鏡よ、鏡
獺川さんに拉致……ではなく、お車に乗せて頂いて、着いたのは獺川さんの職場でもある警察病院。正確には、その中にあるハザーズ科だ。
ここではハザーズに襲われた人の治療が行われている。ハザーズは呪いや毒を使ってくる事があるので、専門の科目が必要になったそうだ。
「今から検査をするから。はい、検査着に着替えて」
獺川さんを俺に検査着を渡すと、淡々と準備を始めた。ドクター、患者の意志はガン無視ですか?
……嫌と言えないまま、検査が始まり終わったのは夕方の五時。
そして疲れた。なんで病院って座っているだけでも、疲れるんだろう。
ブリーディングウィードとの戦闘の倍は疲れました。
「鶏君、君のイートブレス(仮)は事前に摂取した物以上の栄養素を使っている可能性がある。適切な量を吐き出せる術を身につけないと、想定外のピンチを招く危険性がある」
そんな事言われても、胃の中に入ればごちゃ混ぜになるんだから仕方がない。
ラーメンの塩分と味噌汁の塩分をより分けろなんて無茶振りです。
「想定外のピンチって、どういう事ですか?」
今までイートブレスを使ってピンチになった事はなかった。ちなみに今一番のピンチは、俺の必殺技がイートブレスなんて微妙にダサい名前に決まりそうな事です。
「例えば、糖分ブレスの使い方を間違えると、低血糖に陥る危険性がある。塩分不足になると、吐き気や頭痛等の症状が出るんだよ。酷くなれば意識障害も起きる。鶏君なら、この危険性が分るだろ?」
吐き気や頭痛があれば戦闘に集中し辛くなる。ましてや意識障害なんて起こしたら、確実に負けてしまう。
そして身に覚えがないと言ったら嘘になる。イートブレスを使った後は、妙に腹が減るし……なんか普通に使っているけど、認めてないんだからね、イートブレス。
「分かりました。先に何か食べた時にだけ使う様にします。それじゃ、失礼します」
(低血糖か……まずは飯を食べよ。今、食べたいのは一つ)
スマホで武蔵野うどんを検索……微妙に遠い。疲れたし、晩飯はカップ麺で済まそう。
「それならついでに本部に報告に行ってくれないか?私です。タクシーを一台手配して下さい……検査の詳しい内容は後日伝える」
今からですか?って言おうとしたけど、獺川さんも疲れている。でも、俺の為に検査くれている訳で、流石に嫌って言えませんでした。
……俺、なんか悪い事したかな。本部に着いたら、守さんが手ぐすねを引いて待っていました。
「お、お疲れさん。早速だけど、頼みたい事がある。吾郎、パトロールに行ってきてくれないか?」
俺を見つけるなり、肩をホールドしてくる守さん。圧が凄いんですが。
「協力したいのは、山々なんですが。もう時間外でして……」
ヒーローの仕事は場合によっては、労働時間をオーバーする事がある。目の前にハザーズがいるのに『時間なんで帰ります』とは言えないのだ。
逆に言えば普段は法令遵守が重んじられる。
「それなら問題ない。パトロールしてもらうのは、お前の居住地域だ。パトロールする時間は自由。何なら買い物をしても良い」
おかしい。条件が良すぎる。そもそも、なんで俺が選ばれたんだ?
(俺の動きはサイトで確認出来る。本部に来る事は分かっていた……パトロールだけなら、他のヒーローでも出来る筈)
それなのに守さんは俺を指名してきた。しかも、買い物をしても良いって……そういう事か。
「城宮絡みで何かあったんですか?前に空子さんから城宮の生徒が襲われているって話を聞いたんですが」
前に空子さんと会った時、城宮の生徒が襲われているって話をしていた。当然、ヒーローもパトロールしている筈。
でも、犯人はヒーローがいると警戒して動かないんだと思う。
その点は俺ならパトロール地域にいても警戒される事はない。何なら買い物していても……いや、買い物している方が警戒されないのだ。
お洒落スポット以外は、完全に街に溶け込める自信がある。
「ああ、また被害者が出た。現場には微量だけど、魔力の痕跡があったのさ。でも、ハザーズの物じゃない。多分、操られているな」
つまりは背後にハザーズがいると。一応、被害者のリストを見せてもらったらんだけど……。
「自業自得感が半端じゃないんですけど……」
被害者にはいくつかの共通点があった。
まず金持ちの子供である事。そして素行、生活態度共に悪し。親の権力を笠に着て、好き放題していた連中らしい。
正直、命懸けで救う必要性が感じられません。
「保護者から、ヒーローが動いていたのにって、苦情が来たんだとよ。まあ、総司令がたしなめてくれたら、大人しくなったそうだ。警戒している中の夜遊びなんて面倒見切れないよな」
いくら大企業の社長さんや政治家でも、総司令に睨まれた白旗を上げるしかない。
総司令に歯向かったら、全ヒーローからそっぽを向かれる。何より種族としての力が違い過ぎるのだ。
「流石に総司令の顔に泥を塗る訳にはいかないんで、行きますよ」
上級ヒーローは皆総司令に恩がある。俺達からすれば顔も知らないお偉いさんより、総司令の方が何倍も大事だ。
◇
どうせならって事で、パトロール区域内にあるスーパーまで送ってもらった。
「たまにはカップ麺や総菜以外も買えよ。動画見れば料理作れるだろ」
送ってくれたお巡りさんからの有難い忠告を受ける。分かっているんだけど、面倒なんです。
(さて……何を買おうかな)
残りが心許なくなってきたので、カップ麺と袋麺は買っておきたい。惣菜は割引きしてあったら、買おう。
まずは袋麺は各種買っておきたい。醤油・塩・味噌ときて豚骨に手を伸ばした時だった。誰かに腕を掴まれた。
「ごーろー、なーにを買っているのかな?」
聞き覚えのある声だと思って見たら、鷹空さんでした。このスーパーは鷹空さんの家からも近い。店にいてもおかしくないんだけど、それなりに人がいる中良く俺だと分かったね。
「バイトが終わったから、晩御飯買おうかなって……鷹空さんはどうしたの?」
偶然とはいえ鷹空さんに会えたのは嬉しい。でも、それを凌駕する程、怖いオーラが出ているんですが。
「僕は部活の帰り。ママに頼まれたから、スーパーに来たの。吾郎、僕との約束覚えている?」
鷹空さん、額に青筋が出来ていますよ。可愛いお顔が台無し……なんて言える空気じゃない。
(部活帰りだからジャージなのか……神様、ありがとうございます)
いつもと違う鷹空さんを見られたので、今日の疲れが吹き飛びました。
「健康の為、今度一緒に食材を買いに行く……です」
あれは社交辞令だって思ったんだよね。でも、心配してくれていたのに袋麵を大量購入はアウトだと思う。
「うん、正解。それなら、これはどうするのが正解だと思う?」
鷹空さんが袋麺を指さす。言いたい事は分かる。でも、俺は甲二級のコカトイエロー様だぞ。
「し、塩と醤油は残して良い?」
味噌も豚骨も好きだけど、この二つだけは死守したい。だって、今家に米もパスタもないだもん。
「駄目!どっちか一つにしなさい」
俺、お菓子をねだっている子供じゃないんですけど。でも、逆らえない。これが惚れた弱みなんだろうか?
「分かったよ。それじゃ塩で……月曜日に学校で会おう」
とりあえず惣菜コーナーに行こうとしたら、再び腕を掴まれた。
「明日、吾郎の家に行って食材をチェックするけど、今日買える物を少し買っておこう」
確かに明日は休みだけど、こんな天国展開許されるのでしょうか?鷹空さんに連れられて青果コーナーに到着。
「青果コーナーか。来てもネギ位しか買わないんだよな。惣菜でサラダを買えば済むし」
葱を買う理由はラーメンに入れるからだ。
「ドレッシングは、結構カロリーあるんだよ。サラダだけで、一日に必要な野菜を取るって大変だし。でも、大丈夫。僕が簡単な野菜料理を教えてあげる」
それはつまり鷹空さんの手料理を食べられるって事?ヒーロー頑張ってきて良かった。
「それで今日は何を買うの?」
買い物籠を持った男女がスーパーを歩く。周りから俺達は、どんな風に映っているんだろうか?
(そういや前に川本さんがデート中に不安になったら、ショーウインドウを見ろって言ってたよな)
なんでも鏡やショーウインドウに映った二人の姿を、第三者目線見れば釣り合っているかや自分に足りない物が見えるらしい。
青果コーナーに設置してある鏡に二人の姿が映った。
……川本さん、釣り合いが取れてなさ過ぎて余計不安になったんですが。
「うーん、キャベツにトマト。モヤシにキュウリもあった方が良いよね。それとキノコも買っておいた方が良いよ」
キノコか。キノコ料理って何があるんだ?実家だとホイル蒸しにしていたけど、あんな高等料理俺には無理だぞ。
いざって時は茹でて、マヨネーズ掛ければ何とかなると思う。
小説に出てくる料理のレシピって必要ですか?




