初めての男女混合体育
桐花学園では、体育は男女で分けて隣のクラスと合同で行う。
普段交流することのない隣のクラスの男子と交流する機会だ。
つまり、普段女子の体育を見ることはない。
今日は珍しく、男女混合での体育の授業となった。
体育館の中央をネットで区切り、それぞれバスケットボールを行う。
もちろん注目は、この人物。
「なんだか、凄く見られてる気がする……」
「気がするんじゃなくて見られてるんだよ、サーラっちの激マブポニテ姿を!」
「そんなに珍しいかなあ」
綾戸紗亜良、その人である。
動きやすいようにロングヘアを後ろで結び、動きやすいハーフパンツ姿をさらしている。
ただでさえ背が高めなのに、その上で脚が長いものだから肌色面積が異様に広い。
サーラより背丈も脚も長い女子は、バレー部の長瀬さんぐらいだな。
「はいはい男衆、あんまり女子ばかり見るんじゃないぞー」
男子の方にやってきたジャージ姿の先生が手を叩いて、注目を集める。
一旦全員が集まって先生の話を聞くも、後ろに並んだ俺から見てもちらちら他の男子がサーラの方を見ているのがよく分かる。
かくいう俺も、サーラの体操服姿は初めて見るので新鮮だ。
「クラスは三十二人だったな。まずはシュートの練習をして、後は半分に割って試合。メンバーはこっちで割り振る」
まずは一人ずつ並んでゴールに投げ入れる練習なんだけど。
普段から男連中で集まって体躯しているのだから、みんな女子を意識する。
女子の方も女子の方で、男子のプレイを気にしているようだ。
サーラの番になると、もう思いっきりみんな隣を見た。
先頭のクラスメイトがボールを持ったまま隣を見ていたけど、後ろの奴も指摘しない。
皆の注目を知ってか知らずか、サーラは緊張する様子もなく離れた位置に立つ。
「……!」
そのまま綺麗に、ゴールのバスケットへと一切バウンドすることなく吸い込まれた。
男子からも感嘆の声が上がり、シュートの順番が動いていく。
サーラがこっちに振り返り、ニッと笑った気がする。いや気のせいじゃなくて多分俺を見たな。
「次、飯田だぞ」
「ああ、分かった」
ボールを手に、サーラの姿を思い出す。
確かあいつはこんな風に……。
「あっ」
上手くいったと思ったボールは、真っ直ぐ綺麗に行き……ゴールのパネルを叩いて真っ直ぐ綺麗に俺の手元まで跳ね返ってきた。
なかなか一発で決まらないものだなあ……。
後ろの奴にボールを渡し、俺は後ろに回る。
ふと女子の方を見ると、同じく後ろに回っていたサーラが近づいてきた。
「いやー惜しかったね」
「おいおい嫌味を言いに来たのか?」
「まさか。真っ直ぐ飛んだら後は入るかどうかって運も大きいから、かなりいいシュートだよ。斜めから枠狙って投げたら多分普通に入ると思う」
「んんん……分かった、ありがとう」
サーラから励ましとアドバイスを貰うという、少し男としては情けない会話をして後ろを向く。
何人か視線が合ったものの、すぐに集まった視線は散っていった。
そりゃサーラと会話していたら目立つか。会話していなくても注目されてたもんな。
練習が終わり、本番が始まる。
男子も試合をしていたが、みんな時々ボールを持っては動きが止まる。
理由はもう明白だろう。
「——はっ!」
「嘘っ!? たっか!」
サーラが、その話題となっている身体技術を発揮し出したのだ。
物凄いスピードでボールを奪取し、その場で三ポイントシュート。
パス途中のボールをかっ攫い、コートの端までロングパス。
サラブレッドの尻尾のように、ポニーテールが縦横無尽に美しく流れる。
とどめの一撃は、さっきのネット近くまでドリブルしての片手ジャンプシュート。
まずジャンプが高すぎるし、下手したらダンクシュートぐらい行けるんじゃないかと思うぐらい地面から跳び上がっていた。
あれが、かつて肥満でおにぎりばかり食べてたアヤトであり、今の完璧超人サーラ姫か……。
きっとクラスでは、その凄さに俺が一番圧倒されているだろうな。
「飯田!」
「ああ!」
味方チームのクラスメイトに名前を呼ばれ、俺が振り向いたと同時にボールが飛んでくる。
男女を分けるネットの隣であり、ゴールまではかなり遠い。
遠いが、俺の身体能力で届かない距離ではないと思う。
(あの四角いマークか)
俺はサーラのアドバイス通り、ゴールのバスケット部分ではなく、枠目がけて真っ直ぐ投げる。
ちょうどサーラがやったシュートのように。
「よっ」
俺が投げ入れると、ボールは狙ったとおりに動き……そのままパネルを叩いてネットの中へ吸い込まれた。
なるほど、確かにこれは入れやすい。
「やるじゃん」
声のした方を向くと、サーラが笑って手をネットに当てていた。
「お陰様でな」
俺はその手に向かって、ネット越しに軽くタッチした。
試合途中なので、あくまで短いやり取りだ。
なお必然的に俺は女子の方を見ることになり、どうやら他の女子からも見られていたのに気付いた。
ちょっと気まずいな……。
——この直後、事故が起こった。
「パス!」
「えっ——きゃっ!」
プレイが過熱していた女子の中で、ジャンプ中にパスを受け取るサーラと長瀬さんが接触した。
その結果、サーラは長瀬さんの下敷きになった。
「大丈夫か!?」
すぐ近くにいた俺がネットをくぐり、サーラを助け起こす。
「ごめんなさい綾戸さん! 大丈夫ですか?」
「怪我とかは、多分……痛っ! あっ、くじいちゃったかも」
「そんな……」
「ううん、長瀬さんのせいじゃないよ」
綾戸さんが怪我をした。
そのことを知ったクラスメイトが、声を出す。
「——今の、わざとなんじゃねーの?」
一人、男子が非難を始めた。
「プレイ荒かったし、そういうのもありそう」
先生がこちらに走ってくる途中も、男子から非難の声が上がる。
俺はクラスの雰囲気と、長瀬さんと、何よりサーラを見て——大きな音が出るよう手を叩いた。
「本人わざとじゃないって言ってるし、当事者問題! 言ったところで治らないだろ? 長瀬さん、保健室に」
「あっ、はい……すみません、飯田君」
「それは綾戸さんに」
先生も手を叩いて男子を散らし、長瀬さんはサーラを保健室に連れて行った。
サーラの体調は心配だが……後は俺の出る幕じゃない。
解決は二人に任せよう。




