アヤト改めサーラは和食党
「あの、綾戸さん、近い近い」
「もーっ、他人行儀! アヤトでいいよ。いや待って、良くない良くない。紗亜良って呼んで」
「さ、サーラ?」
「そう!」
アヤト改めサーラは、嬉しそうに頷くと持ってきた鞄を開く。
屋上、女子生徒、昼食……。
もしかして、これは手作り弁当……!?
かと思ったが。
「私は、これ!」
思いっきりコンビニおにぎりだった。
「そこは普通に買い食いなんだ?」
「作って来ようかと思ったんだけど、ぶっちゃけ夜眠れなくて朝寝坊しました」
「サーラも?」
言った瞬間、しまった、と思った。
これでサーラにも俺が寝坊したことが伝わっただろう。
興味深そうに俺を覗き込む綺麗な目と目が合い、思わず逸らしてしまう。
「……もしかして、私が越してきたから、だったり?」
「まあ、その。越してきたからというより、以前との違いを考えてたというか」
「あはは、そりゃあねー。ふとっちょだったもんね、私」
——そう言われた瞬間、おぼろげだったサーラの昔の姿を思い出した。
サーラが男の子に見えたのは、何も頭が丸刈りだったからだけではない。
俺より体が大きい印象が強かったのは、太かったからだ。
男勝りとかボーイッシュみたいなタイプじゃなくても、女だと思ったことは一度もなかったのはそれが理由だった。
そう思い出すと同時に、今のサーラのスタイルの良さにどうしても注目がいく。
高校生にしては、体のラインが……いやいや、考えるな考えるな。
「ってことは、痩せるために頑張った?」
「もうめっちゃ頑張りました! なので褒めて下さい」
「そうなんだ。本当に凄いよサーラ、マジで偉い」
「やった、嬉しい。頑張った甲斐あったよ」
その頑張りに対しては気易い一言だったが、それでもサーラは喜んでくれた。
本当に、凄いな。
良い方向に変化していると言い切れる。
あの太い丸刈りの少年が、ここまでのお姫様になるのだから。
俺は……何か、変わっただろうか。
以前とは違うと思うが……それが良い方向かと言われると。
「……ん? そら君それ焼きそばパン?」
「ああ、そうだよ」
「お米の方が元気出る感じだから、最近はパンあんまり食べないなあ。焼きそばパンみたいに炭水化物ばかりもね」
「サーラは和食派?」
「どちらかというとね。といってもハンバーガーも食べるよ? グラタンコロッケとか好きだし」
「……グラコロバーガーは、小麦粉のソースを小麦粉で揚げて小麦粉で挟んだものでは?」
俺のツッコミに一瞬フリーズすると……目と口を見開いて驚愕の表情をした。
「グラコロバーガーは悪い文化、ダイエットの天敵。滅ぼさなくちゃ」
「いや極端だな!?」
「冗談冗談」
本気の声色から、明るくおどけて笑うお姫様。
……昨日も思ったけど、こいつ結構冗談好きというか、いい性格してるな?
「焼きそばパンかあ。進んで買うことないし、せっかくだから一口ちょうだい」
「ん? いいけど」
サーラの要望に答えて俺がパンをちぎろうと思う前に……なんとサーラは、直接俺の焼きそばパンにかじりついた。
「お……おま……」
「ん〜っ、たまにはこういうのもいいなあ。あと紅ショウガ多めなのが良いね」
いや、既に俺の食べかけだったが良かったのか? つーかこれを俺が食べていいのか?
そんな俺の気を余所に、サーラは自分の囓りかけのおにぎりを目の前に差し出した。
「ほらほら、分けっこ。昔もよくやったよね」
「いや、俺はその……」
こっちの気も知らずぐいぐい来る彼女を前に、俺は少し顔を引いた。
しかしその瞬間——サーラは一瞬はっとして、眉根を寄せた。
「あ……もしかしてこういうの、もう嫌、だった……?」
俺の行動を拒絶と捉えてしまったのか、サーラは悲しげな表情で顔を伏せた。
その姿を見て罪悪感が湧き上がると同時に、何故こんな好意的な行動を俺は拒否しているのかと自分で自分に腹が立った。
——俺の過去と、この子は関係ないもんな。
「嫌じゃないし俺だけ取られてるのも不公平だし、そういうことなら遠慮なくもらうぞ」
「あっ」
俺はサーラの手を強引に取ると、持っているおにぎりを口に突っ込んだ。
触れた瞬間、柔らかい肌と細い指の感触が、今のサーラが凄く綺麗な女の子であることを否応がなく意識させられる。
少し強引すぎたかな。
照れ隠しに俺が咀嚼していると、サーラは僅かに微笑んで、俺の食べたおにぎりをそのまま口に含む。
確かに昔もそういうことしてたけど、今も気にしないのか? こっちは気が気じゃないんだけど。
他のヤツにも同じ感じなんだろうか……気になるけど、聞きづらい。
それにしても、これは……。
「……辛子高菜なんだ」
「わさび漬けじゃなくてがっかりした?」
「いやコンビニおにぎりのメニューにわさび漬けがあってたまるか」
俺のツッコミに、再び口に手を当ててくすくす笑う。
昔の男っぽい時からの笑い方なんだが、今の容姿でやられると本当に上品で綺麗だ。
話題は完全に悪戯姫って感じだけど。
「ちなみにもう一つは?」
「これ? しそ梅たくあん」
やっぱ相当な和食党だと思うよサーラ姫。
「そろそろお昼も終わりだね」
「ああ、戻ろうか」
「うん!」
俺は笑顔の眩しいサーラを意識しすぎないよう、焼きそばパンの残りを食べる。
しかし食べた後、彼女の囓りかけ間接キスであることを思い出して余計に意識する羽目になるのだった。
……あれ?
ところでこのまま教室に行くと、俺達一緒にお昼食べてたのバレるのでは……?