身体が痛いんだけど
全身が痛いし、足元がおぼつかない。
あの後、守さんの熱が加速し、ユースファイブが帰った後も訓練が延長。
守さんスタミナも化け物だから、五時間もプールにいました。
結果、全身筋肉痛でございます。
「おーす、吾郎……生まれたての小鹿みたいな歩き方して、どうしたんだ?」
声を掛けてきたのは幸せオーラ全開の月山。
(……この笑顔が曇る事にならなきゃ良いんだけどな)
「バイト先の社員さんの引っ越しを手伝ったんだよ……お前は幸せそうだな。健也は相変わらずモテまくりだし、俺だけぼっちか」
今のクラスで彼女を作るのは至難の業だ。うちのクラスは健也以外にもイケメンが多い。
学校が無理なら仕事で、新しい出会いに期待……無理だ。俺は仕事場で男扱いされていなし。
「俺からのアドバイスだ。動かなきゃ、何も変わらないぞ……叶わない夢より現実。もう少しで学園祭だし、当たって砕けろの気持ちで動いてみたらどうだ?」
いや、砕ける可能性しかないのに、動けないだろ?
ちくしょう、少し前までこっち側だった癖に。
「学園祭か。築浪の学園祭って、何するんだ?」
親しい先輩がいないので、何も情報が入って来ない。進学理由も仕事オッケーだったからだし。
「俺も詳しく知らないけど、模擬店が名物みたいで、地元の人や他校の生徒も来るらしいいぜ。他にお笑い芸人やヒーロー……アイドルを呼ぶんだってさ。後は、後夜祭で軽音部がライブする位かな」
美樹本さんやピースガーディアンさんは良く文化祭に呼ばれるもんな……知り合い来ないよね?
「他校って事は、お前は例の子と動くんだろ?まじでどうすっかな?」
健也は部活の仲間と動くと思う。それ以前に引く手数多だろうし。
……大丈夫。ヒーローは孤独にも強いんだ。
「だから、行動しろっての……ほら、来たぞ。俺は先に行かせてもらうぞ」
そう言うと月山は走っていった……無謀な行動は迷惑しか生まないんだぞ。
「吾郎、おはよ……あれ、月山君の声聞こえていたんだけど?」
朝から鷹空さんに会えるなんてラッキーだ。
(なーに、喜んでいるんだよ。俺に、月山の心配する資格はないのかもな)
俺は未だに叶う筈もない恋を諦められずにいる。月山の恋の方が、よっぽど現実味がある。
「なんか分からないけど、いきなり走って行ったんだ」
多分、気を使ったんだと思う……月山にだけは、鷹空さんを好きな事を話している。
健也には気まずくなりそうで言えていない。恋のお邪魔虫になるヒーローなんてダサすぎる。
「おっ、これは二重の意味でラッキーかも。教室まで一緒に行こっ」
うん、俺もラッキーです。昨日、頑張ったご褒美だと思う。
「月山とも話していたけど、もう少しで学園祭だね。バスケ部で何かやるの?」
俺は何も予定なし。一応、皆が気を使ってくれて、学園祭の日は休みにしてくれた。
それだけに何らかの土産話を持って帰りたい。好きな子の模擬店に行けました。これなら皆も満足してくれると思う。
「やらないみたいだよ。先輩もクラスの模擬店に集中するって言ってたし」
学園祭か。中学の時は、仕事絡みで殆んど楽しめなかったんだよな。
準備には参加したけど、文化祭当日に援護要請が入ったんだよな。
「うちのクラスはなにやるんだろね」
なにをやっても、俺は裏方希望だ。うちのクラスは健也を始めにイケメンが多い。それを目当てにくる人もいる筈……社会人でもある俺は、ちゃんと空気を読むのです。
「水曜のクラス会で話し合いをするみたいだよ……言い辛いんだけどさ。月山君と仲良くなった子、あまり良い評判ないみたいなんだ」
鷹空さんが気まずそうな顔で教えてくれた。
件の女の子は、いわゆる派手系で彼氏が何人も変わっているらしい。
「ワンチャン、月山の優しさに心を打たれた……流石に都合よすぎか」
合コンに参加していたのは健也を始めとした男子バスケ部の面々。ほぼ全員がカースト上位と言っても過言ではない。
一回勝負の合コンで、月山が勝てる要素は正直薄い。
「嘘告したり、良くない人達とも仲が良いって噂もあるみたいだし。あくまで噂だから、月山君が幸せになれたら、取り越し苦労なんだけど」
良くない人達と言った鷹空さんの目には嫌悪感が浮かんでいた。
多分今のでもオブラートに包んだ言い方なんだと思う。
「ありがとう。健也にも、それとなく聞いてみるよ」
その子はバスケ部ではないけど、合コンに参加したそうだ。
妬ましい気持ちがないって訳じゃないけど、怪しさが増していく。
(嫌だねー。人の裏側ばっかり見て来たから疑う癖がついちまった)
ダチの幸せ位、素直に祝いたいんだけど、ヒーローの習性だろうか。何かあるじゃないかって勘ぐってしまう。
◇
同じクラス、しかも健也と月山も仲が良い。俺と話していると、どっちかが会話に混じってくる。
結果、何も聞けないまま、放課後になってしまった。
月山の事も気になるけど、本業絡みでも気になっている事がある。
「コカトイエロー、入ります……平さん、聞きたい事があるんですけど」
それを知っているのは、今日一緒に働く平さんだけだ。
「お、来たな。知りたいのは、青春戦隊の事だろ?」
流石に分るか。俺が知りたいのは、なんで平さんがユースファイブに訓練をつけたのかだ。
「はい、何か秘めた才能がある様には思えませんでしたし」
甲一級の平さんは滅茶苦茶忙しい。戦闘はもちろん広告塔してテレビにも出まくっている。
そんな平さんがわざわざ時間を割いてユースファイブを鍛えた理由が気になったのだ。
秘めた才能があったとしても、一日の訓練で強くなれる訳がない。
「まあな。あいつ等より敵対する組織がやばいんだよ……どうやら人化の技術を持っているらしい」
背中に寒気が走る。人化の技術を持ったハザーズ。最低でも危険度はB-になる筈。
「マジですか。もしかして、活動範囲も学校限定ですか?」
一般的には活動範囲の広いハザーズの方が危険とされている。でも、狭い方が厄介な場合もあるのだ。
「察しが良いな。あいつ等が通っているのは城宮学園。名前位は効いた事があるだろ?」
やばい。胃が痛くなってきた。
私立城宮学院。政治家や芸能人、大会社の社長の子供が大勢通う名門校。
普通の人なら自分には無縁な学校だと思うだろう。でも、俺達ヒーローから見ると警護対象者が数百人単位で在席している地獄の様な場所なのだ。
どの生徒も狙われる危険性があるという聞いただけで、胃が痛くなる様な学校なのだ。
「き、聞かなかった事にしたいんですけど……でも、あそこって校則が厳しいし、バスケはそんなに強くなかった筈ですよ?」
城宮にパリピやギャルがいるって聞いた事ない。いや、プライベートで、そうだってパターンはあるかかもしれないけど。
「流石に現役高校生。お前の言う通り、あそこにバスケの全国大会に出た生徒はいない」
でも、レッドのマークはバスケットボールだったし、本人も全国に行ったって話していた。
「そうなると、辻褄が……あれ、名前とは裏腹に闇が深い感じですか?」
なんか触れちゃいけない事に気付いた感じがするんですが。
「あそこはエリートのお坊ちゃま、お嬢様が通う学校だろ?当然意識もプライドも高い。そして校則も厳しい。正確に言うと青春コンプレックス戦隊ユースファイブってとこだな」
人化だけでお腹一杯なのに、さらに厄介な要件が追加されたんですが。
つまりレギュラー選手やパリピに対するコンプレックスが力の根源の可能性があると。
「マジですか。でも、特定が難しくなるから、そこは救いですね」
それしか救いがないんだけどね。でも、あいつ等の援護担当は守さんの筈。
一回関わりを持ったヒーローの所には援護に向かう事が多い。やっぱり顔見知りだと安心するそうだ。
俺は陰からそっと応援しよう。
「まあな。何かあったら頼むぞ」
……この人は何を言っているんだ?あいつ等は貴方の愛弟子候補ですよね。
俺はバグズファイブとバーディアンで手一杯です。
「無理ですって。城宮の人と絡むなんて無理ですよ」
城宮に通っているのは、上級国民の子供のみ。俺と住む世界が違い過ぎる。
「それを言ったら、二十七の俺の方が話合わないだろ?高校に潜入しても怪しまれない上位ヒーローはお前だけなんだよ」
確かにそうだけど……考えてだけで胃が痛くなる。
「人化を流出させる訳にはいきませんしね」
基本ハザーズは異形の姿をしている。比較的人間っぽかったホストインキュバスにも角が生えていた。
だからハザーズだとすぐに特定出来たのだ。でも人間に変身されたら特定は不可能。
「それもあるけど、お前じゃなきゃ駄目な場面が出そうなんだよ。まあ、基本俺が援護に向かうけど、何かあったら頼むぞ」
そう言うと守さんは俺の肩をがっちりと掴んできた。




