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**第九章: 心の揺れ**

透は明日香と過ごす日々を、以前とはまったく違う心持ちで迎えるようになった。彼女の限られた時間を知った今、透にとっての「今」という瞬間が、特別な意味を持ち始めたのだ。毎日が彼女と共有する貴重なひとときであり、彼女の笑顔を見るたびに、その瞬間を永遠に閉じ込めたいとさえ感じていた。


一方で、透の心には次第に別の感情も芽生え始めていた。それは、彼女に対する特別な想いだった。透はずっと自分の気持ちを抑え込んできた。彼女がいずれ去ってしまうことを知っているから、深く愛してしまえば、その別れがどれほど苦しいか分かっていた。しかし、時間が経つにつれて、その気持ちは抑えられなくなっていった。


ある日の放課後、透は明日香に誘われて、学校近くの河川敷へと向かった。夕陽が川面に反射し、赤く染まった風景の中で二人は肩を並べて座っていた。川の流れの音だけが静かに響き、周囲には他に誰もいない。まるで、世界に二人だけが残されたかのようだった。


「桐島くん、最近元気そうだね。」明日香が静かに言った。


「そうかな? 橘さんがそう見せてくれてるのかも。」


透は冗談めかして言ったが、実際には心の中での葛藤が続いていた。彼女が笑っている姿を見るたびに、自分が彼女をもっと笑わせたいと思う気持ちが膨らんでいく。だが、それは同時に彼女との別れがより辛くなることを意味していた。


「私、こうやって桐島くんと一緒に過ごせることが本当に嬉しいんだ。」


明日香は透の方を見て、心からの笑顔を浮かべた。その無垢な笑顔に、透の心は揺れた。今、この瞬間に、自分の気持ちを伝えるべきなのか、それとも彼女を守るためにこのままの関係でいるべきなのか。


透は深呼吸をし、決心した。どれだけ短い時間でも、自分の気持ちを隠して過ごすことはできない。彼女がどんな反応を示すかは分からないが、透は真実を告げることが、二人にとって本当の意味での「今」を大切にすることだと感じたのだ。


「橘さん、俺…」


その言葉が口をついた瞬間、透は初めて彼女に対して自分の本心を伝えようとしていることに気づいた。しかし、次の言葉が出てこない。心臓が早鐘を打ち、視界がぼやける。透は彼女の瞳をじっと見つめた。彼女もまた、その瞳に透を映し、次の言葉を待っているようだった。


透は再び深く息を吸い込み、心を決めた。そして、ゆっくりと、自分の心の奥底から湧き上がる言葉を絞り出した。


「俺、橘さんが好きなんだ。」


その告白は、静かな夕暮れの中で確かに響き渡り、透と明日香の間に新たな一歩を刻んだ。

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