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幼少期 その1

 幼稚園の頃、俺は別の県に住んでいた。

 そこで一緒に遊んでいたのが、アヤトだった。


『だから、あやとじゃなくて、あやどだよ』

『わかった、あやと!』

『ちがうよぉ……もうあやとでいいかぁ』


 子供の頃って、どうしても思い出が曖昧だったりするよな。

 幼稚園の組には足踏みオルガンがあったのは覚えているのに、何を歌ったのかは覚えていない。

 友達の顔など、誰一人覚えていない。

 あまり遊んでいなかったような記憶さえある。


 それでもアヤトだけは、よく遊んでいたのを覚えていた。




 アヤトの印象を一言で言うと、引っ込み思案な男の子。

 ズボンを履いていて、頭は丸刈りだった。

 今思えば、きっとアタマジラミだったのだろうと思う。


 俺はそこまで気にしなかったと思う。


『どうしたの?』

『ううん、なんでもない』


 顔は……子供の頃の顔って、男か女か分からないもんだよな。

 ただ髪型と服装で、勝手に男友達だと思っていた。


 後、俺より体が大きかった記憶がある。




 何を遊んだかは覚えていない。

 ただ、アヤトとはいつも一緒だったな。


『シーソーしよ』

『うん』


 シーソーって、体重の違う子でも遊べるようになっているんだよな。

 俺が外側で、アヤトが反対の内側。

 そうすれば遊べると、確か母から教えてもらった。


 他にも、ボールを転がすだけのキャッチボールをやったり。

 将棋は分からなかったのでリバーシをやったり。

 後は――。


『ぼくがおよめさんで、そら君がだんなさん』

『変じゃない?』

『じゃあそら君がおよめさん』

『それも変じゃない?』


 ――そうそう、おままごとだな。


 ただし、おままごとは泥団子を作って、というやつではない。

 うちで本物の食べ物を出しながらやっていた。


 とはいえ、親もそんなに贅沢はさせない。


『あじのり!』

『あじのりだ~』


 子供の頃のおままごとに出てくる食事は、味付けのりだった。


 そんなもの一つでも、小さな俺達にとってはごちそうだった。

 子供の頃のああいうものって、なんであんなに美味しく感じてたんだろうな。


 小さな袋に小分けになった五枚の味付けのりを、二人で分ける。

 最後の一枚を、綺麗に半分に分けて食べる。

 それだけで満足だった。




 ある日を境に、妻役のアヤトが味付けのりの中に、ごはんをちょっと入れて持ってくるようになった。


『おいしい!』


 あくまで少量のご飯と、時々中身に具材が入る。

 夕食に影響しない、おやつのおにぎり。


 納豆はお互いに大丈夫だったし、梅干しは入れすぎてお互いに顔をくしゃりと歪ませた。


 そのうちの一つが、わさび漬けだった。


『……?』


 俺はずっと、その独特の味に首を傾げていた。

 右に上半身ごと首を傾けて、次は左に上半身ごと首を傾ける。

 子供らしい大げさな反応だ。


 ずっと『ん? んん?』と言い続けている俺を、口に手を押さえてアヤトは笑っていた。

 肩を震わせて、声を上げずに笑う。


 ――そう、この笑い方だ。


 それでも噛んでいるうちに、美味しいと思うようになるもので。


『おいしいよ』

『ほんと?』


 それが、二人でわさび漬けのおにぎりを食べた最初の日。

 それ以降、時々そのわさび漬けも具材として食べて、結局食べ切って母さんに呆れられるまで憶えている。


『珍しいね、二人ともそれ好きなんだ?』


 正直、自分が変わった味覚という自覚はなかったし、アヤトもそうだったと思う。








 確かそんな日々が続いている中で、ある日あっちが引っ越したんだっけか。




 小学校入学直前、俺はアヤトと別々に暮らすようになった。

 最初の頃はまだアヤトのことを引き摺っていたけど、小学校の入学式を終えてから、ぽつぽつ友達が出来始めた。


 あれだけ激しい感情も、時間が経てば消えるもの。

 俺は、アヤトのことを少しずつ思い出さなくなっていった。


 高校生になったら小学校のクラスメイトの顔も怪しいし、幼稚園の友達ってそんなもんだと思う。


 それでも数年ぶりに会って思い出すことができたのは、それだけ俺にとってアヤトが思い出に残っていたってことだろうな。

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