コカトイエロー、切なすぎて涙ぐむ
切ないお話です
鷹空さんがくれた紙袋の中にはホットドッグ、コーンポタージュ、アボカドとエビのサラダが入っていた。
「癒される。これで午後も頑張れるぞ」
単純に腹が減っていたのもあるけど、心に活力が湧いてくる。だって、ある意味クリスマスプレゼントなんだし。
「そんな大事そうに抱えて……誰も盗らないっての。でも、ごろ、お前って本当にコスパの良い男だよな。ホットドッグで、そこまで喜ぶのはお前か小学生位だぞ」
美樹本さんが呆れ顔で突っ込んでくる。どうもテンションが上がり過ぎて、満面の笑みでホットドッグをむさぼり食っていたらしい。
「だって嬉しかったんですもん。それに守さんや大山さんの活躍を見たら愚痴っていられませんよ」
守さんはイベントをこなしながら四体のハザーズを倒していた。大山さんに至っては六体である。
愚痴を言ってたら、赤っ恥もいいとこだ。
「守はトップヒーローだし、大山のおっさんは家族とクリスマスを過ごす為に、頑張っているんだよ」
大山さんは数少ない既婚者ヒーローだ。
「大山さんの奥さんって俳優の春木悠ですよね。美人俳優で有名な。美樹本さんも仕事した事あるんですか?」
美人俳優と結婚って聞いた時は、昔救助でもしたのかって思ったら、中高の同級生だったらしい。素顔のパワーナックルさんって、かなりの強面なんだけど。蓼食う虫も好き好きってやつなんだろうか。
「現場でも散々惚気を聞かされてるよ。夫としても父親としても、最高のヒーローなんだとよ……それよりごろ、次の依頼気合をいれていけよ。かなり手強いハザーズらしい」
美樹本さんが渋い顔になる。かなり嫌な予感がするんですけど……今から愚痴るのはアウトでしょうか?
「あの……どんなハザーズなんですか?」
真冬の北海道ってだけでも、テンションが下がるのに。更に強力なハザーズが相手だなんて。
「組織の名前は妖怪復興会。妖怪を現代に蘇らせて、古き良き日本を復活させるのが目的らしい。そしてごろが倒すのは、化けトナカイだ」
コカトリスが言うのもなんだけど、妖怪って復活させられる物なの?
(化けトナカイって何?トナカイって日本にいない動物だぞ。それ復活じゃないよね)
「サンタクロースに、こき使われた恨みで妖怪化したんですか?」
トナカイにもクリスマス休暇をみたいな。
でも、サンタクロースは架空の存在。妖怪化させるのは、流石にきついと思う。
「それが微妙に違うんだ。正確には化け雄トナカイになるそうだ。論より証拠。これを見てくれ」
そいうと美樹本さんは一本の動画を再生した。
「トナカイが豚を襲っている?あれ?でも、このトナカイ」
そこに映っていたのヘラジカ並みに巨大化したトナカイが豚を襲って貪り食っているところ。
そして、そのトナカイに肝心の物がなかった。
「トナカイは雑食性で、虫や小動物を食べる事もあるそうだ。妖怪化して体が大きくなり、豚も食べる様になったらしい。お前も気付いたと思うが、このトナカイには角がない。正確に言うと、この時期の雄トナカイには角がないんだ」
トナカイは雄と雌によって、角が生え変わる時期が違うそうだ。そして雄トナカイの角が生え変わるのが十月から十二月。
「クリスマスのトナカイって角があるイメージだったんですけど、あれ皆雌だったんですね」
クリスマスイベントで見たトナカイは角があった感じがする。
トナカイの印象はサンタのそりをひく動物。そして枝分かれした立派な角。
クリスマスのイベントなら、トナカイらしいトナカイが必要だと思う……雄のトナカイは留守番なんだろうか?
「そうらしいな。妻や娘と無理やり引き離された恨み。子をなせない、つまりモテない雄は食肉にされる恐怖。それを妖怪復興会が利用したのさ。鹿児島に伝わる食人妖怪海鹿の概念と雄トナカイの無念を融合。そこにもてない男のクリスマスへの怨念を加えて誕生したのが、化けトナカイらしい」
なに、その不憫過ぎる妖怪は。退治しにくいんですけど。ボッチヒーローのモチベが上がりません。
ちなみに危険度はCとの事。
「なんで鹿児島の妖怪をわざわざ北海道で復活させようとしたんですかね?」
地元の方が海鹿に対する恐怖心があって、強力になりそうなんだけど。
「地元だと対策方法があるだろ。トナカイの主な生息地は北極圏。日本で気候が一番近いのは北海道だ。それにクリスマスにトナカイは付き物。クリスマスに対する妬みと結びつかせやすいのさ。結果、とんでもない化け物が誕生して、担当ヒーローもお手上げらしい」
うん、怨念が何重にも重なっているもん。しかも、クリスマスに特化した怨念だ。
「それで、そいつは何したんですか?」
養豚場を襲撃した以外に何をしたんだろうか?憎きそりを壊したとか?
「スキー場を占拠して、北極圏化させているらしい。スキー場の従業員も襲われそうになったそうだ」
北海道のスキー場でもトナカイにとっては暑いんだろうか?
それより気になる言葉があった。
「襲ったって、まさか」
そうだとしたら正に緊急事態だ。
「スキー場で飼っている犬やキタキツネが食われたそうだ。冬眠中のヒグマも死骸で見つかっている」
ヒグマを襲うトナカイか。ヘラジカはヒグマに勝てるらしいけど。
かなりの強敵なのは確かだ。
◇
今回は緊急事態だ。直ぐに化けトナカイを倒さなきゃいけないんだけど……。
「あの、どうやって頂上に行けば良いんですか?」
化けトナカイの力でスキー場は、猛吹雪。化けトナカイがいる山頂は霞んで見えません。
しかも感じる気配は確実にB級。B+はあると思う。
「リフトで中間地点までは行けるらしいのですが」
担当職員さんが気まずそうに答える。つまり、途中からは歩いて行けと。絶対吹雪で進行方向が分からなくなると思うんですが。
(上級ヒーローが雪山で行方不明になって救助要請なんて笑えないぞ)
この吹雪だと飛ぶのも難しい。それに積もった雪で上手く歩けない可能性もある。
「私に協力させてもらえませんか?カインドが、ああなったのは私にも責任があります」
声を掛けられたので振り向くとサンタではなく、篤実そうな男性が立っていた。
「あの……貴方は?」
ハザーズが出た所為で、スキー場には関係者しかいない。普段なら野次馬がいるんだけど、吹雪&ヒグマを食い殺したハザーズがいるとなれば近づかないんだと思う。
「私はトナカイ牧場を営んでいまして、カインドはうちで生まれた子なんです」
あくまで観光目的だそうで、食肉にはしないそうだ。
「あの……貴方が原因というのは?」
そこからカインドが化けトナカイになった理由を教えてもらった……ガチで切な過ぎるんですけど。
「カインドには同じ年に生まれた幼馴染みの雌トナカイがいました」
去年、クリスマスイベントで雌トナカイが不足しているという申し出があったそうだ。あくまでレンタルという形で他のトナカイ牧場に、その雌トナカイを貸したらしい。
慣れる為という理由で十月からレンタル開始……ちなみにトナカイの繁殖時期も十月から。
「結果、カインド君の幼馴染みが妊娠したと……切なすぎませんか!」
カップリングさせたいトナカイがいるから雄トナカイには近づけないっていう契約もしていたそうだ。
「カインドも気付いたらしく徐々に餌を食べなくって」
そうなるよね。結婚目前で寝取られみたいなもんだもん。
同時期に熱心にカインド君に話し掛けるお客さんが来たそうだ。その人が来た日はカインド君は餌をもりもり食べて急成長。
したまでは良かったけど、牧場を脱走してハザーズ化したとの事。
(テンションだだ下がりなんですけど……カインド君を殴れる自信がない)
職員さんもカインド君に同情して涙目だ。
「そいつ等は妖怪復興会の一員だったんでしょうね」
コカトイエローノートに妖怪復興会ぶっ潰すの目標を追加しないと。
「私が相手牧場の事を、きちんと調べていれば……これはカインドと幼馴染みのトナカイが小さい頃一緒に使っていた飼い葉桶です。これでカインドを元の姿に戻して下さい」
そういって差し出してきたのは、小さいな飼い葉桶。でも、待って。
そんなの見せたらカインド君が更に怒ると思うんですけど。
何より、俺はそんな残酷な事出来ません。
「待って下さい。逆効果ですって。そんな追い打ちをかける様な真似、同じモテない君として無理です」
俺はヒーローだけど、モテない。正確に言うと彼女もいません。
(鷹空さんとの約束も期待し過ぎない方がいいよな)
カインド君の話を聞いて思った。過度の期待は、自分を傷つけると。
「でも、この間来たヒーローの方が、思い出の品があればカインドを元に戻せると言って」
……カインド君が凶悪化した理由が分かった。担当ヒーローがカインド君と幼馴染みトナカイが昔使っていたお揃いの首輪を借りて行ったそうだ。
「……コカトイエローさん、何か分かりますか?私は切なすぎて……」
担当職員さんは完全に涙目だ。俺もマスクの下で泣いているし。
「普通の変化系ハザーズになら有効だったかもしれません。でも、カインド君にはモテない男性の怨念も注入されている。思い出の品は逆効果なんですよ」
その時、トナカイのいななきがスキー場に響いた。悲しく切ないななきだ。
決めた。きついかも知れないけど、カインド君を救ってみせる。
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