コカトリスの苦悩
自転車に段ボールをつけて、鷹空さんの家を目指す。
晩秋の寂しさ?そんな物今の俺には通じない。
訓練で培ったパワーで、自転車をこぎまくる。
(クラスの女の子にリンゴをあげたって言ったら、お母さんビックリするだろうな)
鷹空さんの写真を見たら、もっとビックリするだろうけど。
ここを曲がれば、鷹空さんのマンションだ……あれは!
「吾郎、おはよっ……どう似合うかな?」
鷹空さんはこの間、プレゼントしたカーゴパンツを履いてくれていたのだ。
はっきりと言える。今ならバグズファイブにも優しく出来る。
「凄く似合っているよ。みか……NEKOさんも絶対に喜ぶと思うな」
ちなみに学祭の写真は、送ってもらってきちんと保存しています。一日一回……五回は見ている。
「もう大袈裟なんだから。自転車は、そこの駐輪場に停めてね」
駐輪場に停めて?これはまさか……いや、そんな美味しい話ある訳ない。
「分かったよ。箱は、どこに置けば良い?」
コカトリス知っている。ぬか喜びした時の方がダメージは大きいんだ。
「女の子に、こんな重い物持たせるの?家まで持ってきてよ。お茶淹れるから」
つまり、家に上げてもらえるって事?まさに晩秋じゃなく、万歳な秋なんですけど。
「分かった。でも、良いの?」
女の子の家にお邪魔するなんて何時以来だろう?幼稚園の時にお母さんと一緒にお邪魔した時以来か。
「うん。ママもお礼を言いたいって」
ママ?つまり鷹空さんのお母さんの事だよね?なんて挨拶すれば良いんだ?
頭が一気にパニックです。
(サンサンクの誰かに聞く?今からじゃ無理だ……こういう時は九稲総司令の教えを思い出すんだ)
中学生でヒーローになった事もあり、総司令は戦い方だけじゃなく、礼儀やマナーも教えてくれた。
俺にとって総司令は上司でもあるけど、東京のお婆ちゃ……お母さんみたいな存在なのだ。
「お、お初にお目にかかります。鷹空さんと同じクラスの大酉吾郎と言います。今日は実家からリンゴが届いたので、お届けに参りました」
総司令の教え 年齢、立場関係なく、初対面の人には敬語で話しなさい。貴方の言葉で、ヒーローに対するイメージが良くも悪くもなるのです。
今の言葉遣いなら、問題ない筈。
でも、なにこのモブみたいな顔されたら、どうしよう?
「ご丁寧にありがとう。君が吾郎君かー。話は良く翼から聞いているよ。リンゴって事は、お家は青森?」
鷹空さんのお母さんも凄く綺麗だ。DNAって、凄い。
「はい、青森の弘前です。リンゴは親戚の家で作った物なんですよ。他にも色々持って来たので、良かったら皆さんで食べて下さい」
玄関に箱を置いて様子を見る。鷹空さんは上がってと言ったけど、お母さんがオッケーとは限らない。
(前の彼氏の方がイケメンだったなんて言われたら、どうしよう。いや、彼氏に悪いじゃないとか言われたら……)
愛想笑いからの泣きながら自転車爆走帰宅だ。ネガティブな妄想ならリアルに出来ます。
「うん、流石は我が娘。見る目があるぞ。大酉君、上がって」
第一関門、クリア。後はお茶を頂いて帰ろう。
玄関を上がると、そこには家庭があった。久しく味わってない温かさ。そこかしこに生活の温もりが感じられる。
「お邪魔します……」
促されるまま、居間に来たのはいいけど、どうしたら良いか分からずオロオロしてしまう。
「吾郎、ここに座って。そんなに緊張しなくて大丈夫だって」
鷹空さん、緊張するなって方が無理です。戦いの度胸と、恋愛の勇気って別物なんですね。
「よそ様に家にお邪魔するの、久し振りだから」
護衛でお金持ちの家に行く事はある。多分、護衛という名目があるから、平気なんだと思う。
でも、今の俺は鷹空家の好意で招かれたに過ぎない。一挙手一投足に注意を払わねば。
「月山君とか健也の家には、遊びに行かないの?」
その二人しか名前があがらないのね。他の男子とも話をするけど、プライベートで遊ぶのは健也と月山位。女子に至っては鷹空さんしか連絡先を知りません。
クラスライソは入っているけど、そこから個別追加する勇気がないんです。
(同級生より、仕事関係の方が連絡先を知っているもんな)
モデル・警察官・一流大学生・デザイナー・医者……良く考えたらバラエティー豊かな連絡先だ。
「あまりないかな。カラオケやファストフードに行く事の方が多いし。」
健也も月山も家で遊ぼうって言う事は滅多にない。
うちにはたまに来るけど、テスト勉強をする時位。なにしろ家には、ゲーム機どころか遊ぶ物が全くないのだ。
「大酉君、あんなに沢山頂いて良いの?後から親御さんにお礼の電話をしたいから教えてね」
鷹空さんのお母さんが紅茶を持ってきてくれた。しかも、クッキー付き……嫌がられてはいないと思う。
「一人だと食べきれないで、悪くするだけですから。美味しく食べてもらえたら親戚も喜ぶと思います」
お菓子も食べきれないで、賞味期限が切れる事が多い。だから、本部に持って行ってお菓子コーナーに置く様にしている。
「これ、智美の家で食べた美味しいやつだ……まさか僕より智美に先にあげたの?」
鷹空さんが見つけたのはチョコQ助っていうお菓子。ヒーロー間でも人気だから、ネットで個人的に買っている。
「健也だと思うよ。うちで見つけると毎回二袋持って帰るんだ。この後、二人の家にも持って行くし」
普段甘い物食べない癖に珍しいと思っていたら、副浪さんの為だったのか。
(月山も二袋持って行っているけど、あいつも誰かにあげているのか?)
「これから、お友達の所にも行くの?お昼食べてもらおうと思っていたのに」
総司令の教え 他人様のお家にお邪魔した時は、あまり長居をしない様に。食事のお誘いは、社交辞令です。相手の方が不快に思わない様に、用事がある事を伝えておきなさい。
子供の頃はピンと来なかったけど、今になると有難い教えだ。
「すいません。また今度お邪魔させていただきます」
鷹空さんのお母さんに頭を下げてお暇させてもらう。
総司令、ありがとうございました。お陰様で無事に撤退出来ました。あれ以上は俺の心臓が持ちません。
◇
鷹空さんブーストもあり、無事にバグズファイブ指導要項が完成した。問題は、どうやってやる気を出してもらうかだ。
こういう時は素直に教えを乞うのが一番。何しろ学校には、教育のプロである先生がいる。
「ヒーローの指導の仕方を教えろだぁ?いくら教師だからって、ヒーローの育成なんて分からないぞ」
俺が頼ったのは、上形先生。生活指導をしている先生なら、問題のある生徒の指導も得意な筈。
「強くする方法なら考えたんですよ。でも、指導の仕方が分からなくって」
俺は部活の経験がないから、人に何かを教えた経験もないのだ。
「指導ね。まさかヒーローに教えを乞われるなんて思わなかったよ」
上形先生が苦笑いを浮かべる。いや、俺授業受けていますよ。
「お願いします。先生だけが頼りなんですよ。どうすれば、自主的に戦闘スタイルを考えてもらえますか?」
ヒーローの戦闘スタイルは、千差万別。だから、戦闘訓練も自分で見つけ出す必要がある。丸投げされても困るのだ。
「まずは本人にやる気がないと無理だろ。本部は、なんでそいつ等に期待しているんだ?聞いた話だと見込みがある様に思えないが」
スポーツや勉強だと、そうかも知れない。でも、ヒーロー稼業だとちょっと違うのだ。
「バグズファイブには、ヒーロー適性があるからですよ。使命やバックボーンを持たないヒーローは貴重なんです。しかも、正義感もあまり強くない。本部にとって貴重な存在なんです」
ヒーロー業界は万年人手不足。誰でも出来る仕事じゃないから、求人広告もだせない。
「使命感とかあった方が、必死になるんじゃないか?ヒーローもののドラマとかだと敵が家族の仇だとか、故郷を滅ぼされた過去があるって設定を良く見るぞ」
確かに、そういうヒーローはいる。そしてそう言う人達は、確かに必死に強くなろうとする。
「あの手の人達って、自分の敵以外に興味が薄いんですよ。援護を求めても“俺の敵はブラックシェルだけだ”とか“今、ここを離れたらヘルタイパの思うツボ”って断ってくるんです。何よりボスを倒すと。高確率で引退しちゃうんですよ。命懸けの戦いが多いから無理強いも出来ませんし」
ちなみに二つとも俺が実際に言われたセリフです。それは、まだ良い。
人が散々助けてやったのに“気付いたんです、争いは、争いを生む。これからは平和に生きたい”とか“夢で故郷の皆がこれからはお前の人生を歩めって言ってくれたんです”って何?
仕事なんだから、自分に酔わないで下さいっ!
「ストレス溜まっているな。でも、ヒーローに正義感は必要だろ?」
なら先生に聞きたい。正義ってなんですか?
正義って言葉は、使い方によっては便利な道具になる。どんな行動でも屁理屈みたいな理由で正義の為にで押し通される事があるのだ。
「逆に先生に聞きます。熱意はあるけど、自分の教育理論や指導理論を信じて疑わない教師って、どう思いますか?ヒーローって良い意味でも、悪い意味でも誉められて持ち上げられる仕事なんです。でも、それに慣れちゃうと、自分の価値観を絶対な物だと思い込んでしまうんです」
厄介ヒーローになる一番の特徴は、自分の正義を信じて疑わない奴だ。不思議なものでそう言う人に限って熱心なファンがいるんだよね。
取り巻きも無責任に誉めるなよ。
「……お前、本当に高校生なのか。強くなったって実感出来れば、やる気も起きると思うぞ。そいつ等、前に五対一で負けているんだろ?」
確かにそうだけど……指導要綱書き直すか。




