サーラの料理、二人の食卓
スーパーで一緒に買い物したら、もちろん帰り道も一緒だ。
なんてったって隣の部屋だし。
折角作ってもらうのだから、せめて食材ぐらいはと荷物を全て引き受けてアパートの玄関まで戻って来た。
「男手があると助かるよー」
「こういう時は頼ってくれた方が、こっちとしても心苦しくなくていいよ」
「だからそういうのいいんだってばもー。それにしても、おっきくなったよねえ」
「田舎に住む近所のおばちゃんか何かかな? ていうか成長したのはお互い様でしょ」
特にサーラの変化に比べたら俺なんて全然変わってないぐらいだもんな。
「食材、どうする? そっちの家に一旦持っていくか?」
「んー……冷蔵庫、もうモノ入らないんだよね。そら君のところ使わせてもらっていい?」
「構わない、どっちにしろ一緒に食べるわけだし」
大して私物もない部屋なので、荷物が増えるぐらいは問題ない。
サーラが上がってくるのは、昨日と同じこと……とはいえ、やっぱ女の子が俺の部屋にいるって状況は慣れない……。
「ん? ところで冷蔵庫、そんなにモノ入らないのなら食材は潤沢にあるのでは?」
「あー……」
答えづらそうにサーラは頭を掻き、目線を逸らす。
「……冷蔵庫の中に、お店で見かけた珍しい物とか面白そうなの買ってたら、いつの間にかパンパンになってしまいまして……」
「計画性とかないわけ……? 扱う食べ物がないと調味料は使いようがないでしょ」
「でもでも、都会の高めのお店に来ると、ゆずとすだちとかぼすが別々にあるんだよ? 全部買って比べてみたくならない?」
ちょっと笑ってしまうような話だけど、気持ちは分かる。比べてみないと味の差ってなかなか分かんないし。
なんだか段々サーラのことが理解できてきたかも。
あの頃のアヤトから、今のサーラになるまで好みみたいなものはそんなに変わってないのだと思う。
問題はそのおにぎり食べてたふとっちょ少年が、中身そのままお姫様になっちまってることだけど。
「それじゃあキッチン使わせてもらうね」
「ああ。手伝いが必要なら言ってくれ」
「その時は任せるよ、調理部の幽霊部員君」
我ながら実に頼りにならない肩書きで呼ばれたことに苦笑しつつ、椅子に座る。
標準的な一人暮らしアパートなので、キッチンとリビングは一体だ。
「ふんふふーん」
何の歌か分からない鼻歌を歌いながら、サーラは慣れた様子で玉ねぎを切っていく。
鍋に入れて、人参を洗って、じゃがいもの皮をピーラーで剥いて。
「うわ、このピーラーいいね。包丁もいいしまな板も……今日からこっちで料理したい」
「してくれるのなら別に使ってくれてもいい。メンテは俺の方でしておくし」
「やった」
そのぐらいで喜んで使ってくれるのなら、道具も冥利に尽きる。
俺は毎日ほどは使ってやってないからな。
それにしても……あのアヤトが今は料理か。
なんだか感慨深いモノがあるな。
「醤油はどこ?」
「確か、コンロ下の引き戸の中」
「どもどもー。……あっ、みりんと日本酒がある!」
「実家から送られてきたものだ。どっちも未成年では買えないからさ」
「これは嬉しいね。料理酒とみりん風だと味付けわかんなくなっちゃうもん」
「だよな」
サーラは本みりんの瓶を手に取り、鍋に入れていく。
食材が次々投入され、換気扇のスイッチを付けてコンロを点火する。
その一連の動作は、彼女が料理に十分に慣れていることを理解できるものだった。
飽きないエプロンの後ろ姿を眺めながら、俺はサーラの料理を待った。
◇
「そろそろできた、かな」
良い匂いがアパートの室内に充満し、コンロの火を止めたところで器に料理を盛り付けた。
テーブルの前に置かれたのは、鶏肉とれんこんの煮物。
野菜も沢山の種類が入っていて、実に健康的なメニューである。
「どうぞどうぞ」
「ありがたくいただくよ、いただきます」
一言断りを入れ、鶏肉に箸を通す。
口に含むと……しっかり味付けされた鶏もも肉に、味の染み込んだ牛蒡は柔らかく煮込まれている。
この二つの食材だけで、美味いと分かる。
「凄いな、真っ当に上手いというか、美味い。びっくりした」
「えっへん! いつまでもおにぎりしか作れない私ではないのです!」
俺の正面に座り、自分の作った料理を咀嚼して、その出来に頷くサーラ。
これ、役得過ぎるよなあ。
本当にとんでもない幸運だ。
「というより、素材がいいよね。あのみりんも醤油も、いいものでしょ。ちょっと使うの悪い気がしちゃった」
「使われないままよりは断然いいよ。使われることで価値が出るものだから、サーラさえよければどんどん使って」
久々に食べる本格的な和食に、食べ始めてから思い出したかのように腹が減ってきた。
ご飯も欲しいな。
「サーラも食べる?」
「うん、欲しい。あと七味もあると嬉しいな」
なるほど、確かに七味は合いそうだ。
その要望に応えて、調味料を沢山入れたスタンドをテーブルの方に持ってくる。
サーラはその棚を覗き込んで、ご飯の方も見て……最後に俺へと目を向けた。
「ゆず七味、山椒七味、梅七味……ご飯は五穀米?」
「十六穀米。良さそうなの探すの好きでさ」
「……。ものは相談ですが、こんな形でよろしければ毎日食べに来てもいいでしょうか?」
「ああ、サーラさえよければ歓迎するぞ」
そう伝えると、サーラは「やった……!」とガッツポーズを小さく取って、ゆず七味を手に取った。
むしろこっちの方が貰ってるものが多すぎて、ちょっと申し訳ないぐらい。
明日あたりは俺が料理しようか。
しかし……これ、クラスにバレたら爆発させられかねないな……。
「そら君、ところで」
「うん」
「ぶっちゃけそら君も、珍しい食べ物とか調味料、好きな方?」
「そりゃもちろん」