蒼空の友人とおかず交換
サーラと長瀬さんが仲良くなったのと同時に、俺にも友人が出来た。
「よーっ、蒼空。今日も弁当だよな?」
「真面目だよね、飯田君。さすが調理部」
小田原清一と、早間俊。
最初に俺の文房具に興味を示した男子二人だ。
清一は短髪のサッカー部員であり、俺と同じぐらいの背丈をした男子。
ゲームも漫画も通じるし、話しやすい奴だ。
見た目と中身が一致していて安心して付き合える。
それに対して、俊はすごく背の低い男子。女子に混ざっても低い方だ。
さらさらしたセミロングヘアで綺麗な顔立ちだが、本人は正真正銘の男。
何というか、脳がバグる。
「二人は学食か?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた蒼空」
「今日はね、これだよ」
そう言って取り出したのは、ハンカチによって包まれたもの。
これは、まさか……!
「今日限定だが、弁当を作ってみたぞ!」
「二人で予定立てて、今日に合わせたんだよ」
そう言って、机を俺の席まで持ってきた。
「マジかよ、大変だっただろ」
「マジで大変だった……よくこんなの用意してるよな」
「限りなく簡単にしたんだけど、それでも用意するだけで早起きしなくちゃいけないからね」
さらっとやってくれたが、これって最近教室で弁当を食べる俺と、机を合わせて食べるためなんだよな。
サプライズの中でも男友達がやるのはハードル高いはずだ。
「ちょっと感動してる、ありがとう」
「いいってことよ、まあ母ちゃん俺が弁当作るって言った途端に無言で天気予報調べ始めたけどな」
「僕のところの反応と同じだ」
「その反応が被るとか嘘だろ?」
そんな会話をしながらも、二人は弁当を開けた。
中にはたっぷりの白米と、それなりにおかずがある。赤いソーセージ、小さなフライ、緑のサラダ……ちゃんと弁当だ。
「ちなみに米以外は冷食だ」
「うちも冷凍食品。さすがにじっくり作るとなるとね」
「それでも十分だと思う。俺も前日の残りを再利用してるしな」
ちなみに、弁当の中身は俺とサーラで作ったものが半々ぐらいで入っている。
言うまでもなく、サーラの弁当箱の中もほぼ似たようなラインナップだろう。
なお、サーラは学食で食べる佐藤さんと長瀬さんの隣で、一緒に弁当を食べている。
さすがに弁当の中身がいつも一緒だと、勘が鈍い人でも分かってしまうからな。
「そんな冷食だらけの弁当も、自分の好物を詰めるとなると面白いもんだよな」
「分かる、楽しいよね」
「ってわけで蒼空、何か交換してみねーか?」
清一が自分の弁当を見せてくる。
なるほど……冷凍食品のおかずか。
一体どんなものなのか、ちょっと興味はあるな。
「じゃあ、清一の中に五つあるフライを一つ。俊のは、その春巻きを。俺のは何か欲しいものでもあるか?」
「全部興味あるが、まずその色の濃い煮物が気になる」
「僕も」
これは、筑前煮だな。
俺が作った方だ。
「昨日の夕食だからいいぞ、人参とレンコンと、あと鶏肉とタケノコも」
「よっしゃ、初の蒼空の料理だぜ」
「ずっと興味あったんだよね」
二人はまず、自分の冷食を食べて、それから俺の筑前煮を食べる。
食べ始めて、お互いに目を見合わせた。
「……めっちゃうめえ、市販のっつか外食のに負けてねえ。冷えていても美味いというか、こういうの外で食べたことあるわ」
「温泉旅館とか? それか高めの行楽弁当とかかも」
「食材がいいんだって、まあ気に入ってもらえたようで良かったよ」
俺は二人の感想に頬を緩め、自分の料理を食べる。
うん、冷めていても悪くない味だ。
サーラはそれはもう何でも滅茶苦茶褒めてくれて嬉しいが、こういう素直な感想を貰えるのは貴重だし有り難いな。
さて……冷凍食品という普段使わないジャンルのものを食べる機会だ。
是非とも賞味してみよう。
まずは、清一のフライ。
油が独特なのか、それとも濃いのか……フライの色が半透明になっている。
食べてみると、衣に独特の甘さを感じる味があり、ちょっとジャンクフード的でこれはこれで悪くない。
中は白身魚であり、現代技術の結晶と言わんばかりに衣が分厚い。
俊の春巻きは、意外とちゃんと春巻きだった。
こういう手順が面倒なのが冷食になってるのは凄いな。
ただ、不思議と独特の香りみたいなのはあると思う。
これが冷食の特徴なんだろうか?
なかなか面白い体験だった。
フライ系は健康的に連日食べるのは避けたいが、意外と良くて驚いたな。
「なあ、その隣のナスもいいか?」
「あー……、こっちは俺の。卵焼きならいいぞ」
「じゃあ僕もいただけますか?」
俺は二人に、今朝作った卵焼きを分けて渡した。
二人が「店の味じゃん」「これだし巻きだ」と賑わっているのを見て、俺はナスを口に入れた。
冷えたナスに染み込んだ味が、口の中に広がる。
悪いな、二人とも。
これはサーラの作り置きなんだ。
心が狭いのかもしれないが、この味は今だけは独占しておきたい——。
——っ!?
ふと扉の方を振り向くと、廊下でサーラが壁にもたれかかっていてこっちを見ていた。
一連の流れを、見られた……!?
サーラと目が合ったと同時に、校内にチャイムが鳴り響く。
「お、ゆっくり食べてたら昼も終わりか」
「ごちそうさま。飯田君、おいしかったよ」
俺の内面など一切知らぬ二人が、机を持って自分の位置に戻っていく。
クラスの皆が席に着く頃、サーラは俺の耳元に口を寄せて、小さな声で囁いた。
「——私も、そら君の料理だけは食べさせたことないんだ」
耳に温かい吐息がかかり、言葉の意味が頭を駆け巡る。
窓側を見ると、サーラは既に身を引いて窓の外へと顔を背けていた。
それでも、耳が真っ赤になっているのだけは俺からもよく見えた。