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延長線上にあった二人の関係

 サーラが箸で摘まんだ、タルタルソースの具材。

 視認したところで、それが一体何であるかは分からない。


 そんなサーラの姿に若干の敗北感を覚えながらも、自分の手元にあるそれを箸で掻き分ける。

 ——あった、これだ。

 小さな物体。四角く切られた何か。

 その粒を口に含み、確かめるように丁寧に咀嚼する。


 比較的固い食感。

 普通ならピクルスだろうが、こちらは若干固い。

 噛むほどに、燻製肉のような風味が広がって……。


 ……これは、まさか。


「『いぶりがっこ』か!」

「正解!」


 いぶりがっこは、日本の郷土品の一つだ。

 秋田県のたくあんであり、大根の漬物である。

 これだけ聞くと、そこまで珍しくは感じないだろう。


 ただし、この漬物だけは全く違う。

 文字通りいぶり、燻製にしているのだ。

 その香りは完全にスモークチーズやスモークサーモンのそれで、和食の範疇に収まらないほど香ばしく美味い。


 これをサーラは、自家製タルタルソースの中に、細かくみじん切りにして入れたのだろう。


「お店でそういう食品を見つけたんだけどね。自作してみたらいけるかなって思って」

「いや、マジか……文句なしに美味い。完全に予想外すぎた……」


 自家製タルタルソースの中に半熟卵の破片など、様々な工夫が見え隠れする。

 市販品では賞味期限の関係で、半熟卵みたいなものを入れるのは難しい。

 間違いなく、ここでしか食べられない味だろう。


 今日、創作料理に関する話を調理部で学んできたばかりだ。

 どんな食材も、ただ雑多に混ぜまくるだけでは創作料理とは言い難い。

 その点、このタルタルソースは『創作料理』という看板に相応しいものだ。


 素直に『負けた』と思った。

 完敗だ。


「よーし、これで……二勝一敗かな? と言おうと思ったけど、そら君のテリーヌでも完全にやられちゃったので二勝二敗かも。なかなか出し抜けないなあ」


 サーラにそう言われて、俺は目を丸くした。

 すっかり驚かされてばかりの俺に対し、サーラは再び笑い出す。


 ……二勝二敗、だと。


「わさび漬けの驚きの分をそら君の食材でやり返されちゃったから、いずれ私が驚かせようと思ってたんだよね」

「それを言うと、そもそも勝ち越しですらなかっただろ」

「最後の一勝を取られてると、負け越してる気がしちゃうもん」

「その気持ちは分かるが……」


 そう。

 その気持ちが分かるが故に、まさに今現在俺が一歩リードされた気分を味わっているところなんだよ!


「そら君の台所は完璧に把握しちゃったから、そうそう簡単に私は驚かせないよ~?」

「や、やられた……! 俺も出せる手札なんて残ってないぞ」

「ふふっ、私も負けず嫌いだからね」


 初日のようないたずら心満載の笑顔で、サーラも自分の料理を食べて「我ながら美味しい」と感想を述べる。


「むむむ……覚えてろよ、俺も何かやり返すからな」

「うん! いつでも待ってるよ。やり返してくれるまで離れる気は絶ッ対ないから! あとやり返されたらすぐにまた私もやり返しちゃうから!」


 勝者の余裕だなおい……必ず何か驚く物を用意してやるぞ。


 しかし現在の勉強完璧サーラ姫に、アイデア一つでやり返せるものってあと何が残っている?

 今日のように、珍しい料理で一手返すこともできる。

 ただ、俺のお気に入りの店を以前教えた以上、簡単ではないだろう。

 サーラとの決着……決着?


 そこまで理解して……ふと思った。


 かつて俺は、アヤトに意趣返しできないまま引っ越されて悲しんだ。

 サーラの引っ越し直後、俺の食材を見て一発やり返した。

 そのサーラによる創作料理で、俺はまた一勝された。

 サーラは何度でも、俺をやり返すつもりらしい。

 その上、俺がやり返すまで離れるつもりはないらしい。


 お互いに、お互いを驚かせる料理を出し合う。

 お互いが、お互いの一手が来るのを待ち続ける。

 つまり、永久に決着つかないのである。


 ――それって、何か問題か?


「ね、そら君」


 ふと、サーラの声で現実に引き戻される。


「楽しいね」

「ん?」

「なんだか昔、おにぎりを作ってた頃に戻ったみたいで」


 ……そうか。


 変わったこと。

 変わらないこと。


 それらを全て含めた上で。

 きっと俺達は、ずっとあの頃の延長線上にいるのだ。


「俺達って、案外変わってないままなのかもしれないな」

「あっ! 私はそら君のこと、あの頃のそら君のまま変わってない! って最初に思ったよ!」

「何だよそれ、大して成長してないみたいじゃないか」

「なんで!? そら君はすっごく変化してるよ!」

「今のサーラのトリ頭っぷりを見たら、学園の連中も卒倒するだろうな……」


 そんな俺にしか見せない姿を眺めながら、俺はタルタルソースの載ったフライを口に入れ、サーラはテリーヌを口に入れた。

 俺はサーラの料理を子細に褒め、サーラは何故か競うように俺の料理の方が上であることを解説する。

 なんで意地になってるんだよ、笑うだろ。


 学園の姫、綾戸紗亜良。

 俺にとってこの上は存在しないと言い切れるほどの、最高の恋人。

 それでいて……男の子だと思っていた頃のままの、アヤト改めサーラ。


 明日は何を作ろうか。

 明日は何が出てくるだろうか。


 テーブルに一緒に出していたわさび漬けを十六穀米の上に載せ、満天の星を眺める。

 明日もよく晴れそうだ。

これにて一章終了です。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました!


男だと思っていたら女だった、という設定自体は何年も前からよく見るネタだったので

この作品ではその過去設定を捻りつつもう一歩踏み込んで、過去自体が成長の理由になる内容を考えていました。


自分にとっては初めてのラブコメ作品でしたので、こうして沢山の方に読んでいただけて本当に嬉しいです!

現在拙作『黒鳶の聖者』の5巻刊行作業をしており、他にもいろいろ予定があるのでペースは落ちるかもしれませんが

こちらもまだ書きたいエピソードがあるので、更新していきたいです。

またこうして新作も書いていきたいですね。




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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです、お腹が空きました(笑) 良い物語をありがとうございます。
[良い点] お似合いすぎる……。 完結かと思いきや、まだまだ先があるんですね! 楽しみにしています、毎回とても楽しかったです!ヽ(=´▽`=)ノ
[良い点] いぶりがっこと聞くと、現状の生産者の方達の悩みを想起されて少し悲しくなってしまいますね。 猶予期間が終わってから以降どうなるのか? それくらい魅力的な食材なんですけどねぇ。 タルタルソース…
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