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理髪店で、昔のサーラの記憶を探る

 突然の予定により、俺の日曜は近くの理髪店へ直行となった。

 こういうのは、後回しにしているより先にやってしまった方がいい。

 ちなみに土曜は、予約満杯の店である。


 普段はほとんど切らないし、普段はもう自分で雑に切ってしまうけど……。


「……変われる、か」


 サーラの言葉が、頭に響く。


 あんなに力強く断言されると、このままひっそりと過ごせたらいいと思っていた自分の心が融けていくような感覚になる。

 もしかすると、自分はまだやれるのではないかと。


 ただなあ。

 言ったのが、あれだけ変わってしまったお姫様のサーラだもんなあ。


『私だって変わることができたんだから』


 そう言われても、比較対象が凄すぎて正直なところ自信は持ちきれない。

 オリンピック選手に『努力すれば俺みたいになれる』と言われてるような気持ちだ。


「いらっしゃいませー!」

「十七時、予約を入れた飯田です」

「飯田様、ですね。……はい確かに。カットでよろしいでしょうか?」

「はい」


 椅子に座り、近くに置かれていた雑誌を眺めて選ぶ。

 極端に短くするつもりはないけど、前髪ぐらいは切って今より顔を出した方がいいと思った。

 後は、店員の腕を信頼して任せよう。


 髪が洗われ、タオルが巻かれ……鏡の前の自分へとハサミが入る。

 自分の髪の毛が切れていくのを感じながら、目に入らないようまぶたを閉じた。


 ――アヤトはいつも一緒だった。


 思い出されるのは、坊主頭のアヤトが俺の後をついてくる姿。

 長袖を指で摘まんで、付いてくる。

 家の中でも、家の外でも。


『うん、行く』


 そうそう。

 アヤトはよく、こういう返事をしていた。


 遠くへは行けないから、団地の庭で。

 遊具でも遊んだけど、あの頃のアヤトはそんなに運動も好きじゃなかった。

 運動部の体験入学で活躍するサーラは、今までどれほどの努力をしたのだろう。


 ふと。

 サーラ自身は俺以外の友達を覚えているのかなと思った。

 俺はもうサーラ以外覚えていないけど、誰か他に幼馴染みは——。


「お客さん、なかなかがっしりしてますねー。スポーツは何かやってらっしゃるんです?」


 突如、自分を担当する男性がハサミを止めることなく質問してきたため、考えが一旦止まった。


「スポーツは、今はやってないですね」

「やられてないんですか? その割には筋肉がしっかりしてるような……」

「今は調理部ですよ」

「調理! それは予想できなかったなあ!」


 驚いた様子の男性の声に、思わず苦笑した。

 確かに、料理の家庭的なイメージからは想像できないよなあ。


「でも鉄鍋を使う時とか結構筋力要るし、案外マッチョであることも料理人の必須事項だったりして?」

「ははは、面白いですね! でも確かに、中華料理店のチャーハンとかすっごい鍋で作りますもんね」


 そんな会話をしながらも、理容師は器用に髪を切っていく。

 切り終わるとシャンプーをしてもらい、ドライヤーが髪の毛を乾かしていく。


「はい、できましたよ! どうですか? お兄さん滅茶苦茶美男子なので、自分も気合いが入っちゃいましたよ」


 人気理容師の過剰な持ち上げに苦笑しつつ、鏡の前に現れた自分の顔をまじまじと見る。

 普段からあまり鏡を見る習慣がない上、最近まで前髪を伸ばしていたので、自分はこんな顔だったなという奇妙な感想が出てしまう。


 ——変われる、だろうか。


「はい、いい感じですね。ありがとうございます」


 理容師の腕が良かったのか、自分で言うのも何だがそれなりに悪くない姿になってくれたと思う。

 なかなか自分で自分の評価って出来ないものだけど。


 理髪店を出て、涼しい風を頭皮に感じながら俺は足を止めた。


 これだけで、自分が変わったとは思えない。

 だけど、確実に階段を一段だけ上れたような、そんな気がする。


「……さて、帰るか」


 帰ろうとして、不意に携帯が鳴った。

 着信相手は母さんで、電話に出るなり質問が襲ってきた。


『どう? もう切った? 短め? ワックス使った?』

「質問は一問ずつ答えるまで待て。切ったし、普通だし、ワックスは使わなかった」

『前髪ちゃんと切った?』

「切ったよ。さすがにあれで前髪だけ切らなかったらおかしいし……」

『よっし』


 何故か俺よりはしゃぐ母さんに呆れつつ、ふと一つ気になった質問をしてみる。


「なあ、母さん。サーラとはよく遊んでたけど、他に一緒に遊んでいた子とかいたっけ?」


 髪を切られている時に思ったことだ。

 物心つく前の人間の記憶が怪しいなら、当然当時大人だった母さんに聞けば正確な情報が分かるのではないかと。


 俺の質問に、何故か電話口の相手は不思議なことのように聞いてきた。


『何言ってるの、いなかったでしょ。だっていっつも蒼空から紗亜良ちゃんに声をかけて連れ出してたじゃない』

「……そうだっけ?」


 マジか、そうだったのか。

 俺の記憶アテにならないなー。


 ってことは……。


『てっきりあの頃から気になってたおませさんかと思ったんだけど〜?」

「い、いやいやマジでそんなつもりはないし、当時は本気で男だとすら思ってたんだよ」

「それはあんたさすがに……とも言えないか。紗亜良ちゃん、今と全然違うものね」


 この辺りのサーラの容姿に関しての記憶は、恐らく俺と同じはずだろう。

 本人もふとっちょって自称してたし、丸刈りなのは確実だ。


『とはいっても、紗亜良ちゃんも蒼空に話しかけて欲しそうにいつも見てたし、毎日あんたとしか遊ばなかったからお互い様なんだけどね』

「なんだ、そうだったのか」

『そ。だからいつも二人で家に来てたのよね〜。ほんっと、仲良しだったわ』


 ここら辺りも記憶通りだ。

 俺が覚えている以上に、俺とサーラは二人でずっと一緒だったらしい。


『それにしても、あの蒼空が紗亜良ちゃんの一声で髪を切るなんてね』

「どういう意味だよ」

『今の紗亜良ちゃんにも釣り合う男に一歩前進ってこと。昔は紗亜良ちゃんのパパママも、蒼空には随分と感謝していたし』

「感謝って、綾戸さんのおじさんおばさんが?」

『——あっ、今出まーす! 宅配来ちゃった、またね』


 どうやら電話の途中で宅配業者が来たようで、母さんはすぐに電話を切ってしまった。

 ま、概ね聞きたいことは聞けただろう。


「相応しい男、ね」


 サーラは今晩、実家に一旦戻っているとのことだ。


『ちょー楽しみにしてるので! 月曜までは……見ない!』


 とのこと。

 彼女の要望で髪を切ったわけだけど……どういう反応をしてくれるかな?


 俺は晴れた空の下、風に揺られる髪を軽く掻き分けながら家へと足を進めた。

 午前より、幾分か軽い足取りだった。

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