これはデート?
ただ今朝の八時半。俺は駅前のマックにいます。楽しみ過ぎて六時に起きて、遅刻が怖くなり七時半に家を出たのだ。
(やばい。緊張してきた。こんな時は気持ちを切り替えなきゃ)
一旦、仕事モードに切り替えようと、ヒーロー専門サイトを見たら、ある事に気付いた。
(美影さんは休みだけど、随分上級ヒーローが出勤しているな……川本さんがパトロール?)
なんで川本さんがパトロール?大きいイベントはない筈だけど。
……そして九時半になったので、トイレに移動。
(髪型、よし。服の乱れなし。息も臭くない……そ、それじゃ行くぞ)
振える足で待ち合わせ場所に向かう。
これから俺は鷹空さんとデート?をする。そう考えただけで、胸の鼓動が早くなっていく。
右見て、左見て正面を向く。戦闘の前以上に落ち着かない。
(時間は九時四十五分か。まだ来ないよな……しまった!空子さんに、何時間まで待てば良いか)
女性の準備は時間が掛かると言う。それに急に用事が出来る事もあると思う。
十一時まで待ってこなければ、帰っても良いんだろうか?
「吾郎、早いね。さては、相当楽しみにしていたな」
ソワソワしまくっていたら、誰かに肩を叩かれた。そこにいたのはニヒヒと笑う鷹空さん。
落ち着け、俺。普段通り、健也や月山と遊ぶ時と同じテンション。それでいて女性と言う事を忘れずに。
「楽しみだったし、待ち合わせ時前についていないと落ち着かないんだ」
約束の二十分前には着いていたい派です。横目で駅の時計を確認。
ただ今九時五十分。これはどっちなんだろう?楽しみだったのか、それとも俺と同じく早く着いていないと落ち着かないタイプなんだろうか?
「本当?僕も楽しみだったんだ。移動時間を考えると、もう向かっても良いよね」
ブルーキャッツの開店は十時。移動にも、そんなに時間が掛からないからゆっくり行っても大丈夫だと思う。
「セールやる訳じゃないから、開店時間過ぎても平気だしね」
セールの時に美影さんに呼び出された事があったけど、まじで怖かった。皆目が血走っていて、ガードマンの俺を殴ってくるんだもん。
「そうだね。話をしながらゆっくり行こう」
鷹空さんと二人で歩く時間は、幸せだった。でも、この幸せをハザーズに無理矢理奪われた人がいる訳で……。
(例のハザーズを倒しても、全部解決っていかないんだよな)
「折角、半額クーポンがあるんだから鷹空さんも何か買ったら?ネクタイは、そこまで値段しないと思うし」
その方が宣伝になって、美影さんも喜ぶと思う。俺も色んな鷹空さんを見てみたいし。
「え?良いの?このクーポンで買えるの一品だけなんだよね。その言葉に甘えちゃおうかな」
そうして下さい。そのクーポンでネクタイを買ったら、サンサンクのお姉様方に叱られてしまう。
「着いたね……マジかい」
ブルーキャッツに着いたのは良い。でもね、美影さん、ワクテカの目で俺達を見るのは止めて下さい。
「あの人、デザイナーのNEKOさんだよ。忙しくて滅多のお店に来ないのに、僕ってラッキー……クーポンのお礼言わなきゃ」
知っています、再び。そして音子さんのお目当ては鷹空さんだと思う。だって、俺を見つけたらニヤリと笑ったもん。
そして忙しいのは分かる、デザイナー兼店長兼ヒーローだもん、デザインに行き詰っている時の美影さんの戦いは怖いんだよな。
「や、やっぱり売れ行きが気になるんじゃないかな」
ふと見ると美影さんさんと目があった。お願いだから、こっちに来ないで下さい。でも、どんどんこっちに向かって来ている。
そしてウエルカム状態で入口で待機する美影さん。
「いらっしゃいませ。今日は何をお探しでしょうか?」
当然の如くドアを開けると同時に確保されました。流石は近接戦のプロ。距離の詰め方に躊躇がない。
「学園祭で執事をやる事になったんで、ネクタイ見に来たんです。ネクタイって置いてますか?」
言外にネクタイコーナーの場所はどこですかって伝える。ちなみに急に声を掛けられて鷹空さんはびっくりして固まっていた。
(絶対に美樹本さんから用事を知っている癖に……でも、場所さえ聞けば邪魔される事はない筈)
美影さんは、忙しい。俺達に構っている暇はないと思う。
「もしかしてセツカのブログを見てくれたんですか?彼女とは友人で良く宣伝してもらっているんですよ。ネクタイはこっちです」
営業スマイルを浮かべたまま、ネクタイコーナーへ向かう美影さん。ちくしょう、絶対に楽しんでいやがる。
「あ、あのブルーキャッツの服好きで、お年玉とかで買わせてもらっています。それとクーポンありがとうございました」
鷹空さんが緊張しながら美影さんにお礼を伝える。美影さん、もうネクタイコーナーですよ。そろそろお仕事に戻った方が良いと思います。
「そうなの?ありがとうございます。それならクーポンを使って彼氏にプレゼントしてもらったら良いんじゃないかな?」
そう言って鷹空さんにウインクする美影さん。
(か、彼氏?なんて事を言うんだ)
俺が鷹空さんに片思いしている事を知っている癖に。
「ぼ、僕達まだ付き合ってないですよ……それに買ってもらうのは、吾郎に迷惑だし」
真っ赤な顔で否定する鷹空さん。
(ごろちゃん、言わなくても分かるわよね)
俺の耳元で囁く美影さん。分かっていますから、脛を蹴るのは止めて下さい。
「ネクタイを選んでもらう代わりに何かプレゼントさせて。この間バイト代がはいったし」
バイト代って言うか月給なんだけどね。特別手当もあるから、クーポンがなくても買えます。
「ま、まずはネクタイを選ぼう。吾郎……彼にどんなネクタイ合いますかね?」
やめて鷹空さん。美影さん、ここぞとばかりに居座るから。
「君、吾郎君って言うんだ。でも、どんなスーツを着るか分からないからなー」
白々しい。いつもごろちゃんって呼んでいる癖に。美影さんに選んでもらったスーツだから、一回見てますよ。
「そうですよね……あ、このスーツです」
鷹空さんはそう言うと、美影さんにスマホを差し出した。そしてニヤニヤした目で俺を見る美影さん。
「結構がっしりしているわね。頼り甲斐があって安心だね。このスーツの色なら……このネクタイなんてどうかしら?」
頼り甲斐があって安心?模擬戦で俺をボコっているじゃないですか。
美影さんが選んだのは、濃紺の蝶ネクタイ。確かに色は合っている。でも、それ自分で結ぶ奴なんですけど。
「ありがとうございます。これなら絶対に吾郎に似合いますね」
そう言って蝶ネクタイをカゴに入れる鷹空さん。結ぶ練習しなきゃ。
「ありがとうございました。次は鷹空さんの服を選ぼう」
ましたと言う事で、ターンエンドを告げる。もうお仕事に戻って下さい。
「うん。実はもう目をつけてあるパンツがあるんだ。そこにあるグレーのカーゴパンツ。試着してみるね」
鷹空さんはそう言うとカーゴパンツを持って、試着室へ……待って、背後で悪魔が微笑んでいるんですけど!
「良い子じゃない。甘々な空気でお姉ちゃん、ニヤニヤしっぱなしだったぞ。雪香にライソしなくちゃ……ボウタイの結び方チェックするから写メするんだぞ」
美影さんはそう言うと、俺の肩を優しく叩くと仕事に戻っていった。今度、ちゃんとお礼を言おう。
「吾郎、どうかな?似合っているかな?」
当たり前だけど、鷹空さんは物凄く可愛かったです。きちんとプレゼントさせてもらったぜ。
◇
ネチネチオークは理不尽な運命を嘆いていた。
(こんなの無理ゲーだって。ハードモード通り越してヘルモードだよ)
いつも通り、人間のカップルをナンパし、それを幹部が阻止する。
阻止と言っても、ヤラセで怪我どころか痛い思いをした事もなかった。
ハットをかぶり、トレンチコートを被ればハザーズとバレる事はない。
安全かつ幹部にも誉められる美味しい仕事。少し前まではそう思っていたのに。
「お前に逃げ場はない。俺にぶん殴られて終わりだよ」
逃げた先にいたのは甲三級のパワーナックル。丸太の様に太い腕をぶん回しながら、ネチネチオークを待ち構えている。
「今度は甲三級?さっきは甲一級のピースガーディアンがいたし……もう嫌だ―」
なんとか方向転換して脇道に逃げるネチネチオーク。
獲物を物色ししたネチネチオークは、服屋で買い物をしている高校生のカップルに目をつけた。
女は幹部好みの美少女で、男は地味なモブ。
臨時ボーナスもらえそうな美味しい案件だった。
でも、それが不幸の始まり。ブルーキャッツを遠巻きに見ていたネチネチオークに声を掛けてきたのは、甲一級のピースガーディアン。ネチネチオークでは逆立ちしても勝てない相手だ。もしピースガーディアンが、その気なら十秒も持たずに、退治されてしまうだろう。
『ハザーズは予定通り、脇道に入った……ホワイトエンジェル、後は頼んだぞ』
悲しい事にネチネチオークの動きは全てヒーローに把握されていた。
そう川本がネチネチオークを遠視で監視し、仲間に指示を出していたのだ。
「せっかく不器用鶏が勇気をだして頑張っているのに……それを邪魔しようって言うのなら、覚悟は出来ているよね?」
なんとか逃げ切ったと安堵したネチネチオークを待ち構えていたのは、絶対零度の視線で睨んでくる死神。
「俺から逃げられたって安心したのか?鶏坊主には借りがある。何より、あいつの落ち込む顔は見たくないんでね」
ネチネチオークの退路を塞ぐ様に立ちはだかるパワーナックル。
「か、壁を登れば」
溺れる者は藁をもつかむ。追い詰められたネチネチオークは、壁を登って逃げようとした。
「残念だけど、上にも逃げ場はねーぞ」
超能力で宙を浮いた川本がネチネチオークに話し掛ける。
「何なんだよ。この路地裏は!上級ヒーローが三人もいるなんてカオス過ぎるだろっ!」
涙目で叫ぶネチネチオーク。彼の言葉はもっともである。戦力的には高ランクハザーズのアジトに攻め込む様な戦力なのだ。
「残念ながら四人さ。幹部の痕跡は手に入れたぜ」
パワーナックルの背中から声を掛けたのは四人目のヒーロー、ピースガーディアン。
彼はネチネチオークを仲間に任せ幹部の痕跡を探していたのだ。
「俺はボスじゃなく、平ハザーズなんだぞ。なんだよ、この漫画の最終回みたいな展開は?」
まさに絶体絶命、ネチネチオークは自分の不運を嘆く事しか出来なかった。
もし違うカップルに目をつけていたら、ここまで追いつめられる事はなかったであろう。
吾郎は大事なヒーロー仲間であり、貴重な戦力。何より不器用で可愛い弟分なのだ。
「ナックルラッシュ」
パワーナックルの強力な拳がネチネチオークを襲う。あまりの破壊力にネチネチオークの骨が砕け散った。
「サイコブレイク」
吹き飛ばされたネチネチオークを、エスパルオンの超能力が捉える。今度は全身をねじ切られるネチネチオーク。
「アイスギロチン」
虫の息となったネチネチオークに氷の刃が襲い掛かる。氷の刃はネチネチオークをの身体を両断した。
「ライトニングスラッシュ」
そしてピースガーディアンの放った光の奔流がネチネチオークを包んだ。
哀れ、ネチネチオークは上級ヒーロー四人の必殺技を喰らい、一瞬で消滅した。
「終わったな。それで吾郎はどうしているんだ?振られてないよな」
川本が心配そうな顔で尋ねる。何しろ強さは折り紙付きだが、吾郎の恋愛レベルは小学生並み。
最近のませた小学生なら鼻で笑われる様な不器用さのなのだ。
彼はネチネチオークを警戒して出勤したのではない。可愛い弟分の初デートを守る為だけに、自分から志願して休日出勤したのだ。
「音子の報告だとパスタ食べに行ったみたいよ。あの馬鹿、牛丼かラーメンを食べに行こうとしたんだって」
呆れた様に話す雪香であったが、その顔はとても嬉しそうである。
「答えは明日分かるだろ。吾郎すぐ顔に出るし。それより守さん、痕跡って何ですか?」
そう言った川本であるが、夜には吾郎にライソするつもりであった。
「皆吾郎を弄るのも、ほどほどにしておけよ。見つかったのは犬かなにかの毛だと思う。後から本部に提出しておく」
そう言う守の手には動物の毛が握られていた。




