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サーラとの休日デートと、唯一の弱点

 唐突に決まった休日の予定に、緊張しつつ服を探す。


 ——黒、黒、灰色、黒、茶色。


 ここで数年分の、俺の方向性がクローゼットから襲ってきた。

 ……明るい色、一つもなしか。


 ご丁寧に頭を隠す帽子のラインナップは充実している。

 正直、街中に出るとなるとかなり誘惑を駆られる……。

 でも、今日これを選択するのはナシだよな。


「仕方ない、あるもので整えていくか」


 俺は何とか明るめのシャツと、僅かでも彩度のありそうなアウターを選んで服装を整えた。


 部屋で待っていると、遠慮がちにチャイムが鳴らされた。

 隣同士である以上、わざわざ待ち合わせ場所で会うというのは違う。


 玄関を開け、待っていた相手が現れる。


「お、おはよーございまぁーす……」


 一瞬、返事をするのを忘れてしまった。


 目の前にいたサーラの姿。

 春物の明るい服を見事に着こなし、白をベースに上下ともに上品な服装となっている。

 正直、これはマジでどこかの姫だな、という印象だ。

 サーラも、俺の方を見て固まっている……って、ここで待たせるわけにもいかないな。


「あ、すまん。家の中に入ってくれ」


 まだ店も開く前だし、家の中に招き入れた。

 部屋の中で立つ彼女は、俺の方をじっと見ている……。


「サーラ……えっと、似合っていてびっくりした。学校でも姫扱いなの、納得だ。凄く綺麗だよ」

「ふえっ」


 何か言ってほしそうにしていたのに、いざ言うとサーラは目を逸らして指を突き合わせている。

 うおお……その動作もすげえ女の子だな。


「あ、あ、あ、あ、ああありがとうございます……」

「テンパりすぎだろ、言われ慣れてるだろうに」

「それとこれとは別といいますか、その、この服は着るの初めてといいますか……」


 新品の服……ってことは、このコーディネートのサーラ姫を見るのは俺が初めてってことか。

 すげー眼福で、役得だ。


「あのあの、そら君もすごくかっこいい。もうびっくりした」

「無理に褒めなくてもいいよ、改めてクローゼットの中身が地味なの一辺倒だったのは自分で痛感したし」

「どこどこ、見ていい?」


 サーラの要望でクローゼットの中を見せると、開口一番「うわ」と言った。

 そりゃまあ言うわな。


「すっごい黒いね。あれだ、ベンチャー企業の社長がいつも同じ服を着るからとか?」

「そんなに立派な理由なら良かったんだが、残念ながら違う。単純に俺が人の目を避けたかったからだ」

「なんで?」

「まあ……なんでも、だ」


 曖昧に濁すように、俺は朝食を作り始める。

 慌ててサーラの方が何かしようとしたが、さっさと乾燥具材を取り出して開封したので意見は封殺。

 これで……まあ、何とかごまかせただろうか。



 街まで電車で出かけるわけだが、何といってもサーラは人目を引く。

 どんな男でも振り返り、サーラの方を向いては驚き……俺の方を向いて服装に目を向けて、いかにも「え?」という反応をして視線を逸らす。

 美女と野獣ならぬ、美女とモブで悪かったな。


「おっと、サーラ。壁側にいてくれ」


 きっとサーラは痴漢にも遭うのだろう。美人かどうかというより大人しそうな人を狙うというが、正にサーラは大人しそうなお姫様だ。


「もしかして、守ってくれてたり」

「もしかしなくてもだ。未然に防いだ方がいいだろ」

「……ありがと」


 最近は駅でふらふらとぶつかってくるようなのもいるし、物騒な話も多いからな。

 ま、さすがにこれぐらいはやってやらないと一緒に来た甲斐がないというものだ。


 目的の店は駅を出て数分歩いた場所にある。

 地方のものが展示場のように沢山集まる、ちょっとマニアックな人気店舗だ。


「ここなんだ! わあ、参考になります」


 サーラと一緒に、高校生が入るにしては少し渋めのお店を散策する。

 乾燥した煮干しや昆布、素人には見分けがつかない瓶詰め調味料の列、聞いたことない名前の食品など……様々なものが所狭しと並んでいた。


「うわ……全く知らないや」

「まーほんといい値段するけどね。よっぽど一目見て『欲しい!』と思ったもの以外は、その場で近い商品を検索して買ったりしてるよ」

「なるほどなあ」


 サーラと共に、いろんな場所を見ていて……突如、サーラが俺の後ろに隠れる。

 そのまま、俺のそれほど厚着ではない背中側に、ひしっとしがみついた。


 ……こ、これは……!


「ど、どうしたんだサーラ……突然……!」


 背中に……サーラの体が密着している。

 そんなに普段敏感だと思わないような背中だが、十二分に背中の触感が『凹凸がある』という情報を俺に教えてくれる。

 こ、これが落ち着いていられるか……!


 本当に、急にどうした……と思っていると、サーラの震える指が、前方を指差した。


「……あ、あれ……あれ無理なやつ……」


 サーラの指差した先には……。


「ああ、なるほど……イナゴの佃煮か」

「わ、わ、言わないで名前だけでも想像しちゃう……!」


 何でも和食大好きで、苦手科目も皆無の完璧超人サーラ姫。

 どうやら昆虫全般は苦手なようだった。


 そういえば幼少期にショウリョウバッタが飛び跳ねているのを、俺の後ろに隠れて震えて見ていた気がする。

 昆虫は未だにダメか。覚えておこう。


「分かった、移動するぞ」

「うん……お願い……」


 そこから、商品が見えない位置へとゆっくり移動したのだが。


「…………」


 主に、男性客からの視線が凄まじく痛く突き刺さる……。

 背が比較的高めで体力もあるサーラにがっちりとホールド密着されて動きにくく、その場から離れるのに時間がかかった。

 不可抗力なんだ、許してくれ。ぶっちゃけ役得すぎるとは思う。


「うー、うー、ごめんね」

「いや、構わない。前もって言っておいた方が良かったな、それに」

「それに?」

「何でも出来るサーラにも苦手なものがあるって知れて安心した」

「もう、いじわる……」


 恥ずかしそうに抗議しつつも笑うサーラ。

 そこまで怒っていないようで安心した。


「あ、あの、でも」

「ん?」

「あそこにあった、きくらげ柴漬けと、あさりしぐれと、貝ひもわかめ、欲しい……」


 丁度同じコーナーにあったものをちゃっかりチェックしていたサーラのリクエストに頷き、俺が代わりに商品を取ってきた。

 商品を渡すと、過剰なぐらい感謝されてしまい苦笑した。


 最初はどうなることかと思ったが、サーラの昔から続く新鮮な一面も見られて楽しい買い物になったな。

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