怪鳥、舞う?
アオリインプは、策を好むポーチャーである。幾重にも策を練り、確実に相手を倒せるとなった時に動く。
今回もそうだった。召喚されても直ぐに動かず協力組織であるオッフェンと動き力を溜める事に徹したのだ。
幸いアオリインプは人に憑依する事が出来るので、城宮に潜入しても怪しまれる事はなかった。
その間、城宮の生徒から魔力を奪い、少しずつ溜めていったのだ。健康や精神に害を及ばさず、ヒーローやオッフェンにもバレない僅かな量。
頃合いを見て数人の生徒に取り憑き『仮面の男は校内にいる』との噂を流布させた。
結果は上々で、生徒も教師を疑心暗鬼になり、精神に隙間ができ始める。
そしてアオリインプは虎視眈々と人が集まる機会を待った。
仮面の男に白昼堂々と襲撃させる事で、更なる恐怖に陥れる。その隙に一気に魔力を集める予定だったのだ。
もしオッフェンの敵対ヒーローであるユースファイブが来ても勝てる自信があった。バーディアンが現れたら戦闘員を盾にして時間を稼ぐ。
その間にオッフェンがポーチャー本部に連絡をとり、増援を頼む予定であった。
あったのだが……いくら待っても増援は来ない。それどころか……。
「テイルロッド……そこから早く逃げろ。校庭でも、どこでも良い。ここから離れろ」
ユースファイブでもバーディアンでもないヒーローが現れたのだ。
(こっちの世界には、あんな化け物がいるのか)
突然乱入してきたヒーローが、次々と戦闘員を倒していったのだ。体を食い千切られた者もいれば、蹴り殺された者もいる。
「おい、オッフェン!本部に連絡は取れたのか?」
アオリインプはオッフェンがいる観客席を見るも,既にそこは既にもぬけの殻だった。
(この俺が騙された?最初からマッドフォックスとグルだったのか)
アオリインプにオッフェンを引き合わせたのはポーチャーのマッドフォックス。
参謀志望のアオリインプと魔導具開発担当のマッドフォックス。二人ともポーチャーの頭脳を自認しており、互いを疎ましく思っていた。
「お前等、俺の盾になれ。その隙に新しい戦闘員を召喚する……魔力が足りないだと!」
観客の心に干渉し、魔力を吸収しようと試みるアオリインプ。しかし、何度試しても上手くいかない。
(不安が無くなっているだと?……嘘だろ!俺達より黄色いヒーローに怯えている?)
確かに、少し前までは観客や生徒は突然現れたハザーズに怯えていた。せっかくやって来たヒーローユースファイブがあっさりとアオリインプに倒されてしまったのだから。
しかし、その後バーディアンが援護に来た上に、甲二級のコカトイエローまでやってきた。
結果、体育館にいる全員が文字通り観客になったのだ。今の彼らはリアルヒーローショーを特等席で見ている気分なのである。
決定的だったのは、圧倒的過ぎる吾郎の戦い。次々とヨワムレゴブリンを屠っていく姿に観客は頼もしさを覚えると同時に怯えていたのだ。
その所為で、アオリインプが新たな魔力を得られなくなったのである。
今や彼等にとって戦いは自分に害が及ばない他人事となっていた。
そんな油断が悲劇を生む。
コートにいた城宮の生徒が戦いを撮影しようとして、アオリインプに近づいてしまったのだ。
「ヨワムレゴブリン、その馬鹿を囲め。人質がいれば、こっちのもんだ」
アオリインプの指示に従いヨワムレゴブリンが動き出す。運の悪い事に吾郎とバーディアンは距離の離れた場所にいた。
当の本人もスマホを構えたまま、固まっている。
そんな中一人の少年が動く。
「こっちに来い」
健也である。健也はスマホを生徒の襟を掴んで強引に引き倒す。結果、健也がヨワムレゴブリンに取り囲まれた。
「おい、ヒーロー様。こいつを殺されたくなかったら、大人しくしな。俺の部下を傷つけたら分かるよな」
嘲る様な口調でアオリインプが告げる。バーディアンの三人はアオリインプの言葉に従うしかなかった。
アオリインプの尻尾には蠍の様な針がある。その針が健也の首元に突きつけられていたのだ。
「お願いします。あいつの言う事に従って頂けますか……無茶なお願いだとは分かっています」
智美が泣きそうな声で吾郎に懇願する。
ヒーローが個人的感情で動くのは規約違反と云ってもいい。ましてや彼女の行動は上級ヒーローであるコカトイエローを危険に晒しかねない。
それを踏まえても、智美にとって健也は大切な幼馴染み。上位ヒーローに懇願してでも守りたい存在なのである。
「ぼ……私からもお願いします。甘い考えだとは分かっています。絶対、私達がなんとかしますので」
ホークソルジャーも吾郎に懇願してきた。
アオリインプはポーチャー、つまりバーディアンの三人に責任がある。他のヒーローが聞けば鼻で笑われる様な内容だ。
「流石はバーディアン。話が分かる。三人のうち誰でも良い。こっちに来い。仲間の仇を討たせてもらうぜ」
得意満面な顔でアオリインプが告げる。バーディアンのうち一人でも倒せれば、確実に幹部に昇進出来る。
(ようやく俺にもツキが回ってきた。あのいけ好かないイケメン三軍神の上に立てるぞ)
ポーチャーにおいて男性への嫌悪感から生まれた者より、同性に対する嫉妬心から生まれた者の方が格上とされていた。
彼にとって千載一遇の成り上がる好機なのだ。
「それなら甲二級の俺の方が良いんじゃねえのか?お前等のイケメン三軍神のうち二人を倒したのは、俺だぜ」
コカトイエローは、そういうとヨワムレゴブリンを押し退けて、アオリインプの元に近づいて行った。
「流石は正義の味方様だ。ご立派、ご立派……そこに座れ。下手な真似をしたら、この餓鬼が死ぬぜ」
得意満面なアオリインプの笑い声が体育館に響く。
◇
静まり返った体育館には殴打の音だけが響いていた。無抵抗なコカトイエローを殴るアオリインプ。
体育館にいる人間はヒーローのピンチに怯えて身動き一つ出来ずにいる。
しかし、そんな中で月山満の心は怒りに満ち溢れ、爆発寸前であった。彼からしてみれば親友二人のピンチ。無力ながら何かせずにいられなかったのだ。
「小夜、ごめん。俺もう耐えられねえ」
決意を篭めた目で元恋人を見る満。ゆっくりと腰を浮かさそうとする満の手を小夜が掴む。
「みっ君、駄目だよ。危ないって」
大切な幼馴染身の手をギュッと握る小夜。小夜は周囲に満との恋愛がバレてても、彼を止めるつもりである。
しかし、次の瞬間満はため息を漏らしながら腰を降ろした。その顔には乾いた笑みが浮かんでいる。
「吾郎、殴られた回数を数えてやがる。右手を見てみろ」
小夜がコカトイエローの右手を見てみると、確かに殴られる度に指を折って数えていたのだ。
◇
アオリインプは苛立っていた。いくら殴っても、コカトイエローが倒れないのだ。
(このままじゃマッドフォックスに馬鹿にされちまう)
半端な策しか立てられないし、実力も三流。お前はヨワムレゴブリンに混じっていろ、何度もそう罵倒されたのだ。
その怒りと焦りの所為で、アオリインプの拳が大振りになり体勢が崩れてしまう。当然、針は健也の首元から離れる。
……それを見逃すコカトイエローではなかった。
アオリインプの腕を掴むとヨワムレゴブリン目掛けて投げ飛ばしのだ。
「あー、痛い。十二発も殴りやがったな……覚悟は出来ているんだろうな……バーディアン、彼の保護を頼む」
バーディアンに指示を出しながら、アオリインプに近づいて行くコカトイエロー。その迫力に、今度はヨワムレゴブリンが身動き一つも出来なくなっていた。
そして誰かが唾を呑んだ音が体育館に響いた瞬間、一匹の怪鳥がアオリインプに襲い掛かった。
「は、反省しているから、調子に乗りすぎた。改心したハザーズを見逃すのが正義の味方なんじゃないか?」
普通なら調子が良すぎると責められるアオリインプの態度だが、誰も彼を責めなかったという。
原因はコカトイエローから発せられる怒りのオーラ。この場においてコカトイエローは絶対的な強者。その桁違いのオーラに観客だけでなく、バーディアンも呑まれていたのだ。
「考えておいてやるよ。その為には殴られた十二発をチャラにしないとな……まあ、それまでお前が生きていればだけどな……」
アオリインプの物とは比べ物にならない殴打音が体育館に鳴り響く。衝撃でバスケットボール並みに弾むアオリインプ。
一発で半死半生になるアオリインプ。残り十一発耐えられないのは、誰の目にも明白であった。
「バ、バーディアン。お願いですから、浄化して下さい。この化け物から俺を守って」
バーディアンに懇願するアオリインプをコカトイエローが鷲掴みにする。
「それはちょっと調子が良すぎるんじゃねえのか?何より俺の頬が痛いって泣いているんだよ……でも、一つ条件を聞いてくれたら、浄化を選ばせてやる……仮面の男の組織とお前達。ポーチャーは繋がっているのか?」
有無を言わさぬ迫力でアオリインプを問い詰めるコカトイエロー。
「そうだ。あいつ等の組織の名前はオッフェン。俺も人化の術を教えてもらったんだ。追加情報だぜ。これで浄化確定だよな」
必要な情報を聞き出した吾郎は、バーディアンに向かってアオリインプを投げつけた。
「浄化するかどうかは、貴女達に任せます。俺は残りのヨワムレゴブリンを片付けますので……」
そう終えるか否や吾郎はヨワムレゴブリンに襲い掛かった。上級ヒーローから見れば、戦闘員は明らかな格下である。しかし、一般人からすれば脅威でしかない。一匹残らず退治するのがヒーローの責務である。
ただし、その迫力で体育館にいる人からドン引きされてしまったのだが。
唯一、月山満だけが、今度親友二人にジュースでも奢ってやろうと考えていた。




