救う為に(上)
長くなったので上下に分けました
山頂までどうやって行くかを考えていたら牧場の人が移動手段を準備してくれたとの事。
「この流れでトナカイがひくソリで山頂に行くってパターンはないですよね?」
振られてハザーズ化した所に昔の仲間がやって来る。その中には昔好きだった幼馴染みと、そのパートナーがいて……カインド君、狂暴化待ったなしです。
「この角度をソリで登るのはきついと思いますが」
職員さんの言う通り、スキー場だけあってかなりの斜度だ。この坂を俺を載せて運ばせたら動物虐待になってしまう。
「お待たせしました。さあ、乗って下さい」
声がしたので、振り返ると雪上車を運転している牧場の人がいた。これなら安心して近くまで行ける。
「助かります……そうだ。件の牧場の事を調べて下さい。特に金の流れを……お願いします」
職員さんにお願いをして雪上車に乗り込む。雪上車はスキー場のコース整備にも使われる。斜度なんかお構いなしにどんどん登っていく。
「スープジャーにコーンスープが入っているので、良かったら飲んで下さい……本当にカインドを助ける事は出来るんですか?」
流石は北海道。コーンスープも別格の美味さだ。何より、心地よい暖かさが胃に沁みる。
「浄化は難しいですけど、考えている事があるので安心して下さい」
妖怪を始めとする変化系のハザーズは、正体を知られると弱体化する。その隙に浄化をするのが定番のやり方だ。だから担当ヒーローは首輪を見せたんだと思う。
でも、今回は海鹿やもてない男の怨念が注ぎこまれている。カインド君の意識は奥深いところにあると思う。
「無理しないで下さいね……前から聞いてみたかったんですけど、ハザーズを倒す基準ってあるんですか?保護とか逮捕みたいのが少ない感じがして」
それ良く聞かれるし、マスコミや保護団体から責められる。
「まず浄化が最優先です。でも、浄化は担当ヒーローじゃないと難しいんですよ。それに俺達の所に援護依頼が来る時点で、人命を脅かす危険があるって認定されているんです。可哀想だから見逃した。結果、無辜の市民が犠牲になったなんて笑えませんでしょ?……保護パターンは、人が変化した場合ですね」
反省するって言うから見逃したら、君のパパ殺されちゃったは通じない世界なのだ。被害は未然に防ぐのが鉄則である。
人が変化した場合は、なんとか拘束して浄化に持って行く。浄化されても罪は消えない訳で、牢屋行きになる。
「そうですか。大変な仕事ですね……ここまでしか行けないみたいです」
雪上車が停まったので見てみると、山頂付近が猛吹雪になっていた。確かにこれじゃ近づけない。
山頂なんて霞んで見えないし。
(ビンゴ。隠れているけど、気配がもう一つある)
俺は吹雪に突っ込んでいった。
◇
雪国に生まれた経験が、こんな所で役に立つとは。吹雪で前が見ない時は足元の少し前に視線を落とすといい。
(気配はこっちだな)
いくら吹雪で視界が遮られても、ハザーズの気配は分かる。その方向に向かっていけば、自ずとカインド君に会える。
(流石に、幻衣を着ていてもきついな)
今の気温は確実に氷点下を下回っている。戦いが長引けば俺の生命が危うい。
「憎い。僕を裏切ったあの子が……憎い。あの雄が……憎い。弱い自分が……憎い、にくい、にくい、ニクイ」
カインド君の悲痛な叫びが聞こえて来た。人間の負の感情を加えられた事で、自分に何があったのか明確に分かったんだと思う。
「カインド君だよね?」
そこにいたのはトナカイではなかった。妖怪海鹿の力の所為で、巨体化。人の負の感情で、目が吊り上がり、口からは牙が生えている。
そしてカインド君の悲しみによって、目から血の涙が零れていた。
(赤鼻のトナカイじゃなく、血の涙を流すトナカイか)
基本ハザーズは、負の心によって生まれる。でも、カインド君は無理やり負の心を注入されて、ハザーズにされた。ある意味被害者だ。
「その名前で呼ぶな!皆して僕を騙していた癖に。何が直ぐに帰って来るだ。来年にはつがいになれるって信じていたのに」
低く野太い声が雪山に響く。
だよね。そうだよね。俺もそう思ったよ。牧場のお兄さんも憤っていたし。
でも、いくら慰めの言葉を言っても事実は変わらない。
「こんな事をしても気持ちは晴れないだろ……牧場に帰りたくないかい?」
幼馴染みの雌トナカイは例の牧場にいるそうだ。春先に多額の金を振り込んできたらしい。トナカイを自前で用意出来なかった牧場がだ。
「牧場のお兄ちゃん怒ってるもん。勝手に牧場を飛び出して、豚さんを襲ったりした悪いトナカイだもん。戻れないよ」
カインド君の声が幼い口調になってきた。
(今なら俺の浄化でもいけるんじゃないか?)
浄化技を放とうとした瞬間、嫌な声が聞こえてきた。
「騙されるなカインド。そいつは俺達の敵、ヒーローだぞ」
声のした方を見ると巨大な狸が二本足で立っていた。太々しい顔をしており、まさに狸親父って感じだ。
「狸……佐渡の団三郎さんとは感じが違うな。阿波の芝右衛門さんか屋島の太三郎さんの系統か。隠神刑部様さん味あるな」
俺もコカトリスの力を持っているから、妖怪の力を使うヒーローやハザーズと関わる事が多い。
正直な感想、狐じゃなくて良かったです。俺にとって狐の妖怪=九尾の狐。
大恩とトラウマの塊な総司令を連想してまうのだ。
「……団三郎様を知っているのか?ま、まあ、有名なお方だから知っているか。でも、さん付けは失礼だぞ。狸妖怪の頂点におられるお方なんだぞ」
明らかに動揺する狸……良かった、どうやら直属の配下ではないらしい。現代まで名前が語り継がれている妖怪だけあり、どのお方もかなり強力だ。絶対に勝てる気がしない。
「前に妖怪系ヒーローの援護に行った時に、ご挨拶させて頂いた」
正確に言うと祭壇に供物を捧げた時に、お堂の空気が変わっただけなんだけどね。それでも一瞬感じた気配はちびりそうになる位凄まじかった。
「挨拶位誰にでも出来るっての。俺の名前は化け蝦夷狸。行くぞ、化けトナカイ」
化け蝦夷狸?そんな妖怪聞いた事ないぞ。念の為、本部に調べてもらう。
結果、アイヌの伝説に蝦夷狸の妖怪はいなかった。むしろモユクカムイとして神聖しされているそうだ。
ヒグマの炊事番であり、人間と動物の間を取り持つ神。そして蝦夷狸はヒグマを襲われないそうだ。
(アイヌ語を使っていないし、団三郎狸に様をつけていた。蝦夷狸に化け狸の概念を注入したのか)
「危ねっ!カインド君、牧場のお兄さんも心配しているよ」
カインド君の体当たりを寸前で避ける。
説得を試みるも、カインド君は俺の言葉に耳を貸してくれない。正確に言うと目が血走り、狂暴化している。
「無駄、無駄。そいつの意識は海鹿とモテない男の恨みに乗っ取れている。そら、暴れろ。お前も裏切った人間に復讐するんだ」
化け蝦夷狸が煽ると、カインド君は更に暴れだした。
(蝦夷狸をなんとかしないと、浄化は無理だな)
肝心の化け蝦夷狸はカインド君に隠れて、俺を嘲け笑っている。
「人を喰わせろ。クリスマスが憎い。なんで、俺には彼女がいないんだ……どうして僕だけ、こんな目に」
憎しみの声に混じって、カインド君の悲痛な叫びが聞こえた。
(石化ブレスを使うか?……風で吹き消されるのがオチだな)
体感で石化ブレスは後二回位しか使えない。無駄打ちは避けるべきだ。
まだ何件も援護残っているんだよね。
続きは八時に