チキンヒーロー
鷹空さんからもらった箱を見て疑問に思う。これ、クリスマスプレゼントで良いんだよね?
嬉しいけど、意図が読めない。きちんと栄養を摂れって事は分かる。何より、全部合わせると結構な値段になる筈。
でも……内容を見ると完全に義理な訳で。勘違いするのはアウトなのは確かだ。
……これにブランド物の手袋って、重すぎないか?後日、返却されてもおかしくない。
料理本の名前は今日から始める家庭料理、体に優しいレシピ、お野菜大好き、レッツ!パパクッキングの四冊。少し読んでみたけど、ヘルシーな料理が中心だった。
(誰かに料理を教えてもらう。お兄ちゃん……駄目だ。絶対に怒られる)
中学生の時、お兄ちゃんに好きな子がいると言ったら『男の勘違いは恥。特にお前はヒーローなんだから、相手の女の子は嫌でもうんと言う可能性がある。だから、相手の気持ちは慎重に見極めろ』そう教えられた。
そんな事言われたら話し掛ける勇気もなくなり、相手に彼氏が出来たんだよな。
当時はピンとこなかったけど、今なら分かる。
俺達ヒーローは頼られる存在なのと同時に、恐怖の対象でもある。
正体がばれていないとはいえ、第三者目線を持たないと駄目だ。
(料理教室に通うか……その前にヒーローサイトをチェックしないと)
……まずいな。サイトを見たら、不自然な程に事件が起きていなかった。
◇
本部に着くと、疲れ切ったヒーローがいた。いわゆる待機疲れってやつだ。援護も疲れるけど、ただ待っているのはきつい。何しろ常時臨戦態勢なので、神経が参ってしまう。
「昨日は外れ援護の連発だったらしい」
疲れ果てた同僚を同情の目で見ていると、大山さんが声をかけてきた。
なんでも現場に着くと既にハザーズは逃げた後ってパターンが多かったそうだ。
「どこからか指示が出ている感じですね、それに、こっちを疲弊させようとしていませんか?」
指示はあくまで予測だ。でも、実際こっちは疲弊していまっている訳で。
「そこは調査待ちだ。お前らは帰って休め」
大山さんの指示で、夜勤のヒーローが帰路に着く。今日はクリスマスだけど、爆睡して終わると思う。
「昨日のデータを見たんですけど、逃げるのが物理的に不可能なケースがあります。人目がある中、ハザーズが姿を消しているのもありました」
転移をするか、透明にならなきゃ無理だ……もしくは。
「木を隠すなら森の中……人化が広まっている危険性があるな」
疑いで一般人を攻撃する事は不可能だ。もし違っていたら殺人になるんだし。
「その場にいる全員を拘束……何回も繰り返していたら、不満が募りますね」
ハザーズの動きが明らかに今までと変わってきている。
「人化したらハザーズでもスマホを持てる。つまり、ハザーズもヒーローサイトを見れるんだ。こっちの動きを推測されている可能性がある」
上級ヒーローのローテーションを把握されたら、かなりまずい。ヒーローにも相性があるし、消耗戦を仕掛けられた自滅しかねない。
「乙下級、丙級のパワーアップが必要ですね……話は変わるんですけど、大山さん料理されるんですよね?」
奥さんがインスタに『今日のパパ兼ダーリン料理も美味しそう』とあげて惚気まくっている。ファンからも“美味しそう。何年経っても、ラブラブなんですね”と好評らしい。
「うちのは撮影に入ると、拘束時間が長いからな。結婚前から料理はしていたし」
大山さんの奥さんは人気俳優だ。ドラマにも多数出演している。それを陰で支えているのが大山さんなのだ。
なにより凄いと思ったのは、将来を見越して料理を覚えたって事。夫婦仲が良いのも納得出来る。
「俺、料理を覚えたいんですけど、何から始めれば良いですか?」
大山さんには前にも相談していたから、きちんと説明した。義理に手袋は重すぎないか心配って事も含めて。
いじられるかと思ったら、大山さんは真剣な顔で聞いてくれていた。
「プレゼントの写メとかあるか?……これ、悠に見せても大丈夫か?俺より女の意見の方が納得できるだろ」
大山さんの奥さんは美人人気俳優の春木悠。モブ高校生の恋愛相談に関わる時間なんてないと思う。
「そんな悪いですよ。奥様お忙しいでしょうし」
大山さんは自分の奥さんだから気軽に話し掛けられるけど、俺からしたら芸能人な訳で……テレビの中の人なのだ。
「大丈夫だよ。前に相談された時もあいつに話したら“あの吾郎君が恋?初々しくて癒される。力、続報よろしく”って喜んでいたぞ……俺だ。少し良いか?うちの鶏君が悩んでいてさ……写メ送るからアドバイスもらえるか……ありがとう。料理作って待っているぞ。うん、俺も愛している。仕事頑張れよ」
デレデレだ。あの厳ついパワーナックルがでれまくっている。
……大山さんは、奥さんに引け目や負い目を感じないんだろうか?
「やっぱり重いんですか?」
正直怖くてラインを見れていない。ごめんの三文字があったら、絶対に泣く。
「そこは大丈夫だ。悠も太鼓判を押していた……それより料理を頑張ってみろ。動画サイトを見てゆっくりやれば大丈夫だ。メインは総菜でもいい。付け合わせや副菜、汁物を作ってみろ。パパご飯には常備菜も載っているぞ」
確かに副菜や汁物なら作れるかもしれない……待てよ。
「大山さんもパパご飯持っているんですか?」
そうでなきゃ内容知っている訳がない。あの本って、そんなに売れているんだ。
「あれ俺が書いたんだよ。悠のマネージャーに頼まれてな。覆面料理研究家拳パパ名義だ」
最初は春木悠の旦那ってのが宣伝だったけど、売れ行きが良くて拳パパ名義で出したそうだ。
世間って狭い。
それから待機する事、一時間。援護要請が入った。
「都内にハザーズが出ました。コカトイエローさん、お願いします。相手はポーチャーです」
バーディーアンも向かってるが、複数いるらしく援護が入ったのだ。
◇
同刻、喫茶止まり木。
「翼、手袋つけて。あれをつけて変身したら、物凄いパワーアップしてたよね」
智美が翼に手袋をつける様に促す。しかし、当の翼は手袋を大事に鞄にしまった。
「絶対に嫌。手袋が汚れるもん。これは吾郎からの大事なクリスマスプレゼントなんだから……真理さん、これ、絶対に本命ですよね」
惚気ながら断固拒否する翼。違う意味ですれ違う二人の恋だった。




