大坂エレジー
拝啓、青森のお父さん、お母さん、お元気でしょうか?
慣れない一人暮らしは、大変だけどでなんとかやっています。
学校では仲の良い友達が出来ました。
ヒーローの方も、先輩達が可愛がってくれるので、頑張れています。
……でも、今は少しだけ心が折れそうです。
「あの……ハザーズは、どの辺にいるんでしょうか?」
俺に見えているのは、絶対に入ってはいけない匂いがしている川。しかも、今は十二月、絶対にアウトな水温だ。
だって周りの人ダウンを着ているんだぜ。
「人の多い所、主に戎橋付近で被害が出ています……担当ヒーローが負けてしまったので、コカトイエローさんが頼りなんです」
大坂担当の職員さんが懇願してきた。物凄く新鮮です。だって都の職員だと、付き合いが長くて『吾郎、行け』で終わるんだもん。
「ヒーロー名と敗因を教えてもらえますか?」
一番聞きたいのは、担当ヒーローが何級かだ。
ハザーズは、人の負の心から生まれる……クリスマスとかのイベント時期って、パワーアップするハザーズもいるのだ。
パワーアップしたハザーズの階級はあてにならないけど、負けたヒーローからおおよその強さは推測出来る。
「丙三級バフ系ヒーローのシュライバーラバーズです……敗因は……」
言いづらそうな顔で下を向く担当職員さん。うん、それで負けた推測がついた。
「シュライバーラバーズが修羅場ラバーズになっちゃったんですね」
バフ系ヒーローは割と新しめのヒーローだ。異性とパスを繋ぎ、パワーアップさせる事が出来る。
故に恋愛系のイベントがあると高確率でトラブルが起きてしまう。大方、誰がバッファー役とイブを過ごすかで揉めたんだろう。
「すいません。後からお礼に行かせますので」
いや、勘弁して下さい。バフ系の奴等って、所かまわずイチャイチャするんだぞ。
しかも、バッファーはイケメンが多い。そして一緒にいる女の子は美少女ばかり。
(どう、断れば角が立たないんだ?)
イケメンと美少女のイチャイチャなんてボッチにはきつすぎるぞ。絶対に謝りながら、バッファーを褒めまくるし。
「年末年始は援護で忙しいので、大丈夫ですよ。それより目撃地点に案内して下さい」
働いて分かった事。何かを断る時は、仕事を理由にすれば、角が立たない。
「分かりました。こっちです」
職員さんも納得してくれた様です。
ちなみにシュライバーラバーズにはドイツ人のハーフ美少女とアメリカ人の美少女がいるそうだ。
バフ役はマジックアイテムのペンを使う事で、パワーアップさせるとの事。
だから、ドイツ語の書記官と英語の恋人が混じっているそうだ。
◇
ハザーズはあっさり見つかりました。でもね、なんかモチベーションが上がらないの。
「おい、こら!なに、見てんねん。鯉なのに、恋と無縁で寂しいんだろとか思ってんやろ。さっきから俺の前でいちゃつきおって!道頓堀の水を掛けたる」
鯉型のハザーズがカップルに絡んでいます。
そして滅茶苦茶人が多い。正確に言うとカップルが滅茶苦茶います。
どうもハザーズを見にきているらしく、スマホを構えている人までいる。
ハザーズが川の中にいるから、イベント感覚で見にきているんだと思う。
(それでも距離を取ってくれいるから安心だな)
近づけば水を掛けられるので、ハザーズの正面には誰もいない。
「コカトイエローさん。あいつがジャルジーのボッチコイです」
なに、その悲しくなる名前は……ハザーズって、改名申請出来ないのかな。
「またヒーローかいな。でも、今の儂は無敵やで。嫉妬の炎で道頓堀川の水を湯に変えてまうで……え、イエローなのに一人?お前もボッチかいな」
確かに俺はボッチヒーローだ。戦隊としてもボッチだし、大酉吾郎でもボッチだ。
(ギャラリーの注目が俺に集まった?勘弁してくれよ)
なんで俺がクリスマスの恋人達の盛り上げ役にならなきゃいけないんだ。
「悪いか!俺以外の四人は寿退職したんだよ!」
でも、頑張っているんだぞ。クリスマス・イブでも援護に勤しんでいるし。
「はん!お前も結婚間近なんやろ?儂の特殊能力は、そいつの恋愛経験を数字化出来る事や。喰らえ!ラブクラッシャー……今まで付き合った人数はゼロ。キスした相手もゼロ……なんかごめんなー」
戎橋周辺がいたたまれない空気に包まれました。そしてハザーズに謝られたんですけど。
(ラブクラッシャーか……バフ系ヒーローにはきつい技だな)
シュライバーラバーズも人数が合わないとかで、俺とは違う地獄の空気になったんだろ思う。
「悪いかよ。ヒーロー活動が忙しいんだよ。今日もこれで三件目なんだぞ」
クリスマス・イブになんてプレゼントだ。
(速攻で倒す。石化は……水に潜られたら意味がないか)
陸上なら有利に戦えると思うんだけど、向こうも敵の土俵で戦ってくれる訳がない。
「それでもヒーローやからモテているんやろ!……去年のバレンタインでもらったチョコの数は……全部で十個。そのうち仕事関係が八個で家族が二個。全部義理?……ほんま、ごめんなー。ヒーローならモテるって思ってたんや」
ボッチコイが同情の目で俺を見てくる。ギャラリーも笑っているし。
(川に落ちる覚悟で、攻撃するか……でも、次の依頼、北海道なんだよな)
早く倒して暖を取る。これしかないか。
「もてるヒーローなんてごく一部なんだよ!……くらいやがれ」
ボッチコイに向かって飛び掛かり、顔面を蹴り上げる。そして、そのまま着水。でも、上手い事ボッチコイを陸上に上げる事が出来た。
「いたっ!いきなり人の顔を蹴るなんて、どんな性格してるんや」
ボッチコイが騒いでいるけど、こっちは冷たさと臭さでそれどころじゃない。確実に水飲んだし。
「……さむっ!どんな性格だ?任務に忠実な真面目な性格だっての……へえ、そうきたか」
さっきまで水に隠れていて分からなかったけど、ボッチコイはゴリマッチョでした。
「普段、水中で生活してる半魚人を舐めていたら痛い目遭うで……さっきのお返しや!」
ボッチコイが蹴りを放ってきた。鋭い蹴りで色々あったシュライバーラバーズならダメージを負っていたと思う。
「はい、そうですかって喰らうかよ!今のお前はまな板の上じゃなく陸上の鯉。甲二級コカトイエロー様の敵じゃねえ」
蹴りを交わしてボッチコイの腹に拳を叩きこむ。
「こ……甲二級って……反則やないか」
今回も怪我をせず倒す事が出来た。心の傷は深刻だけどね。
お土産を買おうとしたら、匂いがやばくてアウトでした。
◇
転移装置で汚れは落ちた……落ちたけど。
「寒いっ!獺川さん、道頓堀川の水飲んだんですが、大丈夫ですかね?少し休んだ方良いでしょうか?」
次の依頼まで、まだ時間はある。ゆっくり休ませてもらおう。
「消毒。これで大丈夫だ。寒いなら、その中に入っていなさい」
獺川さんの指さす先にあったのは、ポンズ・ターキーの着ぐるみ。確かにあったかいですけど。
「……次の依頼まで二十分ありますね。少し……休みたいんですけど」
着ぐるみに入った同時に医務室のドアが開いた。そこにいたのは、美樹本さん。
「ごろ、お疲れさん。この区間を回ってこい」
鶏使いの荒い主催者により、医務室から連れ出される。
(少しは休ませてくれたって……あれは?)
愛想を振りまきながら、区画を回る事数分。俺の目に飛び込んできたのは喫茶止まり木のテナント。その中には鷹空さんもいた。
今日も可愛くて、戦闘の疲れが吹き飛びます。翼を振って控えめにアピールしてみる。
だって、鷹空さん仕事中。何よりポンズ・ターキーの中が俺だって事を知らない。
「吾郎、お疲れ様。これ、後から食べてね」
俺に気づいた鷹空さんが紙袋を渡してきた。
「ありがとう。でも、良く俺だって気付いたね」
これは、もしかして愛の力でなのは?
「セツカさんから『大酉君がポンズ・ターキーの着ぐるみで、そっちに行くから励ましてあげてね』って電話がきたんだ」
知ってた。主催者の指示だったんですね。ぬか喜びだけど、それでも嬉しい。
「そうなんだ。昼飯まだだったから嬉しいよ。ありがとう」
中身は分からないけど、これで午後頑張れる。
◇
吾郎が去ってから一時間後、ポンズ・ターキーが再び止まり木の前に来た。
「翼ちゃん、ポンズ・ターキーが来たわよ。いってらっしゃい」
止まり木の店主巣護真理が翼に声を掛ける。しかし、肝心の翼は微動だにせず、仕事をしていた。
「真理さん、あれは吾郎じゃないです。動きと雰囲気が違うので、中は別の人だと思いますよ」
翼はポンズ・ターキーをチラ見しただけで、別人と判定したのだ。
そして翼の言う通り、この時吾郎は北海道のスキー場にいた。
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