二度ある事は……
仮面の男はブルーシャインを浴びると、真面目そうな少年へと戻った。素早くシーツで包み、抱き上げる。
「あの……僕はどうなっちゃったんですか?」
シーツの中から涙声が聞こえてきた。よほど不安だったのか、少年はシーツの中で震えている。
そりゃそうだ。気付いたら、化け物になって体育館で暴れていた。しかも、ヒーロー五人に囲まれて学園中から敵視される。
不安と恐怖で訳が分からなくっている筈。
「大丈夫ですよ。俺の名前はコカトイエロー、甲二級のヒーローです。君の身柄は警察が保護しますので」
少年を抱えながら救護班の元へと急ぐ。
(音声遮断の魔術習っておくべきだったな)
魔術はあまり得意じゃないから、積極的に習得してこなかった。言い訳させてもらうと一回コカトリスの力を経由しなきゃいけないから、発動に迄時間が掛かってしまうのだ。
でも……体育館には少年に聞かせたくない言葉が木霊していた。
「仮面の男を殺せ」
「逃がすな。どこかにいるぞ」
「俺の友達を襲った事は許さないからな」
観客席にいる生徒が血走った目で少年を探している。その姿は常軌を逸していた。
(最初から、この人は捨て駒だったんだな……問題は、誰が扇動しているかだ)
「やめ……やめてよ。僕は何もしていないのに」
シーツの中で少年が耳を抑える。あの中には彼の彼女や友達がいるかも知れない。
親しい人だけじゃなく、知っている人が感情むき出しで自分を責めてくる。精神的な負担は大きいだろう。
「彼も頼みます……さて、どいつが黒幕だ?」
まじで人間に変身していたら、特定するのは難しい。それにそいつが否定したら、こっちが悪者で扇動は更に悪化する。
バーディアンがいたら、見つけてくれるんだろうけど、それはないものねだりだ。
「皆、静かに仮面の男は浄化した!もう、大丈夫だ。バスケの続きをすると良い」
エースレッド君は観客の罵声に物怖じせず、宣言する……君、ハートつおいね。
ブルーシャインを受けた瞬間に分かったんだけど、レッド君ユースじゃなく、城宮のバスケ部所属で……レギュラーですらなかったのだ。
(自分の辛い思いを力に変えた光線か……確かにそれも青春なんだろうけど)
喰らって分かった、ブルーシャイン。言い換えればコンプレックス可視化光線。
バスケが大好きで練習を頑張る。でも、全く上手くなれず後輩に抜かれていく。それでも諦めず頑張っているってストーリーが脳内で展開されるのだ。
あんなのを見せられたら闇落ちなんて出来ないよね。ブルーシャイン、物凄く体を張った浄化技でした。
「あたい達の仕事は終わり。だるいからもう帰るねー」
ギャルピンクがだるそうに告げる。明るく話しているけど、この人にも闇の深いコンプレックスがあるのだろうか?正直、もう触れたくないです。
エースレッドの過去回想だけでも、気が滅入っている。
「スポーツマン君達、頑張れよー。お前等もブーイングなんてくだらねぇ事やめて、俺ちゃんとカラオケ行かね?」
チャラブルーがヘラヘラと笑いながら、観客席に話し掛けた瞬間、何かが飛び出してきた。
「く、くだらないだと?私は皆の心の声を代弁してやったんだぞ。ユースファイブ、今度はこのアオリインプ様が相手だ」
角生えた陰気な男がユースファイブの前に立ちはだかる。
まさか自分から出てきてくれるとは……。
でも、アオリインプが出て来た理由は推測がつく。
ポーチャーは男性への嫌悪感によって生み出されるハザーズらしい。当然、生まれる理由も違う。アオリインプは名前から察するとリア充に嫉妬して、掲示板に誹謗中傷を書いている男への嫌悪感から誕生したんだと思う。
傍から見ると、青春を満喫していそうなユースファイブは、あいつからすると虫唾が走る存在なのだろう。そしてチャラブルーに自分の存在を全否定されて、居ても立っても居られず飛び出してきたと。
何より、アオリインプの方がユースファイブより強い。確実に勝てるとふんだからアオリインプは出て来たのだろう。
「隙あり。ダンクアタック……ぐえ」
エースレッドがバスケットボール大の光球をアオリインプに叩き付けようとした瞬間、カウンターでアッパーをくらい吹き飛ばされた。
「……なんだ、お前等丁十級かよ。その程度で良くいきれたな。あれか、弱い犬ほど良く吠えるってやつ?くそださヒーローじゃん」
アオリインプが嘲笑しながら、ユースファイブを蹴散らす。五対一でも、力の差は歴然。
三分も経たずにユースファイブは壊滅状態に。
(今度こそ俺の出番だ。待っていろ、月山。今度こそアシストしてやるぜ)
友人へのアシスト&後輩への加勢。甲級ヒーローの面目躍如だ。
月山に見ていろとアイコンタクトを送る。
「コカトイエ……」「コカトイエローさん、ちょっと待って下さい」
飛び出そうとした瞬間、職員さんに肩を掴まれた。その隙に何かがユースファイブとアオリインプの間に割って入った。
再び湧く歓声。
「待ちなさい。お前の相手は僕達だ。ホークソルジャー参上」
「この試合の為に、必死に練習してきた人もいるのよ。邪魔はクレリッククロウが許さないわ」
「他人を煽って、何が楽しいのかしら?スワンメイジが懲らしめてあげますわ」
「「「バーディアン、ここに飛来!」」」
バーディアンは地元で大人気のヒーローだ。会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
……月山君、同情の目で見るのはやめて下さい。泣きそうになります。
「なにかあったんですか?」
ちょっとイラっとしたけど、ここで職員さんに当たるのは間違いだ。
「さっき病院から連絡がありまして、先日仮面の男に襲われた少年達の心の力が減っていたそうです。気になって調べた所、微量ですが観客席に居る生徒の心の力も減っていました」
仮面の男の被害者から集めた心の力をポーチャーに横流しして、アオリインプを召喚したと。
そして塵も積もれば山となる。アオリインプは観客を煽る事で、心に隙間を作り力を吸収していた。
嫌な位辻褄が合う。
「強さ的にはどれ位ですか?」
幸い相手は一体。トラップスパイダーレベルなら、バーディアンでも対応出来る筈。
「C級相当と思われます」
幹部級かい。空気読まずに、横取りワンパンしたら顰蹙買うかな。
◇
今、俺がしなきゃいけない事を考える。バーディアンへのアシスト……これはまだ早い。
逃げ遅れた生徒とユースファイブの救出……これならタイミングを見てやっても大丈夫だと思う。
「あれ?ヒーローなのに三対一で戦うんだ?こわーい、弱い物いじめするヒーローって、最低じゃん……なら数を合わせなきゃ。来い、戦闘員」
アオリインプが地面に手をかざすと、140センチ位のゴブリンが大量に現れた。
(久しぶりに戦闘員を見たな……でも、この場だと最適解かもな)
ハザーズにも戦闘員はいる。でも、俺はしばらくお目にかかっていない。
俺達上級は援護が主な仕事なので、向かう頃には戦闘員は倒されている事が多いのだ。
バーディアンとアオリインプの力は互角。救出に向かう余裕はなし。
ようやく、俺の出番だ!
「バーディアン、戦闘員は俺に任せろ。君達はアオリインプに集中しろ……邪魔っ!」
決め顔を作っていたら、ヨワムレゴブリンが寄ってきたので蹴散らす。
◇
月山満は今日二回目のため息を漏らしていた。
原因はコートで暴れている友人。甲二級の吾郎とヨワムレゴブリンでは力の差は歴然。
しかし、ようやくの出番に気合が入った吾郎は力の加減をせずに、ヨワムレゴブリンを蹴ったのだ。
一瞬にして肉塊になるヨワムレゴブリン。当然、会場はドン引きである。
「あの馬鹿。ドン引きされているのに気づかないのか?」
満は友人の不器用さに呆れていた。他人の為に戦っているのに、恐れられてしまう。
吾郎の頭の中にあるのは、死人や怪我人を出さない事。その為なら自分の評価は二の次、三の次。
結果、実力はあるのに一般受けしない不人気ヒーローになってしまう。
「でも、大酉君はみっ君が心配してくれて喜んでいると思うよ。前に大酉君の戦いを見たって言ったよね。その時も孤軍奮闘って感じだったんだ。指示を出していたヒーローの人に『大丈夫ですか?』って聞いたの。そうしたら『さっきあいつと同じ学校の生徒が応援したんで、大丈夫です。あいつは世間の人気より自分を知っている人の応援がパワーになるので』って言っていたから」
そう言うと小夜は満の手をギュッと握った。




