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8話:零れる命

 血が止まらない。

 金属より劣るとはいえ、防御にも優れた高品質の法衣があっさり貫かれるなんて。


 ああ、そうだ。

 こういう時のためにリアの父親から貴重な霊薬(ポーション)を貰ったんじゃないか。


 慌てて腰のポーチをまさぐる。

 割れずに残っていた最後の一本の霊薬瓶を取り出し、中身を傷口に振りかけた。


「頼む、治れ。治ってくれ」


 最高品質の治癒の霊薬が効果を発揮し、損傷個所の復元が始まった。

 視界の向こうで皮膚の無い腕が蠢いているが、今はそれどころじゃない。


 気持ちばかりが焦るが、今は霊薬が効くのを待つしかなかった。

 患部で白煙が上がると少しずつ内側から肉が盛り上がり、リアの腹部に開いていた穴は塞がったが……。


「アル、ト」


「リアっ。ああ、よかった」


 意識を取り戻したリアを強く抱きしめる。

 触れ合った頬は氷のように冷たい。


「どうして俺を庇ったりなんかしたんだ」


「ごめんなさい」


「謝らなくていい。こうして無事に」


「違うの」


 リアが首を振ろうとしたが、少し首が傾いただけだった。

 何が違うというのか。


 その先は聞きたくない。


「血を流し過ぎ、てる。多分私はもう……」


 果たして人の出血の致死量はいくらだったろうか。

 正確には知らないが、仮に素人目でも致死量と分かるくらいに、リアの血は体から流れ地面に貯まっていた。


 命そのものが体から零れ落ちているかのように。


「でも霊薬で……くそっ」


 最高品質の霊薬も決して万能ではない。

 傷口は塞ぐが失われた血は取り戻せなかった。


 本来なら即死していてもおかしくない。

 それだけで奇跡かもしれないが、まだ足りない。


 他に何か手はないのかと必死に考える俺に、酸素が足りず呼吸の荒いリアが問いかけてくる。


「ねえ、据え膳って、どういう意味、ですか」


「リア、今はそれよりも……」


 どうして今聞くんだ。

 それはこの戦いが無事に終わって、屋敷に戻ったら教える約束じゃないか。


 刻一刻と失われていく時間の中で認めたくはないが、彼女に未練を残させてはならないという焦燥に駆られて答える。


「すぐ食べられるよう用意された食事のことで、それを誘惑してくる女性に見立ててあるんだ。つまりリア、君を抱くという意味だ」


 普段のリアならきっと恥ずかしがり、頬を赤らめるのだろう。

 だが彼女の体内にはその分の血液すら残されていなかった。

 今は血の気の失せた白い顔で、悲し気に微笑むだけだ。


「そっか、ごめんなさい、私もアルトに、抱いてもらいたかった」


「やめてくれ、頼むから謝らないでくれ……」


 今更になって後悔が押し寄せる。

 やはり迷宮に来るべきではなかったんだ。

 たとえリアと離れ離れになったとしても、生きていてくれた方が遥かにましだった。


「悲しい顔をしないで、私にとってアルトは、英雄譚の主人公と同じ」


「無理に喋らなくていい」


「あの英雄みたいにどんな困難でも、きっと乗り越えられる」


 いつの間にか、あれだけ荒かった呼吸が嘘のように落ち着き払っている。

 彼女はどこかすっきりとした表情をしていた。


「だから諦めないで、最後まで戦って。私の英雄さま」


「リア、駄目だ……リアっ!」


 冷え切った指が俺の頬を流れる涙を拭うと、リアの腕が力なくずり落ちた。


 俺の加護 〈孤独の王〉が残酷な現実を突き付ける。

 半径二十メートル以内に俺以外に心臓が動いている人間は居ない、と。


 ……頼む、リア。

 行かないでくれ。



 俺を孤独にしないでくれ。

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