打ち上げで振り返る、皆の活躍
サッカー部キャプテン、渡辺。
その停学が翌日火曜に、続いて退学か転校の噂が金曜に出始めた。
「それでは、清一の復帰と私達のスーパープレイと、鈴歌ちゃんの魅力に」
「乾杯! って、最後のは何なんだよ」
「ただの事実だぜい」
音頭を取った佐藤さんが、炭酸の浮いた黄色い飲み物を呷り「ぷはァ! 仕事終わりに効くゥ!」と叫ぶ。
まあただのジンジャーエールなんだけどな。
晴れて自由の身となった清一と共に、日曜は六人で祝杯だ。
とはいえ高校生が集まれる場所なんて知れている。
いつものファミレスだ。
「それにしても、想像以上に効いていたな」
「私もびっくりだよー、俊様々だね」
あの日表立って動いてはいなかったが、恐らく今回一番影響を与えたのは早間俊だ。
月曜昼に六人で学食を食べるアイデアを出したのは、俊だからな。
「でも、俊がこんなに積極的に作戦を練る奴とは思わなかったな」
「僕も普段は好きじゃないよ、でも勝敗に関しては結構うるさいからね。個人のスキルならともかく、我が侭でチームが負ける。そういうのが一番嫌い」
「それはゲームの話もか?」
「もちろん。絵の具塗りたくるゲームでも全く動かないユーザーがいたら、一日中ドアに足の小指をぶつけ続ける呪いをかけてるよ」
なんと地味ながら恐ろしい呪いだ……。
俊とチーム戦をする時は、通信回線をしっかり確認しておこう。
「レコーダーも役に立ったようでよかったよ」
「もーほんと大助かりだぜい! あれで後輩のマーちゃん、ほら可愛い系の一年……あの子が主張していた悪行、全部事実ということで先生に通ったからね」
あの日、俺は確かに清一がやられたことを撮影していた。だが俺のメインは悪行撮影係ではない。
マイクで会話を録音する係だ。
撮影係は、佐藤さん。その上でレコーダーに映像を重ねれば、遠くから撮影していた佐藤さんの映像にフルで音声がつく。
俺に掴みかかった時の八つ当たり同然の言いがかりも、サーラを使い捨てのように扱おうとしていたことも。
「あれからこの鈴歌ちゃんは渡辺先輩被害者の子も集めて、先生と顧問と学園長に話を通してきたわけよ」
「行動力がありすぎる」
「私としてもさ、女の子の味方で情報通を自称しておきながら、被害広がるのに後手後手だったからねー」
佐藤さんは面白いもの好きでどこか軽い印象も受けるが、こういう時には誰よりも正義感で動ける人だ。
サーラが被害に遭う前から、事情を知っていたようだしな。
最後は佐藤さんの『こういう動画、最近もネットに上がって騒動になりましたよね〜。顧問と学園長が地上派デビューしちゃうかも?』という脅迫が決定打となった。
佐藤鈴歌、本当に恐ろしい女である。
「まー私としては、この転落劇を楽しんでる部分もあったけどね!」
「俺の感心を返してくれ……」
やはり佐藤さんは佐藤さんだった。
「とはいえ」
少し雰囲気を変えた佐藤さんは、ジンジャーエールの底をストローでズズッと飲み干す。
「ある意味連鎖途中の被害者っつーか、渡辺先輩がああなったのも分かる部分はあるんだよね」
「……どういうことだ?」
佐藤さんは、一連の話を教員達に通した後に、こっそり話を聞けるよう動いたらしい。
盗聴はしていないとのことなので、随分と危ない橋を渡っているようだ。
父親が来て、開口一番渡辺先輩に『社の立場が悪くなったらどうしてくれるんだ! 昇進前だぞ!』と叫んだらしい。
心配するのはまずそこか……という感想とともに続きを聞くと、今回の騒動の原点になる話が現れた。
「渡辺先輩はこう言ったんだよね。『あんたも部下と不倫してるだろ!』って。まあその後部屋が揺れたっぽいのと先生の悲鳴が出たので、多分パパさん殴ったねありゃ。私はそこでスタコラサッサしましたわー」
……思った以上に、闇の深い話だったな。
じゃあ渡辺先輩がああなったのは、自分の父親が女遊びしている姿を見てのことか。
特に先ほどから、母親側が話に一切出て来ないのも気になる。
不倫ということは、離婚してはいない。
だが息子の不祥事に顔を出せないのは恥を意識してか、それとも最初から興味がないのか。
どちらにせよ、完全に崩れきった家庭環境だ。
「とはいえ、それでも渡辺先輩が最低だったことには変わりないけどねー。鈴歌ちゃん、理解はするけど同情はしないのです」
「親がクズでも健全に育つ奴は沢山いるし、その……比較での被害意識? みたいな概念を第三者に向けて解消しているようでは、同情もできないってことだな」
「実にいい教訓まとめをありがとう!」
事情を話し終わると、佐藤さんはからっと笑って次の飲み物を取りに行った。
メロンソーダにアイスコーヒーを混ぜだしたので、見なかったことにした。
「うー……それにしても」
「どうした?」
腕を組んで、サーラが唸る。
「どうして、私が渡辺先輩をやっつけたことになってるのかなあ……?」
ああ……そこか。
渡辺先輩の転落劇は、瞬く間に広まった。
元々背も高く見た目も良く、表面だけなら問題らしい問題はない人物だったのだ。
それがサーラによる告白バッサリ事件と佐藤さんの動きにより粗が見え始め、清一の件で他のクラスにもいるサッカー部員にも『実は相当ヤバいんじゃないか』と噂が流れ始めた。
最終的に、先日の一件が決定的となったのだ。
その最後の一撃を下したのが、サーラ姫であるという噂が流れた。
「私、ほんと何もやってないんだよね」
「本当に何をやったか覚えてないか?」
「えっ、私何かやっちゃってた?」
凄いな、ナチュラルにその台詞が出てくるとは……。
サーラは確かに、この騒動で大きく動いたわけではない。
ただサーラは、自分の影響力を知らなさすぎる。
「渡辺先輩に向かって『最低』って言っただろ」
「……あー。あーあー、うん、言ってたと思う。……えっ、それだけ?」
それだけ、である。
そう。
サーラは自分の『それだけ』の攻撃力を全く分かっていない。
あの日、先生がやってきても渡辺先輩が暴れなかった理由。
それは、サーラの一言を受けた直後、放心状態になってしまったからだ。
その一瞬のやりとりは、ここで変な色をした液体を飲む面白い女によって、あっという間に広がった。
ただしチャットへの流出ではなく、懇意にしている相手に見せて回るという地道かつ着実な方法で。
明るいサーラから発せられた、冷たい発言。
絶望した顔で二の句を継げない渡辺先輩。
動画を見た者は、一発で分かっただろう。この人は終わった、と。
渡辺先輩みたいにカーストを気にする人が、その『決定的な転落をした』という印象を引っ提げたまま、卒業まで過ごすことは何よりもの苦痛だ。
更生するかどうかは……そこまで面倒は見切れないが、さすがに二度同じことはしないと思いたい。
「長瀬さんも、私が部活から抜け出すの掛け合ってくれてありがとね」
「何かしら、あたしも協力したかったですから。とはいえ、本当に小さな小さな役目でしたけどね。皆さんのお役に僅かでも立てて良かったです」
「僅かだなんてとんでもないよ、先生にも部員にもみんなに頭下げてくれたし」
「それにでっかい由希ちーが一緒にいたの、先生も頼もしかったと思うよ」
長瀬さんの話を聞くと、この人も自分の活躍を謙虚に考えすぎてるなってぐらい活躍してくれたんだな。
サーラは全部活動で引っ張りだこの存在。バスケ部の先輩にお願いして回るのは、決して楽ではなかったはずだ。
皆に一通りの話が回ったところで、清一が改めて頭を下げた。
「みんな、本当にありがとうな。こんなに頼れる仲間がいて、俺、なんつーか、何て言ったらいいかわかんねえぐらい幸運だなって思う」
「真面目かー? 今回のは私にとっても都合良かったから気にすんなー?」
「佐藤さんは特に、俺では考えられねえぐらい動いてくれて感謝してるぜ」
「真面目かー? 超真面目かー? キャラ合ってないから気にすんなー?」
佐藤さんの妙に面白い天丼な返しに清一が笑ったところで、佐藤さんがこちらを向く。
「さーて、お店のお客さんもおやつタイムで減ってきたところで……本題に移ろう」
「本題?」
佐藤さんは、店をぐるっと見渡した後、姿勢を正して真剣な表情になる。
何だ……珍しいな。
俺の方を見た後、サーラの方をじーっと見て、再び俺を見る。
「この六人共有の秘密として、話せる範囲でいいよ。みんなを代表して聞くけど——ぶっちゃけ二人の仲って、どれぐらい深いわけ?」