片想いヒーロー
天気も良く爽やかな秋晴れだ。そんな中、疲れきった顔で歩く俺。
疲れているし、物凄く眠い。
(この時間だと人もまばらだな。早く教室に行って一眠りしよう)
俺の通っているのは私立槻波高校。偏差値普通、強い部活は特になし。
私立だからアルバイトもオッケー。つまり仕事もオッケー。
何より理由があれば、出席日数を配慮してくれる。俺にうってつけの高校なのだ。
いつもは賑やかな学校だけど、今は朝練に参加している生徒位しかいない。
野球、サッカー、バスケ、皆一生懸命に練習に励んでいる。
皆、練習に一生懸命な様で、誰も俺に声を掛けてこない。
……今の俺はヒーローではなく、ただの高校生。見た目はフツメン、成績も普通、何の特徴もないモブ学生なのだ。
眠い目をこすりながら、教室へと急ぐ。
「大酉、随分眠そうだな。もっとシャキッとしろ!……昨日も大変だったみたいだな」
声を掛けてきたの、ジャージを着た中年男性。日焼けした肌に、筋肉質の体型。
そして強面の顔をしている。この人は、生徒指導の上形先生だ。
上形先生は、俺がコカトイエローだと知っている数少ない一般人でもある。
教科は体育。生徒指導+体育教師、漫画に出て来そうな厳つい先生だ。その厳しさは、生徒からは煙たがられているらしい。
でも、指導は俺達生徒を想っての事。社会人でもある俺からしたら、かなり有難い指導である。
「ハザーズ退治より、後片付けに時間が掛かったんですよ」
ナイフラット戦より、後始末の方が時間掛かりました。
バグズファイブの応急処置に救急車の手配、関係機関への報告、退魔師ヒーローへの引継ぎ、書類の提出、課題等をやっていたら気付けば夜の三時。
三時間だけ仮眠をとり、本部からそのまま学校に来たのです。
「相変わらず大変だな。でも、ネットでは賞賛されていたぞ。頑張ったな。人気者ヒーローさん」
先生は優しい口調で労ってくれた。確かにネットでは人気者だと思う。
でも、学生の俺は人気者とは言い難い。
陽キャでもなく、陰キャでもない。友達はいるけど、殆んどが野郎。
「エゴサしない様にしているんですよ。ダメージ受ける書き込みもありますし……何よりも褒められる事になれるとまずいので」
俺だって人間だ。褒められたら嬉しいし、馬鹿にされたらムカつく。
コカトイエローでエゴサするとネガティブな書き込みあるんだよね。“戦い方が卑怯”とか“ぼっちヒーロー”とか……うん、確かに本当の事だよ。
そして一番の問題は、俺が応援してくれている人とアンチを同じに扱えないって事だ。
もし、救助対象がアンチだと分かった時に、命懸けで戦う自信がない。
だから、エゴサはしない様にしている。
「ヒーローもネット被害か。でも、現場では感謝されているんだろ?」
先生がきまずそうな顔で答える。でも、ごめんなさい。最近、それも減ったんです。
「……それどころじゃない現場も増えまして」
俺の主な任務はヒーローの援護活動。俺が着く頃には、市民は退避している事が殆んどだ。
(最後に“ありがとう”とか“頑張って”って言われたのは、何時だろ?)
援護が必要な現場は、当たり前だけど凄惨な場面が多い。
俺が良く耳にするのは感謝や応援の言葉じゃなく、悲痛な叫び声や悲しみに染まった涙声。
「あまり、背負い過ぎるなよ。俺から見たらお前はただの生徒なんだからよ……眠気覚ましのコーヒーを淹れてやるから、付いてこい」
先生の飾り気のない優しさが心に染みる。ヒーローの時は特別扱いされる事が多いけど、素の自分を気に掛けてくれる人は少ない。
「吾郎、おはよー。今日は早いね……もしかして、呼び出し喰らったの?」
その声を聞いただけで、胸がときめく。なぜなら声の主は俺が片想いしている相手。
鷹空翼。バスケ部所属の元気系少女。明るい性格で、男女分け隔てなく接してくれる。
「た、たまたま早く起きただけだって……鷹空さんは朝練?」
まあ、バスケ部所属でランニング中だから、朝練確定なんだけど……気の利いた言葉が出てこない。
戦いなら積極的になれるんだけど、鷹空さん相手だと話すのが精一杯だ。
「うん、練習試合が近いから頑張らないと……それじゃ、後からね」
鷹空そう言って、手を振ると駆け出して行った。
それをボーっと見送る俺……ここで大事なのは勘違いしちゃいけないって事。
鷹空さんは、誰とでも仲良く出来るタイプだ。今の会話が俺にとって特別であっても、彼女にとっては日常生活な訳で……。
「鷹空か……あいつは、ライバルが多いぞ」
上形先生が俺の肩に手を置きながら、からかう様に話し掛けてきた。
鷹空さんは男女問わず人気者。そして誰とでも仲良く出来る……そうすると勘違いする奴が出る訳だ。俺みたいに……。
「分かっていますよ。それに、自分の事はもっと良く分かっているつもりですから」
ヒーロー、コカトイエローは人気がある。でも、大酉吾郎のクラスでの立ち位置はモブキャラ。
勘違いすると痛い目に遭うのだ。
自分の実力をきちんと把握して下さい。ヒーローが負けたら被害が拡大するだけです。自惚れは不幸を招くんですよ……昨日バグズファイブに言った言葉がブーメランになって返ってきた。
◇
生徒指導室で上形先生が淹れてくれたコーヒーに口をつける。
コーヒーの苦みが身体に染み渡り、気持を落ち着かせてくれた。
普通のインスタントコーヒーだけど、他人が淹れてくれたってだけで美味しく感じるのが不思議だ。
「すきっ腹にブラックコーヒーは沁みますね。ありがとうございます」
これで午前の授業は何とか乗り切れそうだ。何しろ仕事が忙しくて勉強時間の確保が難しい。つまり、授業をきちんと聞いていないと、大変な事になる訳で。
「すきっ腹ってまた朝飯食ってないのか?一人暮らしで大変なのは分かるけど、身体壊すぞ」
そう、俺は一人暮らし……俺だけじゃなく、ヒーローは一人暮らしが多い。
理由は家族を巻き込まない為だ。
ハザーズに罪悪感や常識を求めるのは、無意味。恋人や家族を人質に取られて負けたヒーローは少なくない。
身バレ防止対策はヒーローにとって必須なのだ。
「普段はきちんと食べてますよ。でも、事件が起きると、どうしてもそっちを優先しなきゃいけないので」
ハザーズに襲われているのに、山で遭難しているのに、襲撃や殺害予告が届いているのに……ヒーローが飯を優先する訳にはいかないのだ。
まあ、俺の家事スキルは動画頼りだから栄養面は見逃して欲しいです。
「前は、ヒーローは恵まれていて羨ましいって妬む事もあったけど、自分の生徒がここまで切ない状況だと虚しくなるな……保健室で寝た方が良いんじゃないか?」
俺、そんなにきつそうに見えるんでしょうか?そうだとしたら、俺もまだまだだな。
「お気遣いありがとうございます。眠くなったらカフェインブレスを自分に使うので大丈夫ですよ」
何年もヒーローをした結果、俺は石化以外のブレスも使える様になった……まあ、制限はかなりあるけど。
「そんな事も出来るのか?」
保健体育の教師とは信じ難い様だ。正確に言うとヒーローとしてパワーアップしたら、コカトリス化が進んだんだよね。
「消化する前の物をブレス化出来るだけですよ。身体に害がある毒や酸のブレスは使えませんし」
早い話があまりあてには出来ない能力なのだ。
俺も兄ちゃんみたくファイヤーブレス使いたいのに。
◇
生徒指導室を出て、教室へと向かう。すれ違う人は大勢いるけど、誰も俺に声を掛けてこない。
これが大酉吾郎のリアル。ヒーローとしては必用とされていても、大酉吾郎個人として必要とされていない。
タイマーを掛けて机に突っ伏す。授業に備えて、十分でも仮眠をとっておきたいのだ。
仕事が忙しいから、真面目に授業を聞かないと勉強についていけないんです。
「翼、あんたがバイトしている喫茶店の近くでバーディアンを見たって言うダチがいるんだけど、あんたも見たの?」
翼って言葉だけで、一気に目が覚める。横目で見ると鷹空さんが友達と話をしていた。
(バーディアンか。確か、この区域で活動している丙級のウィッチだよな)
ヒーローは上級と一般ヒーローに分類されていて、等級で担当する範囲や仕事が決まっている。
まず俺達甲級。活動範囲は全国で、主な仕事は他のヒーローの援護やハザーズとの戦闘。他に救助や要人や大きなイベントのガードなんかもしている。
乙級上位も仕事内容は似ているけど、一級から五級は活動範囲が地方単位。六から十は居住している都道府県が主な活動範囲。
上級に分類されるのは甲級と乙級。上級ヒーローになれる条件はただ一つ。敵対組織を壊滅させる事。敵対組織を倒すとヒーローを辞めてしまう人も多いので、上級ヒーローは結構少ない。
次に一般ヒーローに分類されるのが、丙級と丁級。主な仕事は敵対組織の対応と居住地域のパトロール。その他、地区のお祭りとかでガードをしたり、小学校や幼稚園に行きヒーローの啓蒙活動をしたりしている。
「み、見てないな。杏子、ウィッチ推しだったっけ?前にロウガーディアンのファンって言っていたじゃん。今度、ロウガーディアンの新グッズ出るらしいよ」
ウィッチはヒーロージャンルの一種で、昔は魔法少女と呼んでいた。でも、一部の人が少女って呼び方は性的だとか、ヒーローに年齢設定を作るのはおかしいって騒いでウィッチに変更になったのだ。
「ウィッチだと俺はサンサンク推しだな。特にエンジェルホワイトさん。あの清純さは神だ」
クラス一番のイケメン場七健也が力説する。俺だとキモがられるんだろうけど、場七だと笑いになるのは差別だと思います。
(そういや美樹本さん、ウィッチに名前変わった時『呼び方なんて、どうでも良いじゃん。面倒くさい』って愚痴っていたよな)
健也、そのエンジェルホワイトさんは、未成年相手に絡み酒してくるんだぞ。
「でも、ウィッチって顔分からないじゃん」
ウィッチ系は女性が主だから、盗撮やストーカー被害が多かった。
だから、色んなヒーローが集まって認識阻害の術式が開発されて、顔は分からないし活動中は写真にも写せない様になった。
だから、俺は同じ地区でも絡みがないバーディアンの正体を知らない。
「あっ、パワーナックル怪我してる。大丈夫かよ?」
(大山さん、無茶するからなー。後から怪我の具合確認しておこう)
……鷹空さん達は、それからもヒーローの話題で盛り上がっていた。当たり前だけど、俺はクラス……校内で一番ヒーローに詳しい。
(ヒーローの話題なら俺も混ざれるかな?……いや、止めておこう)
鷹空さんが話しているのは、クラスのトップカーストの方々。個人々とは話せるけど、途中参加する勇気はない……ただのヒーローオタクの痛い妄想だって笑われるのが落ちだ。
甲級ヒーローだって持ち上げられているけど、中身はビビりのモブ。好きな女の子との会話に混ざる勇気がないビビりなのです。