仲間に話す、二人の関係
佐藤さんの言い方は、ほぼ確信していると言って差し支えがないものだった。
まあ佐藤さんとは、休日に会っているから仕方ない部分もあるが……。
急な話題に、正面のサーラと目を見合わせる。
「この話題を出した理由は、この内容がNGなら早い段階でそうだと共有しておきたかったってのがあるの」
ああ……なるほど。
佐藤さんは、清一、俊、長瀬さんに、情報を共有しようとしてくれているのだ。これが『触れていい話題かどうか』ということを。
特に、わざわざこういう言い方をしたということは、他の三人ももう気づき始めていると判断したからだろう。
「特に先日。サーラっちにチャット送って私達のスケジュール確認させたりとか、サーラっちもそれを喋っちゃったりとか。普通に仲いいの、私達以外にも知られちゃいそうかなって」
うっ、それは確かにそうだな……!
あまり意識しなかったが、サーラと他の男子がチャットでやり取りしている話は聞いたことがない。
そんな中で自然とサーラが俺とのチャットを話していたら、長瀬さんだって気付いているだろう。
「とはいえ話せないのなら、そう言ってくれたらいいよ。そのことも含めて、ここにいるみんな、誰にも話さないから」
佐藤さんの言葉に、三人も黙って頷いた。
そうだな……ここまで仲が進展して、何も事情を話していないというのも不誠実に感じる。
ただ、サーラがどう思うかを最優先したい。
「綾戸さんとしては、どうだ? もし嫌なら俺は一切話すつもりはない」
「私はそれこそ、全く問題ないんだけど……飯田君は、どう? どこまで話すかも含めて、飯田君に任せていいかな」
「そんなに俺を信用していいのか?」
「今更だよー。私はまるっと、ぜーんぶ信頼してるよ。どんな時も、絶対間違えないって」
そんなサーラの発言を、男子二人が驚愕の表情で、佐藤さんは口角上げて全力の笑顔で、長瀬さんは恥ずかしそうに顔を手で隠しながら聞いた。
……うん、今の発言だけでほぼ肯定みたいなもんだったぞサーラ。
「分かった。それじゃ、一番分かりやすい話を出そう」
「うんうん」
「綾戸紗亜良……サーラは元々、こっちに住んでいた俺の幼馴染みだ」
これには四人とも驚いていた。
綾戸さんは、自分が元々この近くに住んでいたことを話したことはない。
「そら君とは、両親同士の付き合いもあったんだ」
「こりゃあ鈴歌ちゃんも知らないわけだ、納得の納得さんだわ。そりゃみんなの憧れサーラ姫も見慣れてて、珍しくは感じな——」
「それは違うよ」
サーラは、佐藤さんが調子よく話している途中で、少し強めのトーンで声を差し込んだ。
「そら君は、幼稚園の頃の幼馴染み。あの頃の私は丸刈りで、ふとっちょで、引っ込み思案で友達ゼロだった」
「お、おおう……そうだったんだ、全く想像つかない。……あれ、じゃあなんで飯田君は」
「そう。そら君だけ、私を誘ってくれたの。『サーラ姫』じゃない私を認めてくれたのは、そら君だけなんだ」
そこまで持ち上げてくれると、さすがに嬉しさと恥ずかしさ……というより、罪悪感の方が勝ってしまうんだよな……。
「俺としては、話が合う友達が出来た、ぐらいの感覚だったんだが」
「それで誘ってくれたのがそら君だけだったから凄いんだよ」
「何というか、そこまで褒められるとな……。当時は本気で男だと思ってたし。まあ今はさすがに違うかな」
「……じゃあそら君は、あの頃みたいに私の方が身長も体重も上で、丸刈りの女子高生だったとして……今と同じような関係になってると思う?」
サーラはふと、真剣な顔つきで質問をした。
この問いには、中途半端な気持ちでは聞いてきていない、サーラの本気が感じられた。
なら、俺も真剣に答えるべきだろう。
かつて、男の子だと思っていたアヤト。
いっしょにおにぎりを作って食べたアヤト。
わさび漬けに驚く俺を笑いつつも、一緒にそんな具材をたくさん探したアヤト。
そして——わさび漬けクラッカーで驚く俺を、全く同じ笑い方で迎えたサーラ。
「いや余裕だろ。全く同じ反応にならなくとも、最終的には俺とサーラってこういう関係になったんじゃないか? なんつってもそっちの趣味全く変わってねーし。引っ越しの挨拶が蕎麦じゃなくてわさび漬けは前衛的すぎるぞ」
「それを言うならそら君もだよ、どこに十六穀米を炊飯器に仕込んでいる男子高校生がいるのよもう。調味料棚とか見た瞬間、三食お世話する案ふっとんじゃったもん」
「その案、今初めて聞いたんだが……」
中学生の頃は色々あったが、最後の砦としてだらしない生活だけは送ってなくて良かったな俺。
今頃サーラなしでは生きていけない体にされていたぞ。
とはいえ、俺の出した答えに満足したのか、サーラは口に手を当てて笑った。
みんなの前だというのに、少し子供っぽさが現れているぐらいには嬉しそうだ。
「あ、あの……」
ここで初めて、長瀬さんが話に入ってきた。
「引っ越し蕎麦に三食お世話ってことは……お二人って、お隣同士なのですか?」
「……あ」
「はっ!?」
俺達は、見事に自分で自爆したことに気付いた。
ここまで来たら、誤魔化すのは不可能だろうな……。
「包み隠さず話すと、俺達はアパートの隣同士だ。味の好みが合うので、意見も割れず仲良くやってるな」
「えへへ、休日どころか平日もいつも料理を作り合う仲です。そら君の料理って究極の和食って感じで、すごく美味しいんだ〜」
「ほげえ……鈴歌ちゃんの予想から遥かに天井突き破っちゃった……カップルというか熟年夫婦じゃん……」
まあ、正直恋人というよりも家族っぽい付き合い方だとは思う。
……いや、そもそも俺とサーラってどういう関係なんだろうな。
正式に言葉を交わしたことがなかったように思う。
サーラは俺をどう思っているか。
いや、それより先に真面目に向き合うべき気持ちは、俺がサーラをどう思っているかだよな。
なんて、もちろん答えなんて決まっているわけだが……。
「いやー、ここ最近の疑問がぬるっと解消できて大満足だぜい。二人の仲は、もちろん公言しない方がいいんだよね」
「ああ、そうだな。教室で目立ちたくない事情もあるので、秘密にしてくれると助かる」
「おっけおっけ。ま、私としてもそっちの方がいいと思うよ。みんなは?」
佐藤さんが、話を聞いていた三人の方を見る。
「おう、もちろんだぜ。ていうか単純に話せねえわ」
「僕達にも影響ありそうだし。とはいえ、個人的には一番しっくりくる組み合わせというか」
「お、お二人ならお似合いですし、あたしも秘密を守ります……!」
三人の好意的な反応に感謝をしつつ、俺はひとつ決心をした。
このままはっきりさせずにいても、何も問題はないだろう。
ただ、こうして皆とともに再確認して、改めて思ったことがある。
それはきっと——正面のサーラも思っていることだ。
『帰ってから、話がしたい』
そのメッセージに『私も同じの送ろうと思ってたよ』と返ってきた。




