難攻不落お姫様とトラブル遭遇
そんな生活が一週間続いて。
「あっ、おはよ!」
「ん、おはよう」
俺は、今日も人だかりが出来ているサーラの隣に座る。
学園へは別々に登校というのも、サーラと決めたことだった。
部活動は、いろいろ巡っては運動部で十二分にチームに混ざれるプレイを披露しては断りを入れるということをやっているらしく、俺の中でサーラをお姫様にするか王子様にするか議論が巻き起こっている。
とはいえ、そんな完璧超人が校内に転校してきたとなると、当然のことながら噂も立つもので。
「あの、綾戸さん! 今日の昼に時間があったら、その……!」
既に『学園一のお姫様』との渾名もついていた。
やっぱ他のみんなもそう名前つけちゃうか。つけちゃうよな。
これで成績も良さそうだし、マジで完璧超人だ。
そんなサーラはというと。
「あれっ、君も? 昼食後は須藤君に呼ばれているけど、一緒で良い? それとも後にする?」
「須藤か……。えっと、じゃあ放課後、とか」
「放課後は上の学年の……確かサッカー部だったかな? キャプテンの人と約束があって。ちょっと忙しくてごめんね」
「あ…………。えっと、分かった……やっぱりいい、です」
「そお?」
こんな感じで約束を取り付けられるようになっていた。
さすがに一日で予約の三人目が来るのは初めて見たけど……。
諦めた男子が肩を落として、自分達のグループに戻っていきどつかれている。
サーラの隣には話し好きの佐藤さんと、サーラに興味がありそうな男子連中を横目に、スマホを操作する。
連絡先は、母だ。
『綾戸紗亜良のこと、どれぐらい知っていた?』
俺のメッセージがすぐに既読になり、母からやたらと楽しげに笑うイラストスタンプが帰って来る。
『昔一緒に遊んでいたのを今も覚えていたなんて、あんたには勿体ないぐらい健気で可愛いよね! 大切にしなよ!』
最後にまた変なスタンプを送ってくる。
犬が親指立てて『良し』とか言ってる、独特の味わいあるスタンプだった。
いや何が良しだよ。
『変わりすぎてびっくりした。まあ仲良くやってるよ』
最後にそう返事をし、朝のホームルームが始まったところで電源を切る。
電話が鳴って没収されたクラスメイトを見ていたら、まあ放課後までは電源を入れる気にはなんないよな。
……それにしても、サーラはまた呼び出しか。
本当にここのところ連日なんだよな。
当然こうなるだろうなとは分かっていたけど。
なお、当のサーラはというと。
◇
「理由を伺ってもよろしいですか?」
放課後、たまたま体育館倉庫への用事を担任に頼まれていた俺は、近くでサーラの声が聞こえてきた。
間違いなく、告白タイムだろう。思わず動きを止めてしまった。
……しまったな、出るタイミングを逃してしまった。
ちなみに昼の相手はその場で振ったらしい。
「り、理由……そう! サッカー体験入学、上手かったって!」
「入部するつもりはないのです、申し訳ありません」
「あっ、マジか……勿体ないな、入ろうよ? なあ?」
「それ他の部でも言われましたね」
さすが自覚があるカースト上位、グイグイ行くな。
このサッカー部キャプテンの先輩は、見た目も良く女子人気もあるが、何だったか問題起こしたって噂もあった。
あくまで噂だが……果たして立った煙の火元なのか、もしくは放火なのかは分からない。
「つか別にいいでしょそんなの。一緒に遊ぼうぜ、なあ」
「ちょっと……!」
——おい、まずい展開じゃないか!?
俺は思わず倉庫の扉をガラガラと開けると、声のした方へと足を進めた。
「……あっ、そら君!」
俺を見るなりサーラは下の名前で呼び、サッカー部キャプテンの先輩は露骨に嫌そうな顔をする。
「は? なんだお前盗み聞きかよ」
「道具を取りに来ただけですよ。教員にも確認取ってみます? 何やってたか確認してもらってもいいですし」
「チッ、陰キャ野郎がよ……」
先輩がその単語を出した途端——隣から「え?」と凄まじく冷たい声が漏れた。
「先輩、そういうこと言える人なんだ。もう完全に駄目ですね」
「な、なんだと!」
「一応、私からも忠告しておきます」
サーラは既に帰る準備を始め、最後に振り返った。
「女性が一番嫌いなタイプの男は、立場の弱い店員に怒鳴り散らすタイプ。一緒にいて恥ずかしいタイプは、お友達から始めようという気にもなりませんね」
そう言って、サーラは「いこ」と俺の手を取って走り出した。
校門まで歩いて、サーラは振り返る。
「その……ごめんね」
「何でそっちが謝るんだよ、別にいいって」
「助けてもらったのに、すごく嫌な気にさせちゃった」
「慣れてるし、そんなに気にしてないから」
俺がそう返事をしたら、何故かサーラはますます申し訳なさそうな顔をした。
どう返事したものかな……と思っていたところで「おや!」と聞き慣れた声が聞こえてきた。
「綾戸さんと、帰宅部君!」
「帰宅部じゃないっつーの。じゃなくて名前」
「はっはっは! 悪いね、飯田君」
そこには、本を片手にやってきた佐藤さんがいた。
文芸部らしいんだけど、佐藤さんは自由人でその辺をうろうろしながら本を読んでいる。
これでちゃんと本の内容にも詳しい上に誰よりも文章を書くものだから、顧問の先生も文句は言えない。
「何かあったの? つか綾戸さん、どーだった? あの先輩相手なら、噂の難攻不落お姫様の牙城も遂に崩れるかっ!?」
「いや私はお姫様とかじゃないって。あとあの先輩は、今までで一番NGかな。根本的に嫌いなタイプだった」
「……ほほぉ〜、詳しく聞かせてもらっても?」
別に隠すことでもないからと言い切り、綾戸さんはさっきまでのやりとりを話し始めた。
俺が陰キャ呼ばわりされたことを、こちらを伺いながら濁そうとしたので「言ってもいいよ」と促したので、結果的に全部話すことになった。
一通り聞いた佐藤さんは、激辛麻婆でも食べたかのように舌を出して、明確に嫌悪感を露わにした。
「うわっ、そりゃねーなー。そっかそっか、渡辺先輩そういうタイプか。こりゃ噂も黒かも……ふふふ」
「あの、佐藤さん……?」
「いやー、助かる話ありがとう。女子同士で共有し甲斐があるね。女の敵には容赦しないよ、私」
攻撃的な顔でニヤリと笑う佐藤さん、頼もしすぎて敵に回すと恐ろしそうだ……。
「あと飯田君」
「ん、俺か?」
急に話題を振られたと思ったら、佐藤さんは嬉しそうに笑いながら、俺の胸を指でつついた。
「あの先輩に絡んで行けたの、ポイントすげー高いよ。こっちの噂は白、アテになんないね。じゃ、校内勢力図ちょっと弄ってきますか」
最後にそう声をかけて、佐藤さんは俺が体育倉庫に取りに行った大型巻尺を「渡しとくよ」と手に取り校内へと消えていった。
あれは……認めてもらえた、のかな。
「ほんと、嵐のような人だ……」
「そうだね……」
お互いそんな感想を言いつつ、今日はもう部活に行く気もないからと一緒に帰ることにした。
あんなことがあった直後だし、出来れば今日は一緒にいた方がいい。
気丈に振る舞っていたけど、手を握られた時に少し震えていたから。
「その、言いそびれちゃったけど……色々ありがとね」
「いいっていいって、その分俺も助かりまくってるし」
「家でのことなら、むしろ私の方も助かりまくってるから」
そんな会話をしつつ、少し指を絡めながら校門を出た。
噂好きの佐藤鈴歌は文芸部を目指しながら、ふと窓の外を見る。
「……現在学園の話題の中心、綾戸紗亜良さん。男に触られるのは苦手と聞いたんだけど、今日は自分から触れてた。もしかして」
校門で仲良さげに話す二人を見ながら——。
「触れるのが苦手って情報も嘘かぁ〜」
——核心に指先だけかすって、窓から離れていったとさ。