全員で問題解決に動く
週明けの月曜、晴れた朝。
クラスに入った俺達を迎えたのは、久々に制服姿を見たこいつだ。
「よう」
小田原清一、一週間ぶりの登校だ。
俺以外にも清一は交流があるので、次々いろんな奴に声をかけられている。
というより、その人望の厚さというか交流しやすさもあって、俺みたいなのも縁が出来ているわけだからな。
既に登校していた俊も来て、軽く話す。
「それじゃ、放課後だな」
「いろいろ準備したから」
それだけ確認すると、ホームルームのチャイムが鳴った。
先生も嬉しそうに清一のことを話題にし、視線で僅かに俺と俊を見た。
あまり話題にしないよう言っておいたので、清一は少し重い風邪で大事を取った、ということで話がついている。
六限目のチャイムが鳴り、放課後になった。
ここから俺達の作戦が始まる。
まずは、俺。
褒められたことではないが、普段から部活に出ていないだけあってフラフラしていても連れ戻しに来る部員はいない。
その立場を利用して、今回は動かせてもらう。
周りを確認して、スマホを取り出す。
最近はレンズの性能もいいので、カメラを通して拡大すると誰が誰かは分かる程度に見えるからな。
ロッカーから出てきた渡辺先輩の隣には、二人ほど知らない顔がいる。
三人揃って清一に向かうところを見ると、あれが件の腰巾着二人か。
それにしても、開幕いきなり詰め寄ったか。
こちらとしては都合がいいが……まあ、事前にやってたことを考えると、そりゃ詰め寄るだろうな。
土曜に集まった俺達は作戦を練り、その上で日曜は思いっきり遊んで過ごした。
朝から学園近くの店をぶらぶらして、昼からゲーセンで遊び、晩も部活動中の生徒がいる学園近くを堂々と歩いてファミレスを利用した。
きっと誰かが見ていたことだろうな。
更に、今日は初めて六人で学食を利用した。
俺もサーラも日曜の晩を外食にしたため、弁当は無し。
そのため、堂々と皆の前で仲良く定食を頼んだ。
これはもう、圧倒的に目立ったはずだ。
同時に、皆理解しただろう。
小田原清一は、綾戸紗亜良のグループだと。
遊びに誘っても断ることが多いサーラ姫の、例外の一人なのだと。
——これを、渡辺先輩が見過ごせるはずがない。
作り出した状況通り、渡辺先輩は動いてくれた。
ディスプレイを確認しながら、サッカー部を拡大する。
清一には少し耐えなければならない場面になるが、それでも清一自身が『やらせてくれ』と言ったから任せている。
あいつのことは、何より俺達が信頼している。
助けに入るのは、危険が迫った時だけだ。
練習試合が始まる。やる気がないのか、顧問の先生はグラウンドを見ていないようだ。
それが今のサッカー部の状況を形作っている一端を担っていると考えていいかもしれない。
試合を見たが……ひどいものだった。
明らかに先輩側のチームに実力が高い選手が集中しており、更にパスをその三人で回し合っている。
最後に清一に向かってシュートを……いや、違う。
わざと右側へ大幅に外した場所へとボールを送っている。
知っての通り、ゴールネットを越えた相手チームのボールはゴールキックになる。
そのボールを回収するのは、ゴールキーパーの役目だ。
清一が回収に走り、ゴールネットから蹴る。
高い放物線を書いたそれは……渡辺先輩の隣にいた一人が受け止め、僅か数秒で清一のサイドに戻る。
そこから二度のパスを引き継いで、渡辺先輩の足元へとボールが収まる。
ネットへのシュートは……行われない。今度は左端のコーナー付近にボールが飛ばされる。
清一が走って採りに行かなければ、試合が進まない。
……ひどいもんだな。
こいつらのプレイ、全く勝つ気がない。
うちは弱小校ではあるが、それでも普通自分の部活の勝負ってのは真剣になるものだ。
そういったものが全く感じられない。
まるで、延々と続くシャトルラン。
やがて清一が疲弊したところへ、決定的な瞬間が訪れる。
「おらァ! 気合い入れて取れや小田原ァ!」
こちらまで聞こえてくる大声とともに、白と黒のボールが清一の顔面へと叩き込まれた。
その瞬間を確認した俺は——、
「思ったよりも大分終わってるな」
——堂々と皆の前に現れた。
「何だ……何だお前、二年坊主か! 部外者が何の用だ!」
「先輩。俺に見覚えはありませんかね」
「……お前、まさか……俺とサーラの間に割って入った奴か!?」
あの時のこと、さすがに覚えていたようだな。
渡辺先輩はその日を境に転落したと聞いているし、俺のことは相当恨んでいるだろう。
それにしても本人の居ないところであだ名呼びとは、嫌な感じだな。
「清一は俺の友人でね。相談があって見ていたわけですが、まあ真面目に部活をやっていないようなので……。顧問にも、この状況を聞いてみたいものですね」
「……何だこいつ、頭のイカれた目立ちたがりか?」
「むしろ目立たない方が好きではあるんですが」
それでも、こいつを放置しておくと将来的にサーラに危険が及ぶだろう。
自分の怠惰な気持ちと天秤にかけると……多少無理をしてでも、俺は問題解決への手段を選ばせてもらうことにした。
安全に見過ごすのは、もう終わりにしたのだ。
俺のためにも、俺を信じてくれたサーラのためにも。
「仲良くしているサーラに迷惑がかかるなら、少し頑張ろうかなと」
「……!」
俺のサーラへの呼び方で、渡辺先輩の取り巻きが気付いたようだ。
「おい、渡辺。こいつじゃねえか? 昼に姫と一番べったりだった野郎」
「……お、お前かああああああああああ!」
そのことを理解した瞬間、激昂した渡辺先輩は俺に詰め寄り、襟首を掴みかかってきた!
ギチギチと締め上げる渡辺先輩の手首を掴み返し——俺は全力の握力で握り潰す!
すぐに痛みに顔を顰めた先輩は俺の手を振りほどき、手首を押さえながら大きく後ずさった。
「……ッ! て、てめ……! このクソ陰キャ野郎の癖に……!」
「知らないんですか先輩、今や筋トレは陰キャの趣味ですよ」
「くそっ、俺が全員……サーラだって、一年女子のように……」
「悪い噂が立っているのに、その発言は認めたようなものでは?」
「だったら何だ、お前みたいなのには関係ねーだろーが……!」
何か言い返そうにも、徒党を組んで清一を責めていたような奴だ。
周りの部員も、俺達の状況を見守っているものの、とてもあのキャプテン側に立つという気はないらしい。
それだけこのやり方を、声を出せないだけで問題だと思っていたのだろう。
それに——既に勝敗は決している。
「何をしているの!」
鋭い声がかかり、皆の顔がそちらを向く。
約束通りの人がやってきたことに、俺は内心安堵する。
「これは顧問の坂上先生にも、しっかり話を聞く必要がありますね。学園長にも、ご家族にも、です」
そこにいたのは、いつもは押しの弱い俺達の担任。
この問題に何より責任を感じていた人。
協力を呼びかけた俺達を迷い無く信じてくれた、今日一番頼れる大人だ。
担任の隣には、本日バスケ部のサーラと、その希望を顧問に通した長瀬さん。
「……最低」
一連の流れを全て見ていたサーラは、何の感情も感じられない低い声で小さく吐き捨てた。
長瀬さんも、先輩を見下すように視線を向ける。
更に、忘れてはいけない人物。
俺達グループの台風の目、佐藤鈴歌が堂々とスマホを構えていた。
本当に褒められたことじゃないが、俺と同様にフラフラしていても怒られない我らが情報屋だ。
先輩が俺に暴力を向けた瞬間は、撮影されていた。
俺は佐藤さんと頷き合い、ポケットから小さな機材を渡す。
これは、今回の問題を最大化する最後の鍵。
「誘導しようと思ってたんだが、まさか自分からボロ出すとは思わなかった」
「くっそうけるッピ」
佐藤さんに、俊から借りていたボイスレコーダーを手渡した。
これで、チェックメイトだ。




