吠える鶏
パトカーに乗って現場を目指す。車の窓から外を眺めると、家族連れが幸せそうに歩いていた。
(俺にもあんな頃があったんだよな。サンタクロースに欲しい玩具をリクエストしたっけ)
……たまには実家に帰るか。
「現在分かっている情報を教えてもらえますか?」
俺が分かっているのは複数隊のハザーズが現れた事と、ポーチャーがいるからバーディアンも向かっているって事だけだ。
「ハザーズが現れたのは、駅前広場にあるパンケーキ屋です。家族連れが多いのでバーディアンが先行しています」
それは急がないと不味いな。
(クリスマス、家族連れ……嫌なピースが揃ったな)
今回も優先するのは、市民の安全だ。しかも、家族連れとなると、誰が怪我をしても、後味が悪くなる。
もし子供や親御さんが怪我をしたら、最悪のクリスマスになるだろう。子供や両親が亡くなったりしたら、悔やんでも悔やみきれない。
……転移は現場に駆け付ける最良の手段だったんだけど。現場に近づくにつれて、パトカーのスピードが落ちてきた。
「渋滞が凄いですね」
地元民だから疑問に思う。この道、そんなに渋滞しない筈なんだけど。
現場に一刻も到着する為、警察官も混雑する道は避けてくれている。それでも前に進まないのだ。
「サイレンを鳴らしますか?」
普段、ヒーローが現場に向かう時はサイレンを鳴らさない。ハザーズに気付かれるのを防ぐのと、野次馬を集めない為だ。
「ここからならショートカット出来るので、大丈夫です。どこかで停めて下さい」
少し無茶はするけど、そんな事は言ってられない。
◇
吾郎が転移する数分前。翼達バーディアンは、駅前広場に到着していた。逃げ惑う買い物客に逆らって進むと、パンケーキ屋の前ではピエロのポーチャーが暴れていた。
不幸中の幸いで、怪我人はまだ出ていない。
「クリスマスプレゼント返してー。サンタさんがくれたんだよ」
プレゼントを取られた子供は悲しそうに泣きわめいている。両親は悔しそうな表情を浮かべているも、子供を守る事で精一杯であった。
何故なら子供のプレゼントを奪ったのはハザーズなのだ。
「家族で楽しくクリスマスだ?残念サンタさんは作り話でーす」
子供に罵倒を浴びせたのは、ポーチャーのイジワルマッドピエロ。ピエロ独特な派手なメイクと服。ただ、その手には鈍色に輝くナイフが握らていた。
もう片方の手には、子供から奪ったプレゼントを手に持っている。
イジワルマッドピエロは男性が持つ幼い嫉妬心が具現化されたポーチャー。故に彼の攻撃対象は幸せな家族に向けられる。
「プレゼントを返しなさい。それはその子の物なのよ。他人の幸せを喜べない男って最低。吾郎の爪のあかをの飲ませてやりたい」
翼がクリスマスプレゼントを奪ったイジワルマッドピエロに詰め寄る。
「ホークソルジャー、皆様が逃げるまで手を出すのは危険ですわ」
白鳥麗美が翼を諫める。まだ買い物客の退避が済んでおらず、万が一イジワルマッドピエロを抑え切れなかったら、その凶刃で駅前広場は真っ赤に染まっていたであろう。
「みんな今のうちに逃げて……ソルジャー、メイジ。浄化をするわよ」
副浪智美が自分を盾にしながら、買い物客を退避させる。
浄化技を発動させようとした瞬間、第二の凶刃が三人を襲った。
「クリスマスに浮かれている日本人はいねがー。日本人なら冬至だろっ。日本の伝統を忘れおってからに。パンケーキなんか食うな。どら焼きで十分だ」
現れたのは妖怪復興会が誕生させたハザーズ頑固親父なまはげ。なまはげの持つ怠け者を諫める性質を増加させ、家族に見捨てられた頑固おやじの魂を混入させた妖怪。
故に彼はクリスマスを楽しむ家族を憎む。
手には巨大な包丁を持っている所や、角が生えているのはなまはげそのもの。
ただし着ているのは。蓑ではなく甚平。そして包丁を持つ手の反対には、桶ではなく丸めた新聞紙を持っている。
「こいつはポーチャーじゃない。いったん距離をとりましょう。本部に援護を頼むわ」
バーディアンの司令塔である智美が二人に指示を出す。バーディアンはポーチャーに対しては相性が有利であるも、妖怪復興会のハザーズである頑固親父なまはげとは相性が悪い。
現状はかなり不利なのだ。
「そんな暇は与えません。クリスマスが済んだら、しまう癖に……この時期は何時間も連勤させやがって。子供が大人になったから飾らない?流行りのオーナメントの方が可愛い?物を大事にしやがれ」
広場に飾ってあるクリスマスツリーの陰から現れたのは体にクリスマスオーナメントをつけたロボット。
吾郎が黒部ダムで倒した爆弾型ハザーズの仲間。付喪神互助会のオーナメントツクモ。
永年放置されたクリスマスオーナメントが付喪神化したハザーズである。
「硬っ……それにチェーンが厄介ね」
オーナメント付喪の体は金属で出来ており、翼の拳では傷を与える事すら出来ない。なにより体の仕込まれた金属製の鎖を自在に操り、中々近づけないのだ。
「あのバーディアンに勝てるぞ。俺達三人に勝てるヒーローがいると思うか。いても簡単にここには来れないさ。駅前広場の周辺は渋滞で混雑している。土地勘がないと到着に時間が掛かる。そんな都合の良いヒーローがいると思うか?」
この時、イジワルマッドピエロは見事なまでのフラグを立てた事に気付いていなかった。今、そのヒーローがパルクールばりの動きでショートカットをして近づいてきていたのだ。
◇
黄色い怪鳥が駅前広場に向かって飛び跳ねていく。時にはスーパーの屋根を、またある時は電信柱を足場にして向かっていく。
怪鳥の正体はコカトイエローこと大酉吾郎だ。
(一歩踏み外せば大怪我確定なんだよね……嫌だけど、そんな事は言ってられないよな)
吾郎は、震える足を誤魔化しながらショッピングモールを目指していた。
「女が男に勝てると思っているのか?昨日も男に媚を売ってプレゼント貰っていたんだろ?」
その頃バーディアンの三人は頑固親父なまはげに追い詰められていた。
ランク自体はポーチャーと大差ないものの、妖怪復興会のハザーズは伝承から力を得ている。対抗するには、退魔やお祓い等の神秘の力が必要である。
愛や知恵が力の源であるバーディアンとは相性が悪い。何より頑固親父なまはげは若さを憎んでいる。
「頑固親父なまはげさん、そいつ等はお任せします。オーナメントツクモさん、今こそ積年の恨みを晴らす時ですぞ……坊や、ママとパパとバイバイする時間だぜ……いだいっ」
買い物客はあまりの恐怖に言葉を失う。惨劇が繰り広げられると思った。
イジワルマッドピエロが小さな男の子に襲い掛かろうとした瞬間、駅前広場に悲鳴が木霊した。
誰もが男の子が襲われてたと思ったが、男の子は無傷。逆に男の子を襲おうとしたイジワルマッドピエロは鼻を抑えてうずくまっていた。
「悪い。つけ鼻じゃなかったんだな」
吾郎が申し訳なさそうに謝る。その手には血が滴っているイジワルマッドピエロの真っ赤な鼻が握られていた。
「いきなり鼻を千切るなんてハザーズでもしないぞ。見ろ、買い物客がドン引きしいているぞ」
イジワルマッドピエロの言う通り、さっきまで恐怖に慄いていた買い物客はドン引きしている。
「だから謝ったろ。ほら、返すよ」
吾郎はそういうと、イジワルマッドピエロ目掛けて鼻を投げつけた。そしてそのままイジワルマッドピエロに近づいていく。
「お、お前本当にヒーローなんだよな?俺よりたちが悪いぞ」
さっきまでの勢いは消え、目の前の化け物に怯えるイジワルマッドピエロ。
「おう、甲二級コカトイエロー様だ……俺の前で子供を虐めてただで帰れると思うなよ」
小学生からヒーローをしている吾郎は、子供を襲うハザーズを蛇蝎のごとく嫌っていた。
イジワルマッドピエロはフラグを立てるのと同時に吾郎の地雷も踏み抜いたのであった。
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