天から地じゃなく川にダイブ
眠い……完全な寝不足だ。原因はオーナメントツクモにやられた背中の傷。血は出ていないけど、真っ赤に晴れ上がりシャツが擦れただけでも痛い。
あの後も援護要請が頻発し、治癒を受ける事が出来なかったのだ。加えて俺は自分の背中の傷は治せない。
結果、昨日はうつ伏せで寝る羽目になった。
(休みだけど、予定なし……真面目に課題でもするか)
椅子に前屈みで座り、背中が背もたれに当たらない様にする。
……とても昨日大活躍したヒーローとは思えない姿だ。
痛みをこらえながら課題を進めていると、スマホが鳴った。画面に表示されているのは、健也の二文字。
「久し振り……でもないか。どうしたんだ?」
健也と仲は良いけど、連絡はライソが多い。こうして直接電話を掛けてくる事は珍しい。
「これから時間あるか?智美や鷹空達とパンケーキ食いに行く事になったんだけど、男一人だときつくてよ」
なんて良い奴なんだ。一気にテンションが上がり、嬉しさで背中の痛みも忘れてしまう。
「絶対に行く。待ち合わせ場所は、どこだ?」
パンケーキには、そんなに興味はない。普段ならメニューにあってもスルーしている。
クラスの男子でパンケーキ食べに行くって話になったら、適当な理由をつけて断っていたと思う。
でも、鷹空さんがいるのなら話は別だ。緊急要請でもない限り参加させてもらう。
「助かるよ。待ち合わせ場所は駅前広場だ。あそこに新しいパンケーキ屋出来たろ?」
……うん、知ってる。昨日行ったばかりだし。
(現場検証やるよな?知り合い来てなきゃいいけど)
オフなんだから問題ないんだけど、同僚が仕事している時に女の子とパンケーキを食べるのは少し気まずい。
「あそこ、確か昨日ハザーズが出たんだよな」
三体全員倒した本人が言うのは、かなり白々しい。複数のハザーズが手を組んで襲撃したって事もあり、本部は背後関係を調査している。
「ああ、あそこの店長さん止まり木の真理さんの友達らしいんだ。事件で売り上げが落ちないか心配だから、応援に行くんだと」
健也も真理さんの事知っているのか。いや、俺より通ってそうだから、真理さんとも顔見知りだと思う。
何より大暴れした本人としては、非常に気まずいです。
「分かったよ。でも、俺が突然参加して大丈夫なのか?」
途中参加って大概変な空気になるんだよな。メンバーの中で話をするのは、健也と鷹空さんだけ。副浪さんはこの間初めて話したばかりだし、白鳥さんに至っては初対面だと思う。
「智美に頼まれたんだよ。俺の話し相手必要だろって。あいつ等三人中学でもずっと一緒だったから集まるとずっと喋っているんだよ」
あのコミュ強の健也が会話に混じれないって、どんな盛り上がりなんだ?
(コミュ強だから、逆に空気を読んで黙るのかもな……健也が暇そうにしている時、鷹空さんは、どんな顔しているんだろ?)
ズキリと胸が痛む。もし鷹空さんが健也に一生懸命に話し掛けていたら……俺は笑っていられるだろうか?
「分かったよ。何時集合だ?」
心の仮面をかぶろう。コカトイエローのマスクをかぶっていると思えば、上手く演技が出来ると思う。
◇
待ち合わせ三十分前に駅前広場に到着。
駅前広場は昨日の事件が、嘘だったかの様に賑わっていた……正確に言うと、昨日の事件があったから、更に賑わっているっていう方が正確なのかもしれない。
広場の一部には規制線が貼られ、現場検証をしていた……顔見知りの職員さんが何人かいるけど、俺に気付かない事を祈ります。
「皆さん、ここがバーディーアンがポーチャーと戦っていた広場です」
実況者が動画を撮りながら解説をしている。場所だけで喜ぶ人いるんだろうか?
目の前に昨日の大活躍したヒーローがいるぞ。映ったら怒られるかな?
「オーナメントツクモの部品あったぞ……ったく、吾郎の奴、少しは加減しろよ」
顔見知りの職員さんが愚痴りながら、現場の後始末をしてくれている。絶対に今俺を見たよね。
「吾郎、おはよっ!来てくれてありがとう」
気まずくて顔を逸らすと、鷹空さんが声を掛けてくれた。今日も滅茶苦茶可愛いです。
「おはよう。手袋つけてくれているんだ。ありがとう」
鷹空さんは俺がクリスマスに贈った手袋をつけてくれていた。背中の傷みを忘れる位嬉しい。
「当たり前だよ。僕の宝物だもん。吾郎は何か料理作った?」
天にも昇る気持ちって、こういう事なんだろうか?お約束で地に落とされなきゃ良いんだけど。
「パパご飯に載っていたコンソメスープを作ったよ」
作者直々にアドバイスをもらって野菜たっぷりのコンソメスープを作った。簡単な料理だけど、俺にしては凄い進歩だと思う。
「偉いぞ。それでこそ贈った甲斐があるよ」
鷹空さんが笑顔で褒めてくれた……マジで料理頑張ってみようかな?
「健也達はまだ来ないのかな?」
待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。健也、遅れて来いなんて贅沢は言わない。出来れば時間ギリギリに来てくれ。そうしたら、鷹空さんとゆっくりお話出来るから。
「智美から電話だ……分かった。直ぐに行く。吾郎、大変。近くの橋で子供が川に落ちそうになっているみたい」
東京とはいえ十二月の水はかなり冷たい。助けに行かなきゃ。
自然にヒーローモードにスイッチが入る。
「場所は?……警察の方ですよね?一緒に来て下さい」
顔見知りの職員に声を掛ける。
鷹空さんから聞いた場所に辿り着くと五才位の男の子が橋から落ちそうになっていた。
(隙間から出たのか?それにしては不自然だ)
歩行者用の橋だから、高い壁があり子供が出る隙間もない。
「今、そっちに行くからもう少し頑張れ」
健也が壁を乗り込えようとした瞬間、なにかが川で動いた。
「モテ男さん無駄だよ。俺の名前はポーチャーのエロ半魚人。坊主、水鉄砲を喰らえ」
エロ半魚人の放った水鉄砲が子供に襲い掛かる。
子供が川に落ちたのを確認したエロ半魚人は、そのまま逃げて行った。
(救助想定5ーC……行くぞ)
着ていたダウンジャケットとトレーナーを脱ぎ捨てて、シャツ一枚になる。
訓練の成果なのか、それともヒーローの性なのか。気付いた時には、川に飛び込んでいた。
「もう大丈夫。今救急車が来るぞ」
川の中から職員さんに目配せを送る。子供を抱きかかえながら、川岸に上がると鷹空さん達が駆け寄ってきた。
「吾郎、大丈夫?」
寒いけど、俺は平気だ。それよりも子供を優先しなくてはいけない。息と意識はあるけど、体温が下がっている。
「俺のダウンとトレーナーをちょうだい」
男の子の服を脱がせて、トレーナーを着せてダウンジャケットで包む。そして川岸の欄干を乗り越えて職員さんに男の子を預ける。
◇
子供が救急車に乗ったを確認し一息ついたところで智美がある事に気付く。
(翼、大酉君の背中を見て)
智美が小声で翼に話し掛ける。
(水で濡れてエロさがやばいよね。あの胸板なんて最高だよ。勇気もあるし、流石は僕の吾郎だ)
智美が話し掛ける前から翼は吾郎をガン見していた。
(そこじゃなくて背中。あの傷、コカトイエローさんがオーナメントツクモに打たれた所と同じじゃない?)
吾郎の背中に鎖で叩かれた様な傷があったのだ。
数分後、橋の近くでは、ちょっとした人だかりが出来ていた。
「大酉吾郎、場七健也の顔を特定しました。後はお任せしますよ」
昨日駅前広場にいた少年は、吾郎達の写メを撮るとにやりと笑った。
◇
子供は無事だった。でも、俺も救急車に乗せられて病院に搬送されたのです。
俺を待っていたのは鷹空さんとの楽しいティータイムではなく、呆れ顔の美樹本さん。
「本当、お前も間が悪いよな。折角のデートに寒中水泳するなんてよ」
駅前広場に戻ろうとしたら、鷹空さん達からは駄目だしされるし……泣いても許されると思う。
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