ワクワクの陰で
俺はヒーローだ。今まで何度も死線をくぐり抜けてきた。
そこらの高校生とは比べ物にならない位肝が据わっている……据わっている筈なんだけど。
(歯はさっき磨いたし、テーブルも拭いた。マウスウォッシュもう一回しておこうかな……その前にライソ来てないか、見ておこう)
うん、歯はもう三回磨いたし、テーブルは五回拭いている。
はっきり言います。コカトイエロー、朝からソワソワしっぱなしです。
だって、今日は鷹空さんが家に来て、ご飯を作ってくれるのだ。落ち付ける訳がない。
女子の手料理なんて今まで食べた事ないんです。そんなのは、リア充にのみ許された特権だと思う。
予定では、九時半に家に来てくれる事になっている。ちなみに今の時刻は八時五十分。
どう考えてもまだ来ないんだけど、落ち着きません。
……待てよ。こんな時に限って、急な援護が入るんだ。念の為にヒーローサイトを見ておこう。
昨日俺が携わった事件以外で、大きい動きは……。
(大阪と福岡にハザーズが現れたんだ。でも、無事退治されたと)
昨日の夜勤は守さんだ。正直、ハザーズに同情してしまう。
あの人と対峙して三十秒以上持ったハザーズは、ここ一、二年見ていない。
俺に言わせたら、昨日は一番事件を起こしちゃいけない日なのである。
でも、そのお陰で今日は平和なのだ。
つまり、今日呼び出しが掛かる可能性はかなり低い……つまりだ。安心して鷹空さんの手料理を食べられるのだ。
……念の為に、もう一回消臭スプレーを噴いておこう。
◇
やばい。胸が破裂しそうな位、高鳴っている。数分前に鷹空さんから“もう直ぐ着くよ”って連絡が来たのだ。
まだ早いのは分かっているけど、玄関で待機しています。
(チャイムが鳴ったと同時にドアを開けたら、引かれないか?)
待っていました圧で困惑されるかもしれない。飼い主の帰りを待っているペットじゃないだから。
うん、大人しく部屋で待っていよう……でも、待たせたら悪いし。玄関から数歩離れた所で待っていようかな。
部屋に戻ろうとた瞬間、チャイムが鳴った。
(落ち着け。自然にリラックスして)
深呼吸をして、肩の力を抜く。
「お、おはよう。本日はお日柄もよく……じゃなく、天気が良くて良かったね」
朝から考えていた挨拶が秒で吹き飛び、頭が真っ白に……俺の馬鹿。
「おはよ。うん、ちゃんと起きていて偉いぞ」
当たり前だ。俺は約束の十分前には待ち合わせ場所にいる派だ。ましてや相手は鷹空さん。今朝は五時に起きました。
「人が来るのに、寝ていたら駄目でしょ。さあ、上がって。スリッパはこれを使ってね」
昨日買っておいたスリッパを差し出す。ちなみに普段は室内靴下派で、スリッパは履いていません。
「ありがとう。早速だけど、台所見せて」
鷹空さんをキッチンに案内する。冷蔵庫も拭いておいたから安心だ。
「でも、何も入ってないよ」
今、冷蔵庫に入っているのは鷹空さんと買ったキャベツ・トマト・モヤシ・キュウリ・しめじ・エノキ・モッツァレラチーズ。後はバターと飲み物位だ。
「もう、野菜全然食べてないじゃん。調味料は……めんつゆ買っておいてくれたんだ」
一応、動画を見てみたけど材料や調味料が足りなくて断念しました。塩ひとつまみって何?大匙を計れる物がないんですが。
「他に米と味噌を買っておいたよ」
正直に言うと、それしか買えなかったんだよね。買っても賞味期限切れにする自信しかない。調味料ってメーカーで微妙に味が違うし。
(待てよ。今日、パスタ作ってくれるんだよな?米と味噌って出番ないのでは?)
つまり無意味と……ドヤ顔しなきゃよかった。
「一食だけじゃ意味がないっか……吾郎の炊飯器って何合炊き?」
確かに、このままだと夕飯からインスタント生活になると思う。でも、大丈夫。鷹空さんが作ってくれたら心の栄養が満たされるし。
「五合だよ。ご飯は好きだから」
ご飯が好きだから、たらこやおかか、卵かけご飯でも満足なのだ。問題は多めに炊いた時に限って、急な援護が入る問題。二泊にしてきた時は、炊飯器を開けるのが怖かった。
「それなら五合炊いて冷凍しておくね。小分けにして冷凍しておけば、温めるだけで良いし。でも、ちゃんとしたおかずも食べないと駄目だよ」
つまり、そのご飯があるうちは鷹空さんの手料理を食べられるって事になるのでは?
健也達が遊びに来ても絶対に死守してやる。
「それじゃラップも買わないとね」
毎回食い切り派なのでラップの出番はないのです。
「それじゃスーパーに行こう。いつも行っているスーパーはどこ?」
あまりスーパーには行かないけど、一番多く行っているのは本部の近くにある店だ。主に買うのはカップ麺と弁当。
でも、あそこは家から遠いし、ヒーロー関係者のに見られる危険性がある。何より身バレが怖い。
「特に決めてないけど、バス停近くスーパーが一番多いかな」
あそこ夜遅くまで開いているから、仕事帰りでも寄れるんだよね。主に買うのは半額弁当か見切りのお刺身。
◇
不思議だ。何時もと変わらないスーパーなのに、今日は輝いてみえる。
(日曜だから家族連れが多い……いつもなら避けていただろうな)
日曜のスーパーやデートスポットは、一人を感じてしまい寂しさが倍増してしまう。
だからコンビニに行く方が多いし、スーパーも閉店間際に行く事が多い。
でも、今日の俺は違う。隣には鷹空さんがいるのだ。
片思いなのは重々承知しているけど、今の俺に怖い物はない。
「まずは調味料や油を買おう」
そう言うと鷹空さんはカートを動かし始めた。カートがなきゃいけない位、物がなかったんだろうか?
「この間、オリーブオイルを買っていたけど、他の油も必要なの?」
油の使い分けなんて料理上級者がやる事だと思う。俺にハードルが高過ぎます。
「普段使い様にサラダ油は必用だし、胡麻油を使うだけで風味付けになるんだよ」
サラダ油か。オイルブレス……絶対に獺川さんに叱られる。
「凄いな。鷹空さんは普段から料理するの?」
これからも……多分ずっと一人暮らしだから、きちんと自炊出来る様になった方が良い。これを切っ掛けに料理を覚えようかな。
「小学生の頃からママのお手伝いをしていたし、うちは共働きだから作る事が多いんだ」
アルバイトもしているのに、凄いな。俺なんて前にチャーハンを作ったらべちゃべちゃな上に油っぽくて胸焼けしたんだよね。
「偉いな。俺も見習わなきゃ」
俺が小学校の頃……もうヒーローしていたから、家の手伝いなんてした事がなかった。
いつも怪我をして泣いて……父さん達に心配ばかり掛けていた。
「そんなに褒めても何も出ないぞ。でも、将来の事を考えると料理は覚えておいて損しないと思うよ……奥さんが妊娠したら、吾郎がご飯作らなきゃ駄目なんだよ」
結婚か。正直、無理だと思う。
ヒーローコカトイエローじゃなく、大酉吾郎の事を好きになってくれて、ヒーローの仕事に理解がある女性……そんな都合の良い人は二次元にもいないと思う。
「前向きに頑張ります……調味料を選ぶ基準とかある?高いのが美味しいとか」
ヒーローをしている限り、一人暮らしをしなきゃいけない。体が資本の仕事なんだし、料理は覚えた方が良いと思う。
「うーん。食べ慣れた物が一番だよ。これはママの受け売りになるんだけど、同じ調味料でも塩味や甘みが違うんだって。それに色が違うから、見た目で大まかな調整ができるんだって。テレビやネットで人気って調味料でも、口に合わなかかったりするし。吾郎の場合は、実家で使っていた物を買ったら良いと思うよ」
実家で使っていた調味料か。アンテナショップに行けば買えるかな。
「勉強になります。こうやって見ると調味料って凄い種類があるんだ……ね」
俺の目に飛び込んできたのは、エンジェルホワイトコラボのアマニオイル。ラベルに写っている美樹本さんと目が合ったんですけど。
写真のモデルと目があう。普通なら痛い勘違い野郎なんだけど、俺の場合は意味が違う。背中に嫌な汗が流れました。
(美樹本さんコラボしていたのか。守さんもスポドリのCM出てたもんな)
「エンジェルホワイトさんって、スタイル良いよね。吾郎もエンジェルホワイトさんみたいな女の人が好きなの?」
美樹本さんはモデルだから、スタイルが良いのは認める。そして美人だ。
「綺麗なの認めるけど、恋愛対象として見られないよ」
今のも聞く人が聞いたら、勘違い発言に聞こえるだろう。
でも、俺にとって美樹本さんを含めたサンサンクの三人は身内枠なので、そんな目で見られないのだ。
「年が離れているしね。次はコンソメを買いに行くよ」
なぜかウキウキで歩き出す鷹空さん。コンソメって、どうやって使うんですか?
その後も鷹空さんセレクトで野菜や調味料を購入。
◇
夢なら覚めないで欲しい。今、鷹空さんがうちのキッチンで料理を作ってくれているのだ。
家に戻ったら、鷹空さんが早速料理を作り始めた。手際が物凄く良いです。
「はい、キャベツとしめじのぺペロンチーノ、トマトのカプレーゼ・モヤシのオリーブオイル炒め・エノキのコンソメスープの出来上がり。きゅうりと残った野菜はピクルスにしておいたから、後から食べてね」
一瞬、レストランかと思った。絶対に美味しいし栄養も満点だ。
「いただきます……まじで美味い」
まじで幸せなんですが。
◇
吾郎が幸せを満喫している同時刻。闇が動き始めていた。
「お前、仮面の男だろ?」
昨日、吾郎に絡んだキャッスルナイツの三人組は暴挙とも言える行動に出ていた。
たまたま自習室で勉強していた男子生徒を三人で取り囲んでいたのだ。
三人は前から先輩やOBに『仮面の男は城宮の生徒だ。これ以上キャッスルナイツの面子が潰れる様な事あったら……分るよな』と責められていた。そこへ昨夜の失態である。
三人は完全に追い詰められていた。
「か、仮面の男?何の事ですか?」
いきなりの質問にとまどう少年。それもその筈、彼は仮面の男と何の関りがない。
三人組が彼に目をつけた理由はただ一つ。少年が、城宮中学の卒業生ではないからだ。
「俺達キャッスルナイツにたてつく馬鹿は外部組しかいないんだよ。順番にボコっていきゃ、いつか辿り着く。それに仮面を被っていなきゃ、俺達キャッスルナイツが負ける訳ないしな」
にやりと笑ったかと思うと三人組は少年に襲い掛かった。
それは一方的な暴力。泣こうが喚こうが、三人は手を止めない。
キャッスルナイツから追放されれば、学園中の笑い者になってしまう。何より今まで好き勝手してきたつけが一気にくる。
その焦りと恐怖が三人を暴挙に駆り立てのだ。
「誰かにチクってみろ。お前の家族全員不幸になになるぜ。俺達親……いや、キャッスルナイツの関係者は全員上級国民様だ」
ボロボロになった少年に唾を吐きかけると三人組は去っていった。
あまりの悔しさに少年が泣いていると、一人の男が近づいてきた。
「君は隣のクラスの……」
「酷い目にあったね、あいつ等に復讐する力が欲しくないかい?」
そういうと男は幾何学模様が描かれた仮面を取り出したのだ。




