ヒーローの日常
新作でようやく書けました
……この数式って、どうやって解くんだっけ?
さっきから同じ問題で、かれこれ十分ほど悩んでいる。ちゃんと授業は聞いていた筈なのに。
考えろ、俺。諦めたら、そこで終了。このままだと課題を終わらせられず、先生に叱られてしまう。
(待てよ……こうすれば、オッケーなんじゃないか?よし、残り一問)
課題終了の目途がついたので、ぐっと身体を伸ばす。
その瞬間、ある言葉が目に入った。
『希望を忘れるな』
これは最初のヒーローが残した言葉だ。俺達、ヒーローにとって大事な指針でもある。
今から四十年前、異世界から侵略者がやって来た。侵略者は特撮番組に出て来る様な怪人を使って、人々を襲ったという。老若男女問わず襲われ、増えていく被害。
警察だけでなく、自衛隊も侵略者に立ち向かった。しかし、銃火器も効かず被害だけが増えていったという。
そんな中、一人のヒーローが現れ怪人を撃退。
彼は『これからも、この世界を狙う悪者が現れると思う。でも、安心してくれ。俺は希望を残していく。どんな時も希望を忘れるな』そう言い残し姿を消したそうだ。
彼の予言通り、それから様々な怪人や悪の組織が現れた。それに対応するかの様に、希望も現れて混戦状態になったのだ。
そして今……俺は夜間待機しながら課題に苦戦しています。
俺の名前は大酉吾郎。十五歳の高校一年生。現役高校生兼ヒーローなのだ。
「やっぱり、希望を忘れちゃ駄目ですね。この調子なら待機時間で課題を終わらせられますよ」
隣で待機している同僚に話し掛ける。
昔は、ヒーローは各々活動していたらしい。でも、それじゃ救えない人が多い。
何しろ侵略者は二十四時間活動。対するヒーローは多くて五人一組。対応するにも限界がある。
そこで国の偉い人はヒーローを、警察に組み込んで組織化させたのだ。
「吾郎、それフラグ。そんな事言ったら援護要請が来るぞ」
能力系ヒーローのエスパルオンこと川本さんが笑みを浮かべながら返事をしてきた。
エスパルオンさんは超能力で戦うヒーローだ。予知能力も持っているから笑えないんですが。
「まさか、予知ですか?止めて下さいよ。そんな簡単に敵は出ませんって」
戦隊系、能力系・ウイッチ系・変身系、・バフ系・退魔師系……ヒーローは戦い方によって、ジャンル分けされている。
それは敵も同じ。怪人系・憑依系・能力系・魔女系・闇落ち系……当然、能力も違う。あまりに多いので、今では全部ひっくるめてハザーズと呼んでいる。
「今のは冗談さ……お前に関する予知は『窮鼠猫を嚙む』と『尻尾に気をつけろ』だ」
川本さんの予知は抽象的だけど、高確率で当たる。意味不明だけど、覚えておこう。
「援護要請です。条件は甲五級以上。最適マッチングヒーローは、コカトイエローさんです」
職員が大慌てで、待機所に飛び込んできた。ついでにフラグ回収も来たのです。
ヒーローは強さや功績によって階級が分けられている。上から甲乙丙丁、それぞれ一級から十級まで分けられているのだ。
ちなみに俺は甲二級のコカトイエロー。そう、今回選ばれたのは俺です。
「俺ですか?」
(川本さんは甲四。それに後三分で甲一のピースガーディアンさんが起きて来るのに)
ヒーローの階級を分けた一番の理由は迅速かつ確実に事件を解決する為。何回も呼び直していたら、悪戯に被害が拡大するだけ。
だからヒーローマッチングシステムが導入され、その時に待機している最適なヒーローが選ばれるんだけど……間が悪過ぎる。
「はい、いってらっしゃい。それと吾郎、計算間違っているぞ」
川本さんがノートを突きながら笑みを浮かべる。流石は一流大学生。チラ見しただけで分るんですね。
「ヒ、ヒントだけでも書いておいてもらえませんか?……情報を教えて下さい」
視線を感じて振り向くと、職員さんがじっと俺を見ていました。数式を解くヒントが欲しいんだけどな。
「はい、救援要請を出してきたのは、丙七級のバグズファイブ。パトロール中に怪人型ハザーズのナイフラットと遭遇。市民を逃がす為に戦うも、苦戦し救援要請を出したそうです」
バグズファイブ、名前からすると五人組の戦隊か。つまり、五対一で苦戦していると……もしかして、ナイフラットって強いのでは?
(ラットってネズミだよな。まさか予知の窮鼠猫を嚙むって、ナイフラットの事なのか?)
俺は猫じゃなく幻獣だ……でもタイムリー過ぎて嫌な予感しかしない。
「ナイフラットの情報は、どこまで分かっていますか?」
ハザーズと戦う時に一番大事なのは情報だ。どんな武器を使っているのか?力の根源はなにか?罪をどれ位犯しているのか?そしてどれ位強いのか。
「ランクF-、武器はナイフを使います。所属組織はデストラックス。デストラックスは害獣を怪人化させている組織で危険度はE。駆除されてきた為、人間への恨みが強く凶暴な怪人が多いです」
害獣かどうかなんて人間の都合だもんな。そりゃ、人間を恨むよね。
(だから、川本さんじゃなくて、俺が選ばれたのか)
川本さんはテレパス能力で、ハザーズの考えを読み先手を打つ戦法が得意だ。
だから、人に強い恨みを持っているハザーズとの相性はかなり悪い。
だから、俺が選ばれたと。
……怖いけど、救援に向かなくちゃ行けない。俺はヒーローなんだから。
◇
震える足を叩き、強引に鎮める。バトルスーツに覆われた身体は、冷や汗でびっしょりだ。
これから俺は命懸けの戦いをする。正直言えば、今すぐ逃げ出したい。
深く息を吸い、気持ちを落ちつかせる。
ヒーローが戦いにビビっているなんて、バレたら皆が不安になってしまう。だから、逃げ出したい気持ちを押し殺して、歩みを進める。
「甲二級、コカトイエローです。援護に来ました」
俺が声を掛けたのは五人組のヒーロー。敵対しているのは、鼠型の怪人。手にはナイフを持っている。
「助かりました。僕達は丙五級のバグズファイブです」
声を掛けてきた赤いバトルスーツの男性。
バグズ……虫の力で戦う戦隊なんだろうか?声を掛けてきた男性の頭には、ハエを模したマークがついていた。
「コカトイエロー。あの幻獣戦隊クリプテッドファイブの……イエロー界のレジェンドじゃないですか!」
次に話し掛けてきたのは、黄色いバトルスーツを着た男性。この人のマークはダンゴムシ……防御力は高いと思う。
(イエロー界のレジェンドか……確かに男性イエローは人気が薄いもんな)
だから、俺みたいな餓鬼でもレジェンド扱いになるんだろう。
「クリプテッドファイブは解散しましたけどね。戦況はどんな感じですか?」
ちなみに、俺が所属していたクリプテッドファイブは二年前に解散している。
俺以外のメンバー全員が引退してしまったのだ。だから、俺は一人でヒーローをしている。
「はい。仲間のブルーが捕まっています……私達も余力はあまりありません」
白いバトルスーツの女性が答えてくれた。ちなみにマークはオケラ……逆立ちしても、ネズミに勝てませんよね。
「なんとかして、ブルーキャタピラーを助けないと。俺が囮になれば……」
黒いバトルスーツを着た男性が、仲間をチラ見しながら、呟く。ちなみに、彼のマークはカメムシ……味方は害虫しかいないのか?
(だから丙なんだよ……なんて言ったら嫌われるだろうな)
ヒーローに一番必要なのは力でも正しい心でもないと思う。
一番必要なのは、自分とハザーズとの実力差を見抜く事だ。
そしてナイフラットの方が、バグズファイブより強い。実際、五対一で圧倒されている……ブルーなんてナイフラットに踏みつけられているんだぜ。
(あのマークは青虫か。青虫も英語で、キャタピラーなんだ。テストには……出ないか)
「自分の実力をきちんと把握して下さい。ヒーローが負けたら被害が拡大するだけです。自惚れは不幸を招くんですよ」
残酷な言い方だけど、ブラックが向かっても無駄死にするだけ。ヒーローの敗北は、一般市民や警察官の死に直結するのだから。
「ヒーローが何人来ても関係ないっ!今度は俺達が人間を駆除してやるんだチュー」
バグズファイブと違い、ナイフラットは自信満々。戦隊を相手にして、優位に戦えたら、そうなるよね。
ナイフラットより、俺の方が強い。でも、絶対に勝てる訳じゃない。ナイフで刺されたら、最悪死ぬ。
「ごちゃごちゃ言ってないで掛かって来い。小動物が幻獣に勝てると思っているのか?」
(ネズミが素になっているから、素早さに注意しなきゃ、何よりあのナイフは雑菌塗れの危険性がある)
結論、格下でもハザーズと戦うのは怖いです……でも、ここで俺が立ち向かなきゃ被害が拡大する。
恐怖に震える顔をマスクで隠しながら、ナイフラットに立ち向かう。
「そんな挑発には乗らないチュー。俺に攻撃すれば、こいつの命はないチューよ」
そう言ってブルー青虫を踏みつけるナイフラット。
目標一・ナイフラットを、この場で退治する事。ここで逃がしたら、一般人に被害が及ぶ。
目標二・ブルーなんとかの救出。ヒーローは人材不足だ。丙五は貴重な戦力。失う訳にいかない。
目標三・怪我をしない事。今週はあと二回待機番がある。俺が怪我したら、同僚に迷惑が掛かってしまう。
目標が多い。でも、それが普通。ヒーローの仕事は目標達成度100%で当たり前。120%で初めて誉めてもらえる。
80%だとマスコミに叩かれ、苦情が殺到するのだ。
(人質がいるから、このままじゃブレスは使えない。ナイフのリーチを考えると、こっちも武器を使った方が良いな)
「尾棍。ヒーローは命懸けの戦いなんだぜ。そいつも、それ位覚悟しているさ」
もちろん、ブルーを見捨てる気はない。
人質、脅迫、嘘……命乞いをされ許した途端、攻撃されるなんて日常茶飯事だ。
当たり前だ。ハザーズの戦いにルールはない。
だから、心理的に不利な立場になる事は避けたいのだ。
「やっぱり、人間だ。平気で仲間を見捨てる。何もしていないのに、殺された仲間の恨みはらしてやる」
ナイフラットは恨みを篭めた目で俺を睨みつけてきた……〇〇でちゅーはキャラ付けなんだろうか?
(力の根源は恨みか……川本さんが来なくて良かったな)
川本さんが相対していたら、精神にダメージを受けていたと思う。
ナイフや雑菌に加えて怨念に気を付けた方が良さそうだ。
「随分お喋りなネズミだな。遊園地のバイトを紹介してやろうか?……今のうちに逃げろっ」
ナイフラットの隙をついて一気に近寄る。そのまま、左脇腹をすくう様に殴りつける。
生々しい臓器の感触が手に伝わってきた。
「ブルー、こっちだ……俺達も一緒に戦います」
ブルーを保護したブラックが、俺に声を掛けてきた。お願いだから大人しくていて下さい。
(黙っていろ……なんて言ったらやる気をなくすか)
バグズファイブにはナイフラットと距離を取ってもらう必要がある。でも、あまりストレートに言うとやる気をなくす危険性がある訳で……。
……追加目標。後進のモチベーション確保。高校生だけど、やっている事は中間管理職みたいです。
「逃走経路を塞いでおいてもらえますか?あいつは素早いので、対処しやすい様に距離を取っておいて下さい」
上手い。自分で自分を誉めてあげたい。
ハザーズの攻撃で怪我するのは、自分の責任。でも、仲間の攻撃の巻き添えを喰らわせたら、俺の責任にもなるのだ。
「いてーな。絶対に殺してやるっ!」
ナイフラットが俺に向かって突進してきた。毛が逆立っており、本気で怒っているのが分る。
(捨て身の突進かよ……それなら)
「鼠は素早さが自慢なんだろ?……でも、俺は跳べるんだぜ」
俺はコカトリスだから、空を飛べる。まあ、第一形態だと高くジャンプ出来るだけなんだけどね。
高く飛び上がり、回転しながらナイフラットの頭をテイルロッドでぶん殴る。
(頭蓋骨が砕けたな……尻尾の動きが変だ)
致命傷を与えた筈なのに、ナイフラットが尻尾に力を籠めているのだ。
ネズミ、窮鼠猫を嚙む・尻尾に注意。力の元は怨念……様々なピースが頭の中で組み合わさっていく。
「絶対に恨みをはらしてやる」
退魔系のヒーローから聞いた事がある。ネズミ系の怪人や魔獣は、死ぬ際に尻尾に呪いを籠めるって。
「石化ブレスッ」
俺の力の根源はコカトリスだ。飛ぶだけじゃなく、石化ブレスも使える。ただ、周囲を巻き込む危険性があるから、使い所を間違えるととんでもない事になるけど。
「流石は甲二級。余裕でしたね」
レッドさんが感心しているけど、余裕なんてないぞ。バトルスーツの中は冷や汗でびっしょりだ。
「これで終わりなんだよな」
ブラックがホッとした様に呟くけど、まだだ。これからまだ一仕事あるのです。
「ブルーさんの怪我が心配です。救急班に連絡をして下さい。それと消毒セットを持ってくる様に話してもらえますか?……もしもし、コカトイエローです。ナイフラットは退治しました。ですが、呪いが掛かっている危険性があるので、退魔系のヒーローを派遣してもらえますか?」
ヒーローの仕事はハザーズを倒して終わりじゃない。後片付けも大事な仕事なのだ。
ローファンか現代恋愛か悩みました