顛末
月曜日、疲れが取れないまま学校へ。あの後、祭を楽しむどころか屋台の物も食べれないまま、帰社。報告書とかに忙殺されて、帰宅したのだ。
俺、今回も頑張ったのに。超頑張ったのにー。週初めも合わさってテンションが上がりません。
「吾郎、おーす。朝から元気がないぞ」
声を掛けてきたのは健也。逆に聞きたい。練習試合に行ったのに、なんでそんなに元気なんだ?移動距離は同じな筈なんだけど。
「バイトが忙しかったんだよ」
でも、健也と鷹空さんには感謝している。あのままナーチャーアニマルペースの空気だったら、場が荒れていたと思う。空気を変えてくれたのは、健也と鷹空さんの二人だ。
「警備のバイトだっけ?相変わらず、灰色な青春だな……そうだ!お陰で屋台の食い物安く食えたぞ。ありがとうな」
頭の中に?のマークが浮かぶ。なんでも、俺の関係者だからって、格安で買えたらしい。
(川本さんだな。それなら俺にも何か食わせてくれても良かったじゃん)
「知り合いが、祭会場で働いていたから頼んだんだよ。お前達には感謝しているし」
あんなに応援されたのは、久しぶりだ。お陰でやる気が回復した。あれがなければ、やけ食いしていたと思う。
「達か……昨日、鷹空がうるさかったんだぞ。『僕は、吾郎とは同じクラスで仲が良いんですよ』ってドヤ顔していたんだぜ」
まじで?それは超嬉しいんですけど。ただのクラスメイトなのに、しつこくてとかじゃなくて良かった。
なんとか今週も頑張れそうです。
「練習試合勝ったんだろ?それで祭も楽しめたのなら良かったじゃないか」
俺も頑張った甲斐があるってもんだ。後始末は川本さんに任せてあるし。
「まあな……そうだ!コカトイエローの戦いを見たんだよ。生で見ると迫力が凄いな」
そりゃ命懸けだもん。格下相手でも怪我をする事は珍しくない。気を抜けば命を落とす。
ランスボアの槍は鋭かった。あの槍で斬られていたらと思うとゾッとする。
「ね、ネットで見たよ。誰も怪我しなくて良かったよな」
俺より中秋さんの方が扱い大きかったけどね。それでも祭が中止にならなかったから良しとしておこう。
「でも、あれ聞きたかったな。コカトイエローの決め台詞、『こっちは、もう鶏冠にきてんだよ』動画チェックしたけど最近言ってないんだよな」
やめて。俺の黒歴史をえぐるのは。
餓鬼の頃はヒーローって言えば格好良い決め台詞だと思って作ったんだけど。
ヒーロー仲間からは『吾郎、格好良いな』とか『今日も期待しているぞ』って弄れるし、ネットでは『パクリ?』とか『厨二病じゃん』って書かれて封印したの。
「そ、そんなに怒っていなかったんじゃないか?」
ちなみに本気で怒ると鶏冠が大きくなる。でも、その状態だと周囲に目が届き辛くなってしまう。
だから決め台詞と一緒に怒りモードも封印したのです。
◇
……今回の任務は、あくまで補助的役割だった。だったんだけど。
「当日より、後始末の書類の方が大変なんですけど!」
俺の前にはうず高く積まれた書類の山がある。どう見ても普段の倍はあるんですが。
鷹空さんバーストが切れ掛けてます。
「仕方ないだろ。蓋を開けてみたら、やばさ全開だったんだし。川の方はもっと大変みたいだぜ」
美樹本さんの言う通り、案の上ナーチャーアニマルはデストラックスと組んでいた。
しかも、パワーナックルさんだけじゃなく、ヤークトスリーを襲ったのもナーチャーアニマルだったのだ。
「デストラックスから提供されたダニの使い魔。それで場所を特定して襲撃。いくらヒーローでも、変身していない時に闇討ちされたらアウトですし……ヤークトスリーの一人は、自宅を特定されて待ち伏せて襲撃」
ちなみにダニの使い魔はGPSと盗聴の術式が付与されていたそうだ。当たり前だけど、普通のダニと違い薬剤は効かない。魔力を吸うけど、痕は残らないっていう厄介な代物だった。
「そのダニを逆手にとって、襲撃地点を絞ったんだろ?昔は、正義のヒーローに憧れる真面目な少年だったのに……お前も、変わったな―」
美樹本さんが苦笑いしている。ハザーズは、闇討ちだけじゃなく、脅迫や策も使ってくる。清く正しい正しいヒーローに拘っていたら、守れる物も守れない。
……まあ、ブラックスティングには、あいつ等をおびき寄せる餌になってもらったけど。
「まさか、あそこまで綺麗に罠に掛かってくれるとは思いませんでしたよ」
あの日は、殆どの駐車場が満杯だった。そんな中、あんなに都合よく駐車スペースが空いていたら、不思議に思う筈なんだけど。
「普通の人間はトラップや伏せ兵を疑って行動しないからな。しかも、あいつ等は自分達の作戦に酔っていた。ラッキー位にしか思っていなかったんじゃないか?」
今回の件でナーチャーアニマルには解散命令が出せれた。何しろ今では動物保護を行う事は皆無で、実質犯罪組織になっていたらしい。
「問題はどっちが先に接触したのか……それとも」
いや、どっちでも問題なんだどね。デストラックスの場合、組織または協力者に人間がいるって事になる。ナーチャーアニマルだと接触方法を特定する必要がある。
デストラックスは人間に対する憎しみから生まれたハザーズだ。
普通に接触したら襲われるだけ……でも、一番厄介なの第三のパターンだ。
「それとも仲介した何者がいるかだろ?今でさえてんてこ舞いなのに、協力されたらアウトなんだよな」
ハザーズ同士が、協力をする事は滅多ない。何しろ組織によって目的が違う。
害獣の恨みから生まれたデストラックスは人間への逆襲が目的。
バーディアンが敵対しているポーチャーの目的は少年や少女からエネルギーを集める事。相容れない存在だ。
しかし、ヒーローに勝ちたいって言う共通目標はある。それを繋ぐ奴がいたらやばいのだ。
「ヤークトスリーは解散するみたいですね。面倒な事になる前に、デストラックスの本拠地が分れば良いんですけどね」
分かれば、即殲滅しに行くんだけど。
まあ、分かってもお約束でヤークトスリーの力がなきゃ、ドアが開かないってパターンもあるんだけどね。
「なりたてのヒーローは、心が折れやすいからな。小学生からヒーロー続けられているお前が特別過ぎるんだよ」
ヒーローが戦うのはハザーズだけじゃない。リアルの生活との兼ね合い、誹謗中傷、恐怖心との戦い。様々な現実が襲ってくる。
「……美樹本さん聞きたい事あるんですけど。異性の友達のバイト先に呼ばれた時って、どんな格好して行けば良いんですか?」
今、俺にとって大事な現実。それは鷹空さんのバイト先にどんな格好をして行けばいいのかだ。
美樹本さんはモデルの仕事もしている。良いアドバイスをくれるに違いない。
「バイト先に呼ばれただ?……そういや川の奴も何か言っていたな。詳しく聞かせろ」
全否定された前回と違い妙に食いついて来る。目がランランとしているし、絶対にやばい。
「言うから兄ちゃんや義姉さんには言わないで下さいよ」
兄ちゃんは首を突っ込んでくるし、義姉さんは根掘り葉掘り聞いて来る。そして他のメンバーにも広まるんだ。
……結果、美樹本さんに根掘り葉掘り聞かれました。
「うーん、それならあまり気張った服はアウトだな。お前、金はあるし……よし、任せろ」
頼りになるけど、絶対に楽しんでいるよね?
◇
日曜日、美樹本さんに選んでもらった格好で、鷹空さんのバイト先へと向かう。
(ここだよな。やばい……ドキドキしてきた)
鷹空さんがバイトしているのは喫茶店止まり木。雰囲気が良くて、誰でも気軽に入れそうな店だけど、俺には高級店以上に敷居が高く感じられる。
ランチタイムだけあり、お店は賑わっていた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
二十代半ば位の店主らしき女性が声を掛けてくれた。
(ど、どうする?鷹空さんの知り合いだって言えば良いのか?でも、そこまで親しい訳じゃないし……)
ボックス席……一人で座るにはアウトだ。カウンター……あそこは常連以外はアウトだと思う。二人用のテーブル席……あそこはカップル専用な筈。
……やばい、詰んだ。やっぱり帰った方が良いのか?
「吾郎、来てくれたんだ!待ってたよ。真理さん、その人、僕のお客さんです。吾郎、こっちに来て」
鷹空さんはそう言うと俺をカウンター席に案内してくれた。初来店でハードルが高いんですけど。
「君が吾郎君か。翼ちゃんから話は聞いているよ……へー、良い目してるわね。私は巣護真理、この店の店主よ」
そう言ってニコリと笑う巣護さん。常連さんらしき人達から殺気を感じるんですが。
「真理さん。翼がむくれるので、それ以上近づかない方が良いですよ」
副浪さんが茶化す様に話し掛けてくる。
会話に参加した方が良い流れだと思う。でも、俺は副浪さんとちゃんと話した事がないのだ。
「副浪さんですよね?初めまして。話は健也から良く聞いています」
当たり障りのない挨拶をしてカウンター席に座る。
置いてあったメニューに目を通す。
(流石にラーメンはないか。でも、パスタは種類富だな……ペペロンチーノにするか、それもミートスパにするか)
何を頼もうか悩んでいたら、誰かがメニューを取り上げた。
「真理さん、ジェノベーゼのパスタにグリーンサラダ。キャロットスープでお願いします」
悩んでいると思ったのか、鷹空さんが代わりに注文してくれる。俺、鶏だけど、そんなに野菜は好きじゃないんだけど。
「あのコースなら、サラダがつくんじゃ?」
昨日、肉体労働したから、がっつり食べたいんだけど。
「駄目!吾郎は野菜不足だよ。ちゃんと野菜もとらなきゃ駄目」
そう言われると反論出来ません。元々俺の食生活に問題があって呼ばれたんだし。
素直に従い、出て来たメニューを口にする。
(美味い。これなら野菜多めでも満足だ……鷹空さんは忙しそうだな)
漫画とかなら、ゆっくり話したりするんだろうけど、今はランチの時間帯で稼ぎ時だ。鷹空さんと話し込むのはマナー違反だと思う。
でも一生懸命働く鷹空さんを見れるのは嬉しい。
(サラダ多くないか?サービスなのかもしれないけど、これシェアする量だぞ……うん?)
キャロットスープを飲んでいたら、店内がざわつき始めた。
「モデルのセツカだ。綺麗―」
お客さんの声を聞いて思わずキャロットスープを吹き出しそうになった。
そこにいたのは見知った顔の美樹本さん。
「突然、お邪魔してすいません。近くで撮影していたら、雰囲気の良いお店が有ったもので……お邪魔なら出直しますけど」
申し訳なさそうに挨拶する美樹本さん。流石は芸能人、見事なまでに猫を被っている。
(なんで、美樹本さんが?)
頭の中で?が一杯になる。俺は喫茶店に行くと言ったけど、店名まで言っていない。
「大丈夫ですよ。どこのお席が良いですか?」
満面の笑みの巣護さん。いや、お客さんも人気モデルの登場にテンションが上がっている。多分、テンションが下がっているのは俺だけだと思う。
「ブログに載せたいので写真を撮ってもよろしいですか?写りたくない方いたら手を挙げて下さい……ね」
美樹本さん、ねのところで俺を睨みつけるのは止めて下さい。今手を挙げたら、絶対に後でしばかれる。
「吾郎、凄いよ。本物のセツカさんだよ。綺麗だなー」
鷹空さんもテンションが上がっている。
……そうだね。凄い演技力だと思う。普段と別人過ぎて凄い。
「ゆ、有名な人みたいだね」
知らないふりをしてみるけど、良ーく知っています。なんなら今着ている服はセツカコーデです。
「うん、僕ファンだもん。ブログも登録しているんだ。サインもらえないかな?」
はい、俺も登録させられました。ファッションの話が多いけど半分近く何を言っているか分かりません。
「い、今はプライベートだから難しいかもね」
鷹空さんがバイト中だからじゃない。俺が関わりたくないだけです。
(バレてない。さっき睨まれたのも偶然だ)
でも、誰かが近づいてくる気配がするんですが。
「嬉しい。私のファンなんですか?仲が良さそうだけど、二人はお友達かな?」
振り返ると悪魔がいた。絶対に本部でいじられるじゃん。
「はい、同じクラスなんですけど、吾郎ちゃんと栄養摂っていないんです。心配だから、バイト先に呼んだんですよ」
鷹空さんの話を聞いてニヤリと笑う美樹本さん。お願いですから、俺の足を踏んで言葉を封じるのはやめて下さい。
「仲が良くて羨ましいぞ。はい、サイン……名前いれようか?」
美樹本さんは、そう言うと鞄から色紙を取り出してサインした。随分準備が良いな……まさか鷹空さんをチェックする為に来たのか?
「ありがとうございます!翼でお願い出来ますか?……これ、宝物にします」
鷹空さんはサインをもらえて嬉しそうだ。美樹本さんはその後店や他のお客さんにもサインを書いていた。
(忙しいのに大変だな……もしかして、俺の様子を見に来てくれたのかな?)
芸能人兼ヒーローなんて忙しいに決まっている。それなのに俺の服を選んでくれて、様子まで見に来てくれたんだ。感謝しなくちゃ。
「良い事があったから、吾郎にラテ奢ってあげる。ラテアートは僕がしたんだよ」
そう言って鷹空さんが出してきたのはラテ。そして大事なのはラテアートがハートだと言う事だ。
(か、勘違いするな。メニュー乗っているラテのアートもハートだ)
でもマジで嬉しいです。
「あれー?セツカさんが来る前から練習していたよね?心の籠った良いハートだね」
巣護さんの言葉に顔を赤らめる鷹空さん。俺の顔も赤くなっていると思う。
……美樹本さんと真理さんは、そんな俺達を見てニヤニヤしていた。
◇
夕方、ヒーローグループライソの通知が凄い事になっていた。
原因は『ニヤニヤニワトリ発見』と書かれた俺の写メ。撮影者はもちろん美樹本さん、そこにはデレデレの俺が写っていた……これはラテを見た時だと思う。
うん、顔載せちゃ駄目って言わなかったし、写真を乗せたから喋ってはいないって事ね。
(通知が止まらない!うん、月山からライソ?)
多分、合コン上手くいかなかったんだろう。慰めてやるか。
『俺、彼女出来るかも!?合コンで良い感じになった子いる』
まじ?俺だけぼっちか!




