5話:寄り添う加護
リアの加護は〈寄り添う心〉と呼ばれていた。
その効果は他者の加護の力を増幅させるというもので、俺の加護とは違う意味で特殊だ。
何せリアひとりでは何の効果も無い加護で、寄り添う相手がいて初めて力を発揮することができた。
孤独を強いられる加護と孤独ではいられない加護。
初めてリアの加護を身に受けた時の驚きは忘れられない。
それは三年前のある日、別行動を取っていたパーティーメンバーと合流するべく、王都へ続く街道を一人で歩いていた時のことだ。
前方に大破した馬車とその側をうろつく魔獣を見た時、俺は回れ右をして引き返そうとした。
どう見ても手遅れで生存者は居ないだろうし、無駄に戦闘する必要はないと判断したからだ。
だが〈孤独の王〉の副作用で、馬車の内部から人間一人の心臓の鼓動を感じ取ってしまい、思わず立ち止まる。
残骸と化した馬車の中にまさか生存者がいるとは。
そしてその一瞬が命取りで、うろついていた魔獣が俺の存在に気が付いてしまう。
こうしてなし崩しに戦闘が始まった。
俺は勇敢にも魔獣に立ち向かったと、その生存者は当時のことを目を輝かせて語るが、実際は逃げ遅れただけだ。
いたいけな少女の夢を壊すのも忍びないので真実は秘密にしているが、逃げ遅れたおかげで助けることが出来たのだから、お互いにとって幸運だったと言える。
治安の良い王都近郊でこのような恐ろしい魔獣と遭遇するのは、不幸としか言いようがなかったが。
その魔獣は全長二メートルはあろうかという、巨大な蟷螂だった。
周囲には馬車の護衛だったと思われる、複数の人だったものが散らばり、濃厚な血の匂いが漂っている。
あの血の滴っている蟷螂の鎌にやられたようだが、護衛たちは健闘したようだ。
蟷螂の翅は千切れ、右の後足を引きずり、腹の切り傷からは体液が流れ出ていた。
瀕死と言ってもいい状態だが、蟷螂は俺を威嚇するように千切れた翅を広げ、両腕の鎌を持ち上げている。
手負いの獣ほど恐ろしいものはないが……。
横薙ぎに振るわれた右の鎌を屈んで掻い潜り、手にした剣で斬り付ける。
生木を斬り付けたような鈍い手応えと共に、蟷螂の胴体に浅い傷がひとつ増えた。
思いのほか硬い。
護衛を全滅させただけはある。
蟷螂が傷付けられたことに怒り、呼吸器官である気門から空気を一斉に吐き出すと、獣の咆哮のように周囲の空気が震えた。
馬車の残骸の下に生存者が一名いるため、俺の加護 〈孤独の王〉はもう一段階強くなる余地がある。
〈孤独の王〉の副作用で半径二十メートル以内にいる人間の生死は分かるが、負傷の程度までは分からない。
だから早く助け出さなければ。
蟷螂と戦いつつ馬車から距離を取ろうとした時、残骸の隙間からこちらを見る碧い目と視線が合う。
それは成人前の幼い少女で、頭部を負傷しているのか額から血が流れている。
今にも崩れそうな残骸に挟まれ、不安そうな表情を浮かべていた。
俺は安心させようと深く頷いて見せたのだが、何を思ったか少女は残骸から身を乗り出そうと腕を伸ばした。
「 !? 駄目だ!」
その動きで積み重なった馬車の木枠が軋んで一部が崩れる。
音に反応して蟷螂が少女の方へ振り向いた。
より近くにいる無抵抗の獲物を発見した蟷螂が、標的を俺から少女に切り替えて鎌を大きく振り上げた。
まずい、馬車の残骸ごと叩き斬るつもりか。
阻止するべく俺が蟷螂に突っ込もうとした時に、不思議な事が起こった。
残骸の隙間から伸ばした少女の掌が淡く、黄金色に輝いたかと思うと、俺の体に輝きが伝播したのだ。
「うおおおお!?」
踏み込んだ黄金の右足は地面を陥没させるほど強く踏みしめ、体をロケットのように前方へ射出させた。
緩慢に流れる景色の中で、蟷螂の姿が次第に大きくなる。
気持ちは慌てていたが、不思議と体は急激な動きに対応していた。
一足飛びで蟷螂に肉迫し、湧き上がる力に任せて剣を振り下ろす。
斧で薪を割るような、得物の自重で勝手に裂けたような手応えの無さで、蟷螂の首を斬り飛ばした。
断末魔を上げる間もなく、鎌を振り上げたままだった蟷螂の巨体が崩れ落ちる。
その光景を少女は手を伸ばしたまま、どこか恍惚とした表情で見つめていたが、やがて力尽きたようにぐったりとしてしまった。
「だ、大丈夫か!?」
俺は慌てつつも残骸を崩さないよう、慎重に少女を助け出す。
これが平民冒険者の俺と、侯爵家令嬢のリアとの出会いだった。