが寂しさを感じたのだ。
「これが俺の任務ですから……浄化はお願いしますね」
さっきまでとは違い、穏やかな口調になるコカトイエロー。翼は、その話し方に聞き覚えがある感じがした。
「……とりあえず浄化しようか」
コカトイエローを見送っていた翼に智美話し掛ける。ホストインキュバスは気を失っているだけ。このままでは目を覚ましてしまう。
「そうだね……愛と戦いの力を鷹に変えて」
翼が集中すると光が現れ鷹の形に変わっていく。
「智と癒しの力を梟に変えて」。
智美の光は梟の形に変化。
「清浄と魔の力を白鳥に変えて」
麗美の光は白鳥の形に変化。
「「「バーディアンピュリィケーション」」」
三羽の鳥が一つになり、ホストインキュバスに襲い掛かる。三体のハザーズを光の奔流が包んだ。
そして光が消えると蝙蝠、蜘蛛、ナメクジの死骸が残っていた。
同時に湧く歓声。そこには一番の功労者である吾郎の姿はなかった。
◇
ポーチャーを倒した俺は無事に本部へ帰還。今日は時間があるから、きちんと仮眠をとれると思う。
でも……。
(俺の夢が。正体を告げて、恋愛が進展する夢展開が、絶対に潰えた)
だって、白鷺学院の子達、完全にドン引きしてたもん。正体を告げたら逃げられると思う。
「ごろ、何落ち込んでんだよ。五十人の生徒は全員無事。ハザーズも無力化して、無事に浄化してもらえたんだろ?お釣りがくる大活躍だよ」
美樹本さんが励ましてくれる。自分でも大活躍だった思う。
「完全にドン引きされたんですよ。絶対、俺のイメージ最悪になっていると思います」
健也、ごめん。折角、誘ってもらった合コンだけど辞退します。
自分の陰口とか聞かされたら、立ち直れないと思う。
「それも計算に含めてのマッチングシステムなんだぞ。何か意味があるんだって……ごろ、電話鳴っているぞ」
美樹本さんに言われてスマホに目を落とす。そこには鷹空の表示が。
「た、鷹空さんどうしたの!」
テンションが一気に回復する。これは頑張った俺へのご褒美だ。
「ううん。用事はないけど、ちょっと声が聞きたいなって思って……まだバイト中だから切るね」
やばい。これは違う意味で合コン断らなきゃ。
「俺の声が聞きたかったって、これ脈ありじゃないですか?」
いや、脈しかないと思う。明日でもデート誘っちゃう?
「バイト中にスマホ弄れる訳ないだろ。間違って掛けたから、誤魔化したんだよ」
美樹本さん、夢見る少年に正論をぶつけるのはやめましょう。
「ワンチャン、奇跡的に本音ってパターンないですか?」
きちんと予防線を張ってしまう自分が哀しい。
「その子の写メあるか……ごろ、脈どころか可能性もないと思うぞ。お前、この子と普段から通話やライソするのか?」
美樹本さんは、溜息を吐きながら同情の目で俺を見てくる。
「通話は……夏に一回。ライソはクラスのグループライソでなら」
美樹本さんが優しく肩を叩いてくれた。俺、頑張ったのに。超頑張ったのに。
……コカトイエロー、知っている。ヒーローとして活躍しても、恋愛には反映されないんだよね。