アフターケアと、サーラの変な趣味
「この機会に友達になっちゃいました!」
そんな言葉とともに教室に戻ってきたサーラを、長瀬さんは席まで運んだ。
去り際、長瀬さんが俺に小声でお礼を言った。
休み時間がすぐに終わり、皆が席に着いたところでサーラが顔を寄せた。
「ほんと助かりました、ありがとね」
「そうか、お節介じゃなくて良かった」
「まさか」
サーラはスポーツ万能だ。ただし運動神経がいいだけではなく、ルールに則ったテクニックも上手いことから、一通りのスポーツを練習してきていることが分かる。
そんなサーラなのだから、怪我ぐらい何度かしたことがあるはずだ。
実際に足首を痛めた直後も笑っていた。
ただ……長瀬さんを責める声が上がった瞬間、サーラの表情は一変した。
目を見開き絶望する顔。否定しようと小さな声が漏れるも、近くの俺にしか聞こえず周りの声を消すほどではない。
だから俺は、急いで手を叩いて注目を集めた。
あそこで先生が来て止めたのでは、少し効果が薄くなってしまうと思ったからだ。
先生が言ったら皆黙るだろうけど、それは『先生が言ったから黙った』という結果を残す羽目になる。
わだかまりを残す確率が上がるだろう。
当事者同士での話に任せた結果。二人は仲の良い友人となれたようだ。
その代償としてかなり悪目立ちしてしまったが、今更だ。
サーラのためにも、少しずつ変わっていこうと思う。
◇
足を挫いた以上さすがに運動は酷だということで、サーラの今日の部活動は中止になった。
ちなみにサーラの部活動は二週目に入っており、最早『部に所属していない』ことが彼女の部になりつつある。
まあ正直、どこか特定の部が独占したらもめそうな気がするし……。
一応歩くぐらいはできるようで、先生がタクシーを呼んで自宅まで送ることにした。
俺も直帰だ。
自宅に着くと、サーラはすぐに俺の部屋へとやってきた。
「どもどもー、今日はありがとね」
「構わないって。それより体、大丈夫か?」
「もう痛みらしい痛みはないぐらい。タクシー呼んでもらって悪かったかな? たぶん明日には体育も出来るよ」
マジか、体の基本スペックが違うんだろうか。
とはいえ、治りきってないのには違いない。
「明日は体育の授業もないし、何より部活は休むべき。すぐ無理しそうで心配だし」
「え〜っ、心配してくれるんだ?」
「何だよその反応……」
ニヤニヤと笑いながら、俺に顔を寄せるサーラ。
時々こういう悪戯成分が出てくるんだよな。元気そうで何よりだ。
「……やれやれ。とにかく明日は他の部も無理に動かそうとはしないだろうし、安静にするようにな」
「えへへ、優しいね」
「普通だ普通。それより買い物はもちろん立っているのも大変だろ? 晩は俺が作る」
「やった! これは今後も怪我する度に甘えようかな〜?」
「仮病で母親に看病をねだる小学生かお前は……」
うちに来た時のサーラは本当に小学生並の子供っぽさはあるけど。
「適当にくつろいでいてくれ、食材買ってくる」
「えっ、居ていいの?」
「合鍵持ってるのに今更では? それに、一応足を高くしておいた方がいいはずだし……ベッドでも使ってくれて構わないから」
俺はサーラを部屋に残すと、スーパーへ買い物に出かけた。
財布とスマホぐらいあれば問題ないし、サーラも変なもの探したりはしない……と思いたい。
今日は、結構綺麗めな和牛に三割引のシールが貼ってあった。
たまにはこういうのもいいだろう。
自分の部屋に戻ると、サーラは俺のベッドに寝転がっていた。
ただ、うつ伏せになってまくらに顔を沈めていた。
「サーラ? それ寝にくくないか?」
「おかえり〜。私これ好き〜」
それだけ言うと、再びサーラは俺の枕に顔面を埋めた。
変な寝方だ……まあサーラが満足ならそれでいい、か?
ちょっと重い低反発枕だから、珍しくて気に入ったのかもしれない。
途中で枕を取って、俺に確認してきた。
「あっ……そら君は、こういうことされて嫌じゃない?」
「むしろ俺の枕を使うとか嫌じゃないか?」
「ってことは、嫌じゃないんだね?」
「別に構わないけど……」
それだけ確認すると、にまっと笑って枕を自分の顔に乗せて仰向けに寝たり、そのまま枕を抱え込んだりし始めた。
深呼吸して、時折「んふ」と声が出ている。
そんなにあれが楽しいものなのか?
俺の中でのサーラの変な人度、もうちょい上げた方がいいかもしれない。
とはいえ、すぐに飽きたようで最後は普通に横向きに寝て料理する俺を眺めるような姿勢になった。
サーラの趣味を疑問に思いながらも、淡々と調理して夕食が出来上がった。
「和牛肉じゃが最強無双、並び立つもの無し。全てを倒せる存在」
「強さの表現が独特すぎる……これ、そんなに強いのか?」
「うん、多分魔王とか一撃で倒せる」
「マジかよ、肉じゃがやべえな……」
と、独特な表現方法で料理を褒めながら食べた。
そんな食事の途中に話題になったのは、やはり今日のこと。
「長瀬さん、すっごく丁寧な喋りでびっくりした」
「そういや意外と引っ込み思案なんだよな」
女子の中でも特に大きいけど、大きな声を出しているのを見たことがないんだよな。
だから今日みたいな時に反論するのも苦手なタイプだ。
「二人とも保健室から帰ってくるのも遅かったけど、話でもしてたか?」
「うん。共通の話題も見つかったし」
「共通の話題?」
「そう! でもこれは乙女の秘密なのです!」
そう言われると、知りたくなるけど詮索できない。
ま、どうやら仲がいいようで良かった。
あれだけ仲がいいのを周りにアピールできたのなら、何かしらトラブルになることもないと思うし。
「そうそう、長瀬さんすっごくそら君に感謝してたよ」
「ん? 長瀬さんが……ってそうか、そうだな普通。うん、一応感謝の言葉も貰ったよ」
「……やっぱりだ」
「ん?」
「ううん、こっちの話!」
何か言葉を濁されたが、大したことじゃないだろうと流す。
ま、今日は色々あったけど、サーラがこうして笑顔で一日を終えられたので良しとするか。
なお、枕に全く記憶にない凄くいい香りが漂っていて、眠るまで悶々としていたのはここだけの話。
最後に無自覚でとんでもない悪戯を残していったな……。




