秘密の関係を家で深めよう
教室へ別々に帰ろうという俺の提案に、サーラは首を傾げる。
きっとクラスの中心になれそうな彼女は、こういう悩みはないのだろうな、と思いながら。
「秘密の関係?」
だから俺は、こう提案した。
「そう。他の生徒が知らない、俺達だけの関係みたいな」
「あっいいね、面白そう」
よし、乗ってくれた。
面白そうなことなら賛同してくれるんじゃないかと思ったのだ。
ただもちろん、察しも良いみたいで。
「もしかして、あんまり目立ちたくない方?」
「うっ……まあ、そんな感じかな。ああそろそろチャイムが鳴るから先に行って」
「おっけー」
ちょうどいい時間になっていたので、サーラはそれ以上追求せずに屋上から出ていった。
賑やかだった声がなくなり、急にがらんとした無機質な屋上が寂しげに感じられる。
……去年は一年、ずっとこんな感じで慣れていたのだけれど。
「サーラは友達、沢山できるだろうな」
誰もいない屋上で自分に言い聞かせるように独り言を呟くと、俺も授業に遅れないよう屋上から降りた。
◇
「綾戸さん、部活はどこか見学する? 何得意なの?」
再び休憩時間は、左隣が溜まり場となっていた。
「えっ、んーっと……」
サーラはちらちらと俺の方に視線を向けつつ、五限連続で休憩時間にやってきた佐藤さんへ返す言葉を選ぶ。
「じゃあ、クラスのみんなが何に入っているか聞きたいかな」
「おっ、いいよ! えっとねーあたしはねー」
それからお喋り好きの佐藤は、よく覚えているなというぐらい一人一人の部活を言い当てた。
「——ってところ!」
「あれ? えっと、そ……飯田君は?」
佐藤さんが一人一人挙げていく中で、俺の名前は呼ばれなかった。
サーラがその疑問を呈し、当然佐藤さんは俺の方を向く。
黒髪のショートボブが揺れて、俺の方を向く。
「飯田君、前美術だっけ。幽霊部員で今抜けたって聞いたけど」
「佐藤さん詳しすぎない……? 一応今は調理部」
「交友広いからね! で、調理部も幽霊部員?」
「……まあ、そんなところ。全く出ていないわけではないし、俺の他にも幽霊部員は多いよあそこ」
俺の答えにサーラが何度か頷き、結局「まだ決められないなあ」と返してその場は終了となった。
放課後、いつものように俺は自宅へ直帰だ。
サーラは担任と今後の話があるようで、HR直後に連れて行かれた。
教室からの去り際。
「またね」
サーラが俺に振り返り、軽く手を振る。
自然だったので、俺も「ん、また明日」と返した。
——教室からサーラが出た直後、クラスの前の方にいる集団が俺の方を振り向く。
じっと俺を見るのは、このクラスにカーストがあるとすれば間違いなく上位グループの中心人物である山本才花。
あいつは、同じ中学にいた。
金髪のウェーブヘアから視線が数秒刺さるが、すぐに興味を無くしたように周りの男子を連れて教室を出た。
……これだから、目立つのは嫌なんだよな。
◇
帰ってきて冷蔵庫を見ると、食材があまりに心許ない。
俺は私服に着替えると、マイバッグを折りたたんでポケットに入れて近所のスーパーを目指した。
「卵と、牛乳と……」
めぼしいものを買いつつ、少し消費していたカップ麺やレトルトカレーあたりも籠に入れる。
「最近ポテチ系の新作ラッシュが凄いんだよな。何か面白いものでも……うおっ」
棚を見ながらカートを押していると、曲がり角でカートの先端同士がぶつかった。
衝撃と共に、小声で女性の慌てた声が聞こえてくる。
「すすすみません! よそ見をしていて……あれ?」
「こちらこそ……ん?」
その相手を見ると、なんと制服姿のサーラがいた。
偶然の出会い……とはいえ、部屋が隣同士なんだから、スーパーに寄るとなると同じ所を利用するのは当然か。
「サーラも買い物?」
「そう。なんか変な商品ないかなと思って」
「そこは美味しい商品とかじゃないんだ?」
「こういう棚って、変わり種の方が好きなんだよね」
その気持ちは分かる。特にサーラは、そういうのが好きそうだしな。
「あっ、そら君レトルトとカップ麺なの? 調理部なのにー?」
「部活は関係ないだろ。別に料理しないわけじゃない。ただ野菜を買うと、一人でも人参一本すら消費に苦労するんだよ」
「あー、それは分かる。おっきいやつだと煮物に入れたら四人前ぐらいになっちゃうよね」
一人暮らしの料理は大変だ。
何が大変って、一人分の量というものに対して調理の手間にかかるコストが高すぎる。
作ったら作ったで、腐らせる前に同じ料理を延々食べ続ける羽目になるしな。
一人暮らしの冷凍庫は、作り置きを置けそうなスペースをアイスが圧迫していて現在満室のアパート状態だ。
「そう言うサーラはどうなんだよ」
「えっ私!? 私は、もちろん、料理、してる……よ?」
若干歯切れの悪い返事を聞きながらサーラのカートを見ると……。
「……うに塩辛、サバ缶。のり佃煮……。いや俺よりも大分作ってなさそうなメニューじゃん」
「えっと……ごはんがおいしいお年頃なのです……」
「まあ別に責めてはいないよ。出来ないなら出来ないでいいし」
「むっ」
俺の一歩引いたコメントに、むしろサーラはむっとした。つーかむって言った。
怒ったかな?
「料理、がんばったもん。作る機会なかっただけだもん」
「ごめんごめん、疑ってないって」
「ほんとにー? あっ、えっとね。それじゃあ」
サーラは名案を思いついたように、目を輝かせて手を叩いた。
「私が作ったら、半分食べてくれる? お隣さんだし、いいよね?」
「それは勿論いいけど……いいのか?」
「いーのいーの。自炊しながらダイエットって量だけが問題だから、ほんとに助かるよ」
明るくそう告げると、サーラは器用にもカートを手にスキップしながら鶏肉のコーナーへと足を運んだ。