復活のコカトリス
晩秋。なんでこんな寂しい名前をつけたんだろう。フィナーレオータムとかなら明るい感じになるのに。
本部の窓から見える街路樹も葉が散り、物寂しい。
秋の寂しさに加えて、今担当している仕事の所為で、テンションが下がりまくっています。
「おいヒーロー。今は仕事中なんだろ。サボっていて良いのか?」
仕事場でダチに声を掛けられるのは、少し気恥ずかしい。
俺に声を掛けてきたのは、月山。事件の事情聴取の為に本部に呼ばれたのだ。
「おっ、終わったみたいだな。お疲れさん。奢るから、コーヒーでも飲まないか?」
月山が事情聴取されていると思うと、妙に落ちつかず部屋の近くで待機していたのだ。
そして窓の外を眺めていたら、明日の仕事と秋の寂しさで、テンションが低くなっていたのたのです。
「まさか、ヒーローにコーヒーを奢ってもらう日が来るとは思わなかったよ……俺も聞きたい事があるから、遠慮なくごちになる」
月山を連れて本部にある喫茶室に移動。普段なら我が物顔で歩く廊下なんだけど、ダチと一緒だと妙に気恥ずかしい。
「コーヒーで良いか?聞きたいのは、被害者の事なんだろ?」
月山に突っ込まれたけど、これも大事なヒーローの仕事。被害者のアフターケアなのです。
「ああ、あの人達は、元の仲に戻れるのかなって」
本気ではなかったけど、月山も当事者だ。何より恋人達の嘆きを聞いている。気にするなって方が無理だ。
「薄情だと思われるかもしれないけど、正直きついな。一時的には元鞘に戻るかも知れないけど、別れるパターンが多い」
ヒーローの癖に酷いって、思われるかも知れない。でも、俺が言えるのは『この度は不運でしたね』しかないのだ。
「……あの人達は、俺達と違って本気で好き合っていたんだろ?あんな理不尽な理由で恋が終わるのは、酷くないか」
本人は気付いていないと思うけど、月山の口調はいつもより強い物になっていた。
(俺達って言うのは、月山と王餅さんの事なんだろうな)
そして月山は元カノと理不尽な理由で別れたんだと思う。だから、言葉も強くなったと。
「本気だからだよ。今回は催眠じゃなく、自分の意志で他の男になびいた。そうすると“また違う男に乗り換えられるんじゃないか?イケメンに口説かれたら、また振られる”って疑念が湧いてくる。彼女は彼女で気まずさは消えない。よっぽど強い気持ちがなきゃ、無理だな」
俺位の歳だと、愛があればどんな障害も乗り越えられるって思うんだろう。
ヒーローはアフターケアも仕事。それは正義感や倫理観ではなく、事件で出来た心の隙間を違うハザーズに狙われない為。
結果、ネガティブな耳年魔童貞が出来あがったのです。
「あの狼のフェロモンって、そんなに強力だったのか?」
オレサマウルフのフェロモンは、獺川さんが分析して無毒化出来ている。出来ているけど、起きた不幸は消えはしない。
「金がなくて三日間くらい何も食べていない時に、嗅いだ焼きそばの匂い。真夏にマラソンした後に見つけけた誰かが忘れたスポーツドリンク。分かっていても本能的に抗えない。でも、自分の意志はしっかりある。そんな感じさ」
情状酌量の余地があっても、被害者が納得できるとは限らない。次の恋を探した方が良いですよが一番の助言だ。
「……お前がネガティブな理由が分ったよ。でも、ダチでいてくれて助かった。ありがとうな」
俺がネガティブなのは恋愛だけだぞ。恋愛もネガティブじゃなく、現実主義なだけだし。
「それなら月山、明日のヒーロー業務変わってくれ」
頭を下げて月山に懇願する。そして上目遣いでチラ見。まじで明日の仕事行きたくない。
「掃除当番変わってみたいな感覚で頼むな!それとお前が上目遣いで頼んでも、欠片も可愛くないからな。強いハザーズでも、出たのか」
月山は溜息を漏らして、コーヒーを一口飲んだ。
でも、話は聞いてくれるらしい。身近に愚痴を聞いてくれる人がいるのって助かるよね。
「明日から丙級ヒーローの指導をしなきゃいけないんだよ。本当はもっと前から始める予定だったのに“その日は地元のお祭りに呼ばれているんで”とか“せっかく当たったのに、ライブをキャンセルしたくないです”って言われて延期につぐ延期。俺だって、行きたくなくなるっての」
そう、バグズファイブの特訓をするんだけど、全然やる気が感じられないのだ。
気持ちは分かるよ。俺にしごかれるより、ファンに褒められている方が良いもんね。
「……うちの店長も似た様な事を言っていたよ。新しく入ったバイトがいるんだけど、“少し怒れば臍曲げるし、当日に休み希望を言ってくる”って愚痴っていたぞ。よ、中間管理職ヒーロー」
俺ってコンビニの店長と同じ悩みを抱えているんだ。まだ高校生なんだけどな。
「バイトか。お前クリスマスはどうするんだ?」
俺は当然お仕事。なんでハザーズってイベントになると活発化するんだろ?
その方が不安を煽れる事は分かる。分かるけど、ヒーローの怒りも倍増するんだぞ。
「ライブだよ。さ……中秋小夜のクリスマスライブ」
クリスマスにアイドルのコンサートか。まあ、それも良いだろう。でも、こいつが中秋小夜のファンだとは知らなかった。
「そっか。楽しんでくれよ。俺はイブもクリスマスも待機だぜ。終わったら一人でチキン食べるんだ……コカトリスなのにチキン。共食いだぜ」
な、泣いてなんかないんだからね。皆が幸せならヒーローは幸せなんだから。ちくしょう。
◇
今日は日曜日。俺達学生にとっては貴重な休日だ。そして俺は約束の三十分前には訓練場に入っていた。
「おはようございます!バグズファイブのレッドフライです。今日はよろしくお願いします」
爽やかに挨拶してるけどさ、約束の時間に現場入りってどうなの?
「強くなる方法を探していたんです。お願いします」
イエローローリーポーリさん、それなら仲間をまとめてよ。場合によっては一人で来ても良かったのに。
「私まだ痛む所があって、見学でも良いですか?」
ブルーキャタピラーさん、この間ライブ行ってましたよね?ライブは大丈夫だけど、特訓はアウトなんですか?
「今より強くなる必要あるんですか?私達はウィードを倒せば良いって言われているんですけど」
ホワイトモールクリケットさんが愚痴る。バグズファイブの敵対組織はブリーディングウィード。雑草が元になったハザーズらしい。
「この後ファンミーティングがあるんで、なるはやでお願いします」
ブラックスティンクさん、ヒーローって強くなきゃ人気がなくなるんですよ。強くても人気のないヒーローもいるけどね。俺みたく……。
「皆さんの戦闘は動画で確認させてもらいました。でも、まだ各自の個性を活かせていません。今日は力の元になっている昆虫への理解を深めてもらい、戦闘スタイルを確立してもらいます」
俺は昆虫図鑑をバグズファイブの前に差し出す。
なんだろう。数名がめっちゃ不服そうなんですけど。日曜の朝から昆虫図鑑は見たくないってか!
(モチベーションを上げる方法も考えないと駄目なの?)
上級ヒーローになると、強くないと負けるから必死なんだぞ。
◇
協議の結果、図鑑を持ち帰ってもらい、後日提出となりました。念の為、俺も作っておくけどね。
地下鉄の駅をトボトボと歩いていたら、一組のカップルとすれ違った。
(あれってコシギンイソギンチャクに襲われていた男の子と亜美さんだよな?)
二人は嬉しそうに手を繋いで歩いていた。
当たり前だけど、二人は俺がコカトイエローって事は知らない。でも、二人の笑顔に救われた気がする。
二人を見送った後、アパートに帰宅。
(置き配が来てるな。これは実家からだ)
この時期、そして段ボールの大きさ。間違いない、中はあれだ。
「やっぱりリンゴだ。源タレとチョコQ助も入っている」
他にも俺の好きなお菓子やおかずが沢山入っていた。ヒーローとして生活は出来ている。でも、親の有難味が染みてくる。
リンゴは、結構な数が入っていて、お世話になっている人に配れって事だと思う。
ヒーロー関係は明日本部に持って行くとして……ライソが良いかな?思い切って電話しちゃう?
(一回……いや三回鳴らして出なかったら諦めよう)
一回、二回と呼び出し音が鳴る。短い時間なのに、とんでもなく長く感じてしまう。
何よりコール音より俺の鼓動の方が大きく聞こえる。
『吾郎、どうしたの?もしかして僕の声聞きたくなったとか?』
鷹空さんは三回目で出てくれた。喜ぶのはまだ早い。遠慮するよってパターンもあるんだし。
『実家からリンゴ送ってきたんだ。良かったら食べるかな?って思って』
鎮まれ、俺の鼓動。電話越しに鷹空さんに聞こえるんじゃないかって位に鼓動が高鳴っている。
『良いの?食べる、食べる。僕、リンゴ大好きなんだ』
父さん、母さん落ち込んでいたけど、息子は立ち直れそうです。




