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【綾戸紗亜良】自分の本心を見抜かれて

 足首を痛めた私は、長瀬さんに肩を貸してもらい保健室へと向かった。

 途中で「背負うことも」と言われたけど、さすがにおんぶは恥ずかしいので遠慮した。

 痛いといってもそこまでひどくはない。とはいえ、さすがにこの痛みでバスケは無理かなーってぐあり。


 保健室の先生は留守にしていたので、私はベッドに寝転がって楽な状態にする。

 長瀬さんは慣れた様子で保冷剤を薄いタオルに包み、渡してくれた。

 体の熱が足首から抜けていく感じがして、気持ちいい。


「いい感じ。ありがとね」

「い、いえ、元々あたしのせいなので……」


 長瀬さんは、ずっと暗い顔をしている。

 困ったな……そんなに気にされると私も申し訳ない気になっちゃうし。


「ごめんなさい……」

「事故だよ事故、わざとじゃないしいいって」

「そのっ……違う、んです……。いえ、何と言ったらいいのか……」


 何か、長瀬さんの中で葛藤があるみたい。

 こういう時は、話をしてくれるまで待とう。


「……ぶつかったのは、わざとではないんです。でも」

「でも?」

「焦りはありましたし、ちょっと、その……対抗心、というか」


 長瀬さんは下を向いて、申し訳なさそうに話し始めた。


「去年、今と違うクラスではあたしって頭一つ抜けて大きくて、体育の授業ではバレーはもちろん、バスケもサッカーも一番で」

「うん」

「でも、綾戸さんが入ってきてから、みんな綾戸さんに注目して。今日も、もう完全にプレイでは負けてるって頭の中では分かってました」


 ああ、そっか……私、今年に入ってきたばかりだもんなあ。

 当然みんなには、去年一年間で作り上げた学園での自分があるんだ。


「だから、焦ってしまって。荒いプレイでもいいから活躍しなくちゃって思ったら、綾戸さんにぶつかってしまって。それで、もう、完全に頭真っ白になって……ごめんなさい」


 そっか。わざとじゃないけど、全く意識してないわけでじゃないってことなんだ。

 黙っていたら分からないことなのに、こうして本心を語ってくれるんだ。


「長瀬さん、真面目だね。誤魔化してもいい部分、ちゃんと言ってくれて。大丈夫、大丈夫! 私もスポーツで怪我したことなんて一度二度じゃないし、気にしてないよ。飯田君も当事者の問題だって言ってくれたし」

「そ、そうでしたね……ありがとうございます」


 長瀬さんがようやくほっとした顔をしてくれて、私もちょっと安心した。


「それにしても、飯田君には助かりました。綾戸さん人気だし、もうどうしようかって」

「あれ本当に助かったよね、やっぱり飯田君、いつも助けてくれるなあ」

「……え? 綾戸さんが助かったんですか?」


 あ、そっか。長瀬さん視点だと、長瀬さん自身が助けられたと思うのは当然だよね。

 でもあの時のそら君は、きっと私を気にかけてくれていた。


 これは、私の二つあるトラウマのうちの、二つ目の方。


「自分でも似合わないなーって思ってるんだけど、姫って呼ばれて、その、生意気にも顔が見た目いいのかなって自覚があるんだけど……そうなるとね、男子が味方するの。それも、不必要に過剰で嫌なぐらい」

「い、嫌なぐらい?」

「そう」


 忘れもしない、中学三年。

 そら君がトラウマを受けた頃、私は一つのトラウマを受けた。


「友達の女の子と、二人で失敗しちゃった時。お互いがミスしたって分かってたのに、クラスの男子が相手の子ばかりボロクソに貶し始めたんだ」

「そ、それは……」

「男子はそれで自分をアピールしているつもりだったんだろうけど……私はもう、そういう第三者から見て恥でしかない矢面に担ぎ上げられるのが、ほんっっとーに嫌で嫌で仕方なかった」

「あたしも嫌だなあ、それ……」

「でも、何よりも嫌だったのは」


 当時のあの子の顔を思い出す。

 冷やした足首が、思い出したように少し痛んだ。


「その友達だった子が、私と口を利いてくれなくなったこと。最後に言われた、『紗亜良といると、私ばかり損する』って言葉」

「うわ、キツ……」

「自分の顔を整形したくなったぐらいだし。もちろん衝動的なもので、本気じゃないけどね」


 長瀬さんが息を吞む。

 それぐらい、私にとってあの出来事はつらいものだった。


 更に、それを言った男子達が私に寄ってくるのも嫌だった。

 そいつらに『あの子に謝って』って言っても全然分かってもらえなくて、最後は『みんな嫌い』と言った。

 そこまで言っても、自分が悪いことをしたという感覚の男子はいなかった。

 ……というより、それが分かる男子は最初から言わなかっただけなのだ。


 今日、私と長瀬さんの関係があの時と同じになりそうな雰囲気だった。


「でも飯田君は分かってたし、気付いてた。私がそういうの一番嫌いだって。だから止めてくれたんだ」

「……」

「やっぱり飯田君は頼りになるよ。ほんと、助けてもらってばかりだなー」


 私が話し終わると、長瀬さんが天井を見上げて溜息を吐いた。


「今の話で分かったことがあります。飯田君って、あたしが思っていたよりも凄い人だってこと」

「うんうん、そうだよね!」

「そして——綾戸さんの本命が飯田君だってこと」

「ほへえっ!?」


 え、えっ!? な、何突然!?

 今そういう会話の流れでした!?


 私の反応に対して、長瀬さんは何を当然みたいな顔をして首を傾げた。


「いや、綾戸さんってどんな男でも即振るじゃないですか。それは今の話で寄ってくる男が信用できないってのも分かってるんですけど」

「は、はい」

「だから男子全般興味ないのかなって思ってたのに、飯田君の話だけ尋常じゃなく詳しいというか。もうなんか『分かってる』ことを分かってる、って感じというか」


 あ、あああそういえば、私って他の男子の話一切したことないですね!

 そりゃいきなりこんな話始めたら、気があるって分かりそうなものですね!


「あと、飯田君がアタックした話なんて聞かないのに『いつも』助けてくれるって、既に相当仲いいですよね」

「はうっ!」


 完全に失言してましたーっ!

 会見とか絶対開けないタイプですね私!


「いや言いふらさないですよ、そこはもう絶対」

「う、うん……ありがとう」

「あー……しかし、そっか、サーラ姫かー……。これはもう、不戦敗でいいかなあ」

「え?」

「あたし、本命飯田君だったから」


 え、ええええっ!?

 いや、驚くのは失礼かもしれないけど、えっ飯田君が長瀬さんの本命……!


「とはいえ髪切った日からなんで、超短い片思いですよ。めちゃくちゃ顔いいじゃないですか飯田君。あたしびっくりしましたよ」

「あれねー、私も気になったので切りに行くべきって言ったので」

「あー言ったのがそもそも綾戸さんなんですか、じゃあ横恋慕すらお門違いですねあたし。ふふっ、全部知ることができて良かったです。次の相手探しますよ」


 そう言った長瀬さんは、笑った。

 見た目はスポーティーでありながら、話すとすごく丁寧な人だなあ。

 言葉もクラスメイトの中でも綺麗に感じる。

 ちょっと話しただけで分かるけど、長瀬さん絶対いい人。


「ね、私達この機会だから友達にならない? 今度飯田君も一緒にさ」

「いいんですか? お二人のお邪魔じゃあ」

「長瀬さんを邪魔に思うことはないし、むしろ長瀬さんって邪魔しそうにないし。後は」

「後は?」

「友達になったと宣言した方が、教室に戻った時の言い訳が利くので」


 私が指を立ててウィンクすると、長瀬さんはお腹を抱えて笑い出した。

 保健室に入った直後の沈んだ空気を吹き飛ばすように、明るいチャイムの音が部屋に鳴り響いた。

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