サーラ姫の努力と、思い切った提案
昨日は、大仕事だった。
ちょっと気を利かせるぐらいのつもりでメッセージを送ったが……。
「あれは、大変だった……」
まさか、熱を出したサーラ姫があそこまで緩いわがままお姫様になるとは……。
精神力を消費したという感じだ。
先日の自分の言葉を引用すると、文字通り体力に影響した結果……昨日は帰ってきてから、思いっきり眠りに落ちてしまった。
一応看病はマスクをかけたし、息を吹きかける時ぐらいしかマスクは外していない。
あーんされたのはサーラが引っ越してきた日が初めて、そして相手にしたのはまさに十年ぶりだ。
あれだって、男の子が男の子に食べさせるというのなら微笑ましい話だが、今の姿では凄まじく危ない。
なんというか……その……。
パジャマ姿が無防備すぎて凄かった……。
前ぐらい閉めてほしい。成長しすぎにも程がある。
他の女子のことは知らないけど、明らかにサイズオーバーだ。
食べ終わるまでの長時間、体は大人で心は子供のサーラを見守るのは精神の修業になったと思う。
よく我慢した俺。
あと、部屋も驚いた。
学園では凄くしっかりしているし、頭も良ければスポーツも万能で、あのロングヘアがなければ間違いなく『サーラ王子』だろう。
ところが、だ。
サーラの部屋は、一言で言うと『ふわふわ』だった。
何というか……そういうステレオタイプのイメージに当てはまるのはあまりいいとは言えないが、白と桃色のふわふわとした兎のぬいぐるみが勉強机にあった。
後、見てしまったもの。
——料理の本が、あった。
何でも出来る天才サーラ姫だが、何でも最初から出来るわけではない。
それは誰よりも、俺が一番知っている。
彼女はきっと、変わろうと思って変わったのだろう。
そう考えると、この可愛い部屋がまた違ったものに見えてくる。
彼女はこういった趣味を持ったまま、学園で格好良い姿を見せる能力がある。
きっとその努力は、並大抵のものではないだろう。
いつまでも昨日のことで呆けていられないな。
俺も負けないよう、隣の部屋の学生として、見劣りしない程度に頑張らせてもらうとするか。
◇
いつもクラスに入ると、サーラから元気な挨拶が来る。
ところが今日は、こちらをちらちらと見て困ったようにしていた。
「……お、おはよ」
「ん、おはよう……」
ややぎこちない挨拶とともに、サーラは友人達との話に戻る。
チャイムが鳴ったと同時に彼女はスマホを机の下で素早く操作すると、俺のスマホが反応した。
『昨日はお世話になりました!』
ああ、世話されたことを多分申し訳なく思っているのだろうか。
律儀な奴だ。
と思っていると、もう一件のメッセージが送られてきた。
『出来れば、昨日のことは忘れていただけると……!』
『それは無理』
即答した。
昨日のことを忘れるなんて、もったいな……じゃなかった、無理なことは頼まれても不可能だ。
返信した直後に、サーラが絶望的な表情でこちらを勢い良く振り向いたけど無視。
ちょっとしたイベントを乗り越えて、今日も今日とて、いつも通りの一日が始まる。
変化があったとしても、また山はなだらかな下り坂に戻る。
そうして日常になる。
◇
なんてことはなかった。
「ご相談があります」
サーラは金曜の夕食後、空になった食器を前にして姿勢を正した。
「改まってどうした?」
何か悩みがあるのだろうか。
難しそうな顔をしたサーラは、やがて思い切ったように口を開いた。
「あの、先日のおかゆは、大変おいしかったといいますか、文字通り世界一美味しかったといいますか」
「あ、えっと、そりゃよかったよ」
律儀にお礼を言い直してくれたことに苦笑すると、サーラは身を乗り出してきた。
「あのですね、その……使った原材料が気になるといいますか……!」
「ん? もしかして料理を教えてほしいとかそういう感じのやつ?」
「それもあるけど、そうじゃなくて」
ん? それじゃないのか。
「私も料理するから、分かるんだ。そら君が使った材料って、結構いいモノだったんじゃないかなって」
ああー、なるほどなあ。
サーラは俺が使った材料のことをちゃんと理解しているのか。
ま、見てみたいということなら見せるのもやぶさかではない。
俺は、冷蔵庫の奥から先日使ったものを取り出して渡した。
「……メーカー佐久夜生産、無添加国産乾燥きのこブレンド?」
「そうそう。野菜と一緒に煮詰めて、全ての出汁が出た後、材料が分からないぐらいみじん切りにしたんだよ」
「……」
サーラはじっと残り少なくなったパッケージを見て、俺の方を見た。
「おいくらでしょう」
「いや、使うタイミングに迷ってたし気にしなくても——」
「迷うってことは、高いよね」
う、勘が鋭い。
実際その通りというか、まあ数千円はするというか……。
でもな、リクエストが『世界一美味しいおかゆ』だったんだから、このタイミングで切るしかないよな。
サーラは、さっき俺が取り出した引き出しを見た。
冷蔵庫の方も見ている。
……これ、恐らく他にもいろいろ組み合わせて作ったのまでバレてるな……。
「あの、これは私からの希望というか、やりたいことというか」
「えっと、どうぞ」
「あ、あああ明日一緒に買い物に行かない? 私がたくさん買って作る用。元気になったお礼ってことで」
真っ赤になりながら、サーラはそんな提案をしてきた。
というわけで、急遽俺の土曜の予定が決まった。
都心部の物産展に行って一緒に買い物である。
——これ、完全に休日デートでは?
という指摘をしようと思ったけど。
「よしっ……!」
凄く楽しみにしているサーラに指摘するのは、野暮かなと思うのだった。
あまり目立ちたくないという思いもありつつも、既に楽しみになってしまっている自分がいた。
俺も少しずつ変わっている、ということかな。