蒼空の新しい一日
「ね、飯田君」
翌日、サーラは少し変わった行動に出た。
教師の授業中、クラスが静かに聞いている中でサーラは俺に顔を寄せて小声で呼びかけてきた。
珍しいなと思いつつ視線を向けて反応すると、サーラは俺のボールペンを指差した。
「それ貸して」
「いいけど……何で?」
「すごく興味あるので」
俺は疑問に思いながら、サーラにペンを貸した。
サーラはいくつかノートに文字を書く。
綺麗な文字だ。
サーラはペンを持ち上げてメーカーを調べたりと動き、俺に返した。
「すごいね、これ。ありがと」
「……? どういたしまして」
そんな会話をしていた俺達を、授業をしていた先生が聞いていないはずがなかった。
「綾戸さん、授業に集中していますか? ここに入る人物は?」
「あっ、すみません。藤原不比等ですね」
「……はい、正解です」
目立つ行動していたら、一番後ろの窓側にいるサーラの動きは教師にとってはかなり目立つ動作だ。
というか、静かな授業中だったんだから、俺達の会話も聞かれていたよな……?
そんな俺の予想は、当然当たった。
「サーラっち、授業で注意されるの初めてだよね。何やってたの?」
「飯田君にペンを貸してもらってたんだ」
休憩時間、真っ先にやってきた佐藤さんにサーラが自分のノートを見せる。
佐藤さん以外のクラスメイトも集まってきた。
「飯田君の道具って、どれも珍しいの。これ、見て」
佐藤さんは、そのノートを見て驚きに声を上げた。
「文字が……これ、マジック?」
「マジックじゃなくてボールペンで書いたんだけど、こんなふうに反射しないの。これ何で?」
「大抵のボールペンは油性インクなんだけど、これはゲルインクのボールペン。種類が違うんだよ」
「凄いね、そういうの考えたことなかった。他にも面白そうなのある?」
俺は集まるクラスメイトにちょっと困りながらも、自分の経験からいろいろなものを紹介した。
みんな、商品名を食い入るように見つめている。
俺の説明で面白うだろうかと思ったが、どうやら興味を持ってもらえているようだ。
「ね、他には?」
「んー……例えばこの安い透明ペンケースを使う理由だけど……。みんなも経験ないか? 要らない時は三本ぐらい入っているのに、必要な時に限って油性のペンだけピンポイントで入ってなかったこと」
「わ、わかる……!」
「やべ完全に昨日の私じゃん。そっかだから見えるようにしてるんだ、それ採用」
相づちを打つサーラや佐藤さんに感化されてか、他のクラスメイトも頷いていた。
やっぱこういうの、みんな『あるある』だよな。
「飯田、話面白いな」
「なにか他にないんですか?」
サーラ目当てに集まってきたっぽい、今までほとんど会話してこなかった男子も、興味津々に俺の道具を覗きに来ている。
「後は……消しゴムの角ばかり使っていて、最後はちょっと消すだけで隣の文字まで消える丸い消しゴムが嫌になるとか」
「うわ、僕のことを言われてるみたい……」
「そんな時に、このノック式消しゴム。中でもこのメーカーのは特に細長いんだ。縦に向けて……こう。これでいつでも二ミリぐらいを狙って消せる」
「それ買う」
「僕も買う」
紹介した商品を気に入ってくれた男子に、こういうのを頻繁に布教したがる人の気持ちがちょっと理解できた。
自分の知っている商品を薦めるのって面白いな。
そんな周りの反応を見ながら視線を向けると、サーラが実に愉しそうな顔で俺を見ていた。
ここに来て、ようやくサーラが授業中目立った行動をした意図が分かった。
今、俺の周りには好意的な感情が集まってきている。
これはきっと、本来ならば特別珍しいものではないのだろう。
何故、こういう機会がなかったか。
それはもちろん、今まで自分から遠ざけてきていたからに他ならない。
でも、違った。
少しでも話をすれば、みんな俺を快く受け入れてくれるのだ。
当たり前の事なのだが、そんな当たり前の事が俺はずっと分かっていなかったのだ。
サーラには、感謝………………うん?
周りの注目が集まってない中、サーラは机の方を指差した。
俺の机の上には……見たことのない、小さい箱。
これは、何だっただろう。
普通の消しゴムを収納するケースか何かか?
全く記憶にない。
そう思ってケースを開くと……突然、何かが飛び出してきた!
「うわっ!」
箱から出てきたのは、人をおちょくる表情をした黄色い絵文字のような顔が、バネに繋がっていた。
明らかに俺のじゃない、すげーチャチなおもちゃだった。
「飯田、びっくり箱とかペンケースに入れてるのか?」
「もっとお堅いイメージかと思ってました。飯田君、面白いですね」
ちらっと表情を見ると、窓の外を見ているサーラの肩が、小刻みに揺れていた。
こ、こいつ……!
「飯田君、自分で自分のに驚くとかマジおもろいやっちゃなー、ネタキャラ枠のダークホースか?」
「いやこれは、サ……綾戸さんが」
「何言ってんの、真面目なサーラっちがこんなもの仕込むわけないでしょ?」
あああそういえばサーラは学校じゃ清楚で真面目な完璧姫だったな!
初日のようなとんでもない悪戯を最後に仕掛けられて、結局俺のクラスでの評価は『詳しい人』から若干『面白い人』に傾いてしまった。
やれやれ、最後の最後でなんとも締まらない評価になってしまったな。
このままやられっぱなしでは性に合わない。
仕返しに、部活でどら焼きでも作っておくか。